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Epi.


 夏祭りの夜。

 河川敷に咲き誇る灯籠と、色とりどりの屋台が並ぶ中、人波の間を一組の男女が並んで歩いていた。


「わぁ……浴衣姿の人、いっぱい……綺麗!」


 科乃は、胸元で手を組みながら、きらきらと瞳を輝かせる。

 屋台の明かりが髪に反射して、彼女の姿はまるで幻想の中にいるようだった。


「うん。でも、シーノが一番似合ってると思う」


 隣で歩く大和が、穏やかな笑みでそう告げる。

 その言葉に科乃はぴくりと肩を揺らし、そっと顔を赤らめた。


「もう……そんなに見ないで……恥ずかしいよ……」

「ごめん……でも、本当に綺麗だから……何度見ても、目を離せない」


 今日の科乃は、濃い水色の朝顔模様の浴衣に、桃色の帯を結んでいる。

 ゆるくまとめられた髪には、花飾りの付いた銀のかんざしが差され、小さな鈴の音が風に紛れて鳴っていた。


 彼女はうつむきがちに笑い、大和の腕にそっと手を添える。

 指先が触れた瞬間、微かに伝わる鼓動。

 その一拍ごとに、大和の頬もまた赤く染まっていく。


 二人は静かに歩きながら、賑やかな屋台を巡る。


 射的では、どちらが先に的を落とせるか真剣勝負。

 綿飴を二つ、一緒に食べながら、どちらのほうが甘いか比べ合い。

 ヨーヨー釣りでは、大和がそっと科乃の手を支えながら、真剣に糸を垂らした。


「取れたっ……!」

「やったね!」


 嬉しそうに笑い合いながら、二人の距離はもう自然と重なり合っていた。

 どの瞬間にも、言葉以上のものが流れていた。

 それは確かめ合うための時間であり、かけがえのない未来への種だった。


「ねぇ、大和クン……」


 少し歩いた先、人気の少ない川辺のベンチで一休みしながら、科乃が声をかけた。


「うん?」

「来年も、また一緒に……こうしてお祭りに来られたら、嬉しいな……」


 風が彼女の言葉をそっと包み込むように吹き抜けた。


「うん。絶対来よう。来年も、その次も……ずっと……」


 その言葉に、科乃は微笑み、大和の肩にそっと頭を載せると、大和もそれに応えるように科乃の肩を抱き寄せた。

 二人で見上げた夜空には、大きな花火が次々に咲き誇る。

 耳を打つ音とともに、きらきらと輝く光の花が、空いっぱいに広がっていく。

 まるで星の光が地上に降りてきたかのように、科乃の瞳も煌めいていた。


「シーノ……」

「大和クン……」


 上気した頬を優しく撫でると科乃の瞳がゆっくりと閉じていく。

 彼女の意図を察した大和がそっと唇を重ね、科乃は白い腕を背中に回して大和の身体を抱き締めた。

 二人の距離は、もう縮まる必要すらない。

 心も記憶も、これからは隣で積み重ねていけるから。



                    ◆◆◆◆



「……あぁもう、見てらんないですわっ! あれはあまりに尊い!」


 人混みの中、オペラグラスを片手に、たこ焼きを頬張りながら身を乗り出すのは、ルクスペイが誇る生徒会長であり、稀代の天才演出家を自認する『能代恵鈴(のしろえりん)』だった。


 浴衣は黒地に鮮やかなヒマワリ柄。

 いつものツーサイドアップではなく、今日は高い位置で結ったポニーテールが、幾分キュートに見える。


「ご覧なさいな! あの“肩寄せ合いながら金魚すくい”とか、さ、さ、最後のキスとか……誰の脚本? 私じゃないですわよ? でも完璧にラブコメしてるではありませんこと!?」

「はいはい、落ち着いてくださいエリンさん。浴衣の袖が……って、ああもう、たこ焼きのソースが零れるってば!」


 そう言って慌ててハンカチを取り出すのは、彼氏兼補佐役である『鈴谷亜漣(すずやあれん)』。

 片手に持った袋入りの綿飴が風に揺れて、ゆらゆらと彼の肩にまとわりついていく。


「いやそれどころじゃないの! 『第三次接近遭遇』発生よ! このままだと、あの二人、また何かしでかしますわよ!? 夜の祭り・浴衣・手つなぎ……からの花火……あれはフラグですわ、フラグ!!」

