第一話 プロポーズはお断りです 前編
「フリージア・ランドルバルク侯爵令嬢。どうか、俺の妃となってくれないか」
私の前で膝をつき、情熱的な愛の告白をするジーニアス王子。けぶる金髪が風に揺られ、きらきらと光を反射する様は、本当に美しい。すてきな王子様に跪かれプロポーズを受けるだなんて。まるで絵本の中にでてくるラストシーンみたいじゃない?ここでOKすれさえすれば、物語はハッピーエンド。愛が実った結果、私はフェリス王国の王太子妃となり、大団円で幕は閉じるのだ。
そう。これが物語の中ならね。
でも残念。これは絵本でも、はやりのラブロマンスでもなくて、私フリージア・ランドバルクががっつり泥臭く生きている、リアルな人生で起きた出来事なのだ。
祖国フェリスにて幼い頃に共に過ごした思い出から、私はジーニアス王子のことを憎からず思っているのは事実ではある。
世にいる男性の中では、1番好ましいといってもいい。だけど、私は告白を受けるつもりはない。だって、国に帰りたくないのだもの。
だから私は胸の痛みを知らないふりして、ジーニアス王子にこう返事をするのだ。
「殿下。身に余るお言葉を賜り、ありがとう存じます。ですが、お話を受けることはできません」
「フリージア。事情は分っている。君がもう傷つかないで済むように、手を尽くすと約束しよう。私が君を守る。もう大丈夫だから、私とともに国へ帰ろう」
真摯な響きを持つ言葉だったが、私はそっと瞼を閉じて、ゆるく首を振った。
「できません、殿下。ご存じの通りもう私は、」
ジーニアス王子が息をのんで聞いていると分かった。だからこそ、私はきっぱりと言い切った。
「一介の、傭兵ですもの」
と。そうなのだ。今の私は侯爵令嬢としての務めを放棄し、家出をして、傭兵として生きている。それなりに苦労してやっと手に入れた生き方を、今更手放すつもりはなかった。
私なりに真剣な理由でお断りしたはずなのだが、王子は納得できない様子だった。
「傭兵の君も魅力的だが、君が傭兵として生きていくのであれば、戦争が終わり、国に帰る必要がある俺は君ともう会えなくなってしまう。そのようなこと、我慢できない。せっかく偶然にも再会できたのだ。これも女神の思し召し。俺はもう君を手放すつもりはない」
私は少し眉をひそめた。
「私にとっては、再会は嬉しくないものでしたわ」
大きな傷跡が走った左腕を、無意識にさすった。
「……とにかく、私は国に戻りません。王都には私よりずっと殿下にふさわしい方がいるはずです。どうか、その方とお幸せに」
「待て、フリージア……!」
静止を振り切って、私は逃げた。こんな時、高価なドレスを着ていれば、裾がふわりと揺れてきれいだろうけど、いま私が着ているのは何でもないシャツとパンツ。翻るところはどこにもない。
(ほら。私なんて……殿下にふさわしくない)
追いかけようとするジーニアス王子を振り切るために、踵をならして、私は走った。