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服装はごく普通の観光客のように見える。だがその目の動き、立ち位置の取り方は、明らかに『訓練を受けた動き』に見えた。
そのうちの真ん中の男が、白い歯を剥き出しにしてニヤつくと、顎を動かして仲間に合図を送った。
「へぇ~、ここの女子ってなぁ、レベル高ぇなぁ! 制服も可愛いしよ!」
「なぁ、そこのおねぇちゃん、遊ぼーよ。俺らとさ、もっと楽しいことしようぜ?」
「つーか、このねぇーちゃん、めっちゃ良い身体してんじゃね?」
「なぁなぁ、ルクスペイの女子ってさ、清楚ぶってるけど案外ノリいいって噂だぜ? ほら、怖がんなくていいからさぁ~」
「俺、ルクスペイの女と一発やってみてぇんだよな~」
「そーそー、今夜は織姫と彦星が結ばれる夜っつーなら、俺らにもチャンスってことじゃね?」
男達がゲラゲラと笑い、真ん中の男が、科乃の腕に手を伸ばした。
「嫌っ