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「無理に思い出さなくていいよ……でもそれは君だけじゃない……俺も、そうだから」
「天城君?」
大和の瞳が揺れる。
彼もまた、科乃と同じような感覚を覚えていた。説明のつかない懐かしさ、そして守りたいという強い衝動。
まるで心の奥底から、もう一人の自分が静かに呼びかけているような、不思議な感覚であり、理屈では説明できない、魂の深部からの呼び声のようなものだった。
胸の奥に宿る温かな痛み、失くしたものを見つけたような安堵感。そして同時に、もう二度と手放したくないという強い意志が芽生えていた。
「さっき、ペンダントが光った時……目の前に浮かんだんだ。夜の海辺、焚火の前にいる君の姿……そして守ろうとしてた……自分の手の感触……」
科乃の瞳に、一筋の涙が浮かぶ。
大和の言葉が、彼女の心の奥で眠っていた何かを呼び覚ましていた。それは鮮明な記憶ではなく、むしろ心の奥底から湧き上がってくる温かな感情のようなものだった。
封印されていた宝箱の蓋が、静かに開かれていくような感覚が駆け抜け、忘れていた筈の想いが、少しずつ、でも確実に蘇ってくる。
彼女の手が、自然と胸元に向かった。
そこには、いつの間にか温かな光を宿すペンダントがあった。
「焚き火の明かり……そう……わたし、怖くて、でも……キミが、抱きしめてくれた……」
二人の言葉が重なっていく。それは厳密に言えば記憶ではない。
けれど確かに、大和同様、心の奥から湧き上がってくる感覚だった。
ふと、大和の手が科乃の手を取った。柔らかな温もりが、指先から伝わってきて、その温もりに応じるように再びペンダントが青白く瞬いた。
「大丈夫だよ……『シーノ』……俺が隣にいる」
問いかけた大和の言葉に、科乃はゆっくりと頷いた。
『シーノ』という呼び方に、心が温かくなった。初めて呼ばれた愛称の筈なのに、どこか懐かしく感じられた。まるで、遠い昔からそう呼ばれ続けていたような、不思議な安心感があった。
その響きは、彼女の名前を超えた何かを含んでいた。
愛情、信頼、そして何より、特別な絆の証。
科乃の心が、その響きに包まれるように温かくなっていく。涙が頬を伝い、でもそれは悲しみではなく、見つけた喜びの涙だった。
「うん! 『大和クン』と一緒なら……」
その瞬間、瞬いていた二人のペンダントが、更に強く輝いた。
天井ドローンが最終演出を開始する。銀河の帯が空に広がり、七色の光がゆっくりと中央に収束していく。
二人を包み込む光の中、誰かが囁いた。
"……掌握完了……状態回復開始……"
その声は、誰のものだったのか? 恵鈴か……それとも、科乃自身の記憶か。
いま、二人の運命は、再び動き始めた。
七夕の夜、織姫と彦星のように、離れ離れになった二人が再び出会った。
それは偶然なのか、それとも運命なのか。答えはまだ分からない。
しかし、確実に言えることがあった。
二人の心は、今この瞬間、確かに繋がっていた。そして、これからも一緒にいたいという想いが、胸の奥で静かに燃えていた。
突如、夜空に違和感が生じた。
ルクスペイ高等専修学校の上空を照らす天井ドローンの一つが、僅かに軌道を外れたかと思うと、次の瞬間、全体の同期が微かに乱れた。
祭りの熱気と歓声に包まれていた生徒達はまだ気づいていない。しかし、大和の鋭敏な感覚は、その微細な異常を捉えていた。
大和は、微かな電子ノイズに眉を顰めた。
――今度は電脳侵入か?
静かに目を閉じ、内ポケットに忍ばせていたペンダントを掌に包み込む。その青白い光がゆらりと揺れた瞬間、大和の脳裏に流れ込む情報が変化した。
意識をネットワークの奥へと滑り込ませる。
そこには、確かに存在していた。
外部からの侵入経路と、転送中の未確定データ列。誰かが、校内情報管理システムを侵入破壊している。
生徒のプロファイル、位置情報、警備経路、イベント進行スケジュールまでもが、逐一抽出され外部のどこかに送信されている。
大和の表情が、一瞬険しくなった。
しかし、これは想定の範囲内だった。先ほどの暴漢にように科乃を狙う者達がいることは承知していたし、彼等がこの機会を狙ってくることも予想していた。
問題は、どこまで侵入を許すかということだった。大和の瞳に、冷たい光が宿った。
「まだ浅い……」
ペンダントが共鳴する。
脳内に一度沈めた記憶の海。その深層から、過去の任務データが呼び起こされていく。指先の感覚だけで、転送経路をトレース。
裏回線へと逆流するプロトコルを展開し、その隙間から相手の基幹サーバーへの侵入を果たす。
侵入したオペレーターは、まだ気づかない。
何故なら、表示されているデータは、精巧に整えられた『それらしく』見えるもの。しかし、そこにある個人情報、地図情報、戦術配備計画……それらすべては既に、意味を持たなくなっている。
例えば<主要攻略目標:最上科乃>という記述は、こう書き換えられている。
<主要攻略目標:ハリス・ラミリーズ/ルース・ジオネル/イオ・アクラヴァン 他>
これらは反政府勢力の幹部達の名前だ。つまり反政府勢力は自らの指導者を敵と認定している事になる。
また、戦術図面は、どこかで見たような星座を模した不規則なラインで構成され、命令コードは古代詩風の暗号文に変換されている。
──報いを受けるがいい
かつて、命を賭して誰かを守った記憶が蘇る。
炎と銃声、誰にも知られることのなかった無人島での決意。
科乃のために選んだあの日の行動が、今、自分の手の中に再び宿っている。
迷いはなかった。
大和は、流し込まれたコードを淡々と、確信を持って改竄していく。
それは復讐ではない。
当然の応報だった。彼等に、最も相応しい形で現実を突きつける。
情報という名の『命』を、虚無に変えてやるのだ。指導者達の慌てふためく様を思い浮かべ、大和の右の口角が引き上げられた。
やがて送信ログは完了のステータスを表示し、彼等の作戦は既に、根幹から崩壊していた。
だが、オペレーター側に異常は一切検出されない。
大和は、静かに目を開いた。金春色の瞳が青白く輝きを放ち、科乃を見る。
科乃の瞳も共鳴するかのように鮮やかに輝き、胸元のペンダントも輝いていた。その光が、ドローンの群れに伝播する。
全ては、彼女の手に委ねられた。