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 風が止まった。


 感じてふと見上げた夜空。

 そして瞬く星々の向こうで、幾つもの小さな光が静かに浮かんでいた。無数のドローン。祭りの演出用に配備された機体達が、突然動きを止めている。


 まるで時間が止まったかのような静寂が、会場を包み込んでいた。

 生徒達の笑い声も、音楽も、全てが遠くに感じられる。科乃の世界には、今この瞬間、大和の存在だけが鮮明に浮かび上がっていた。


――どうして?


 何もしていない筈なのに、科乃の胸の奥が熱くなる。

 ペンダントが、そっと震えた。

 彼女の心の中にあった、淡くて、でも確かな『願い』が光となって滲み出す。

 それは言葉にできない、純粋な想い。

 誰かと繋がっていたい、守られたい、そして守りたい。

 心の最も深い部分から湧き上がってくる、生命の根源的な願望だった。科乃は自分でも驚くほど、その願いが強く、確かなものであることを実感していた。


――もう一度、繋がれたなら……

  もし、あの時間を知らなくても

  それでも、私の心が『彼』を選ぶのなら……


 静かに、ドローンが動き出す。だが、もうそれは祭りの進行プログラムに従った動作ではなかった。

 光の粒が空を泳ぎ、まるで意思を持つかのように形を描いていく。

 流れる旋律が変わった。それまで流れていた楽曲が、ふと優しくなる。いつか夢の中で聞いたような、温かく懐かしい調べに変わっていた。


 その音色は、まるで二人だけのために奏でられているようだった。祭りの賑やかさとは対照的な、静かで深い愛の歌。

 科乃の心に、涙がこみ上げてくる。何故だか分からないけれど、この旋律を知っている。遠い記憶の彼方で、この音楽と共に過ごした時間があったような気がしてならなかった。


 ドローンが描き出したのは、天の川。

 光の帯が空に走り、中央でひときわ強く輝く二つの星がそっと寄り添う。その下にいるのは、大和と自分の二人だけ。


 上空を見上げ、光の祭典にざわめく生徒達は、誰もが口々に『恵鈴の演出すごい!』と盛り上がるが、科乃は違っていた。

 目の前の光景に、胸の奥から言葉にはならない想いが込み上げてくる。


 大和が彼女の手にそっと触れた。

 その瞬間、ドローンが二人の頭上で、ひとつの図形を描いた。


 織姫と彦星……

 銀河を越えて再び巡り逢う星達を、天の川の精霊達が祝福しているように見えた。


「……これは、わたしの……願い?」


 科乃の瞳から、涙が一滴、零れた。

 誰に知られることもなく、どこまでも静かで、どこまでも深い……美しい時間だった。

 そしてすぐ近くに青白い光が、二つ。

 夜の静寂の中で重なるように、そっと揺れていた。

 それは、二人の胸元で輝く天使を象った銀のペンダント。

 まるで互いを呼び合うように、共鳴しながら静かに……確かに……強く。


「……これ……」


 科乃は指先で、胸元のペンダントをそっと撫でた。

 大和もまた、同じように輝く小さな銀のペンダントを手に取った。

 中には、幼い少女の写真と、女性の笑顔があった。そして、科乃のペンダントには、幼き日の少年と、別の女性の笑顔が綴られている。


 今、二つのペンダントに埋め込まれた蒼い宝玉が、夜空の星のように輝きを増していた。

 その光が、ふわりと溶けるようにして、二人の間に漂い始める。

 そこに浮かび上がる映像は、まるで二人で過ごした思い出を再生するような、記憶の欠片の数々だった。


 どこまでも青く広がる海と白い砂浜、波の音。

 不安になり、お互いを励ますように言葉を交わした、星降る夜。

 焚き火の穏やかな炎と温もり。重ねた掌。

 互いの鼓動を確かめ合うように交わした口づけ。

 狂おしい程熱く過ごした沈黙のひととき。


「……思い出した……」


 科乃の目が、涙で滲んだ。

 嗚咽のような息とともに、忘れていた全てが彼女の心に流れ込んでくる。


 無人島でお互いを助け合って、大和と過ごした一週間。

 助けも、連絡も、文明もない世界で、ただ二人きりだった時間。

 命を守ること、生き延びること、心を通わせること。

 そして、静かに芽生えていったもの。


 あの時の二人は、名前も立場も関係なく、ただ一人の人間として向き合っていた。恐怖も、不安も、希望も、全てを分かち合った。

 そんな純粋な時間の中で、科乃は大和の優しさに触れ、大和は科乃の強さを知った。

 それは決して忘れてはいけない、かけがえのない記憶だった。


「……シーノ……」


 大和もまた、その記憶を辿っていた。

 科乃を守るために自ら記憶を消し、全てを置いてきた筈の自分。だが今、確かに思い出す。彼女が最後に見せた涙と笑顔。自分の名前を呼ぶ声。


「君を守るって、約束した……俺は……」

「うん……覚えているよ、大和クン……」


 言葉が胸に詰まる。

 だが、科乃はその手をとった。


「わたし、もう逃げないよ」

「シーノ……?」

「大和クンのこと、忘れたふりをしていた……ううん、忘れたことにされてたけど……心はちゃんと、覚えてた……」


 その瞳が、まっすぐに大和を見つめる。


「この手が温かいって、知ってる。

 この腕の中にいたこと、覚えてる。

 わたしは大和クンが好きって事を……あの時から……ずっと……」


 そっと、大和の胸に頬を寄せる。その背中を大和の手が優しく撫でる。

 二つのペンダントが、間に光の橋を架けるように輝くと、周囲のドローンが一斉に空へ舞い上がり、星のカーテンを紡ぐ。


 それはもう演出ではなかった。誰かの指示でもない。

 ただ一人の少女の、願い……その純粋で、まっすぐな心が、天に届いたのだ。

 科乃の温もりが、大和の胸に伝わってくる。そして大和の鼓動が、科乃の頬に響いてくる。二人は言葉を交わすことなく、ただ寄り添っていた。それだけで十分だった。全てを理解し合えるような、深い安らぎがそこにはあった。


 夜空には、科乃の想いに共鳴したドローン達が、様々な星の海を描き上げている。その幻想的な美しさに、誰もが光景に見入り夜空を見上げている。


「すごいな……これ……」

「これ、マジで能代さんの仕込み?」

「どうなのかな?……でも、神話みたい……」


 その時誰かが呟いた。


「本当に、織姫と彦星だね」


 誰もが夜空に描かれる光の祭典に心奪われている。

 その空の下で、二人きり。

 蒼白銀の髪を持つ一組の男女が、静かに唇を重ねていた。


 それは、記憶の奥にあった、あの夜と同じ優しさ。

 再会ではなく、継続。

 運命ではなく、選択。

 科乃の目に溢れた涙は、もう悲しみのものではなかった。

 全てを思い出し、再び結ばれたその心は、光よりも確かで、美しかった。

 奇しくも出逢い、期せずして引き離された二人は、七夕の夜に再び出逢った。

 星の記憶が、結び直された瞬間だった。


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