「いやぁ、最上さんのあの甘え方は……もう『しでかした後』なんだと俺は思うけど……」

「ワーワーーッ! 見えない聞こえないのですわ! そんな真実ぅぅぅ!」


 顔を真っ赤にして頭を抱える恵鈴の横で、亜漣は静かに笑う。

 そして、ゆるりと呟いた。


「でもまあ、二人には、そういう結末がふさわしい気がするけどね」

「確かにこれは、私が望んだ事でもありますし……でも、なんか悔しいですわね」


 恵鈴は、爪楊枝を乱暴にたこ焼きに突きさすと、一つ取り出し。頬張り始めた。その様子はヤケ食いにも見える。

 亜漣は困ったように笑い、恵鈴を見るが、浴衣から彼女の白い(うなじ)を目にした途端、その美しさに息を飲んだ。


「エリンさん……二人の事はともかく、俺達も……そろそろ……」

「ちょ、ちょっと……何なのです!?」


 唐突に両肩を掴まれ、恵鈴は大きく目を見開く。

 まっすぐに顔を近づけてくる亜漣の視線は、いつになく真剣そのものだ。


――えっ、な、なに……!? いや、待って! こんなの不意打ちじゃない!


 先程の科乃のように、自分から相手にキスをせがむのは自分のやる事ではない。

 キスはするより、奪われたい。そう思ってはみたものの……目前に迫る、『青のりの付いた口』を見てしまった途端、気分が一気に醒めてしまった。

 その唇がまさにタコのように伸びてくる。


――何て無粋なの? 少しは、見習って欲しいですわ!


 恵鈴は、無表情のまま、手元の爪楊枝をその唇に突き刺した。


「痛って!!」

「青のりの付いた口で、キスなど以ての外ですわ!」


 耳まで真っ赤にしながら、しかし毅然とそう言い放つ。

 亜漣は、口を押さえつつ、どこか嬉しそうに笑った。


「……でも、キス自体は否定してないんだな?」

「はぁ? 何の話ですの? 全くもって意味が分かりませんわ!」


 どこか拗ねたようにそっぽを向きながら、恵鈴は小さく呟いた。


「まぁ……ちゃんと歯を磨いて、リップも塗って、ひょっとこみたいな変顔しないで正面から来てくれたら……考えてあげても、いいですけど……」

「おおっ! これは、まさかの条件付きOK!?」

「だから聞こえてないって申しておりますわ!!」


 そんな二人のやり取りの背後で、再び打ち上がる夜空の大輪。

 寄り添い見上げる科乃と大和の姿を照らす花火の光は、まるで星々が二人を祝福しているようだった。

 祭り囃子が遠くに流れ、浴衣の裾が風に揺れる。


 いくつもの運命を越えて、織姫と彦星は、姿を変えて出逢いを果たす。

 その光は、これからの未来を優しく照らしていくことだろう。


 そして、物語は続いていく。

 幾つもの人々の笑いと、涙と、少しのすれ違いを乗せながら。


──だから、また来年の七夕も……


 科乃は、大和に身を寄せながら幸せそうな笑顔を向けた。


「待ってるね、大和クン……」

「うん。来年も、再来年も……何度でも、会いに行くよ」


 星の瞬きの下で、二人は静かに寄り添った。

 


              * * * Fin * * *

 ご覧いただきありがとうございます。

 こちらは、長編作品「ノイルフェールの伝説~天空の聖女(セインテス)~」に登場する『天空神テリー』と『地母神ソフィー』となる二人の前日単で、七夕に因んで描き下ろした作品です。

 惑星『アナトリア』で神として崇められる大和と科乃の二人ですが、その若かりし頃(約5000年前)のお話になります。


『特異』な存在として生を受けた二人。

 運命に導かれるように出会い、幾多の困難を越えて絆を育んだ二人の姿は、やがて『神話』という名の伝承に変わっていきます。

 しかし、どれほど尊い存在になろうと、彼らの原点は、手を繋いで夜空を見上げる、この夏の一瞬にあります。


 織姫と彦星のように、一年に一度しか会えない恋人達。

 でも、大和と科乃は違いました。

 『もう二度と離れない』という願いを、確かにこの夜、心に刻んだのです。


 こうして彼らの物語は、やがて星の神話へと紡がれていきます。

 ですが、それはまた別の物語として、皆さまにお届けできればと思います。

(「ノイルフェールの伝説~プレアデスの翼~」編は現在連載中の「天空の聖女(セインテス)」編完結後に執筆します)

 そして、読者の皆さまの夏にも、こんな温かな星の光がそっと届きますように。


 それでは、またお会いしましょう。

 七夕の星に願いを込めて——

                       朝霧 巡

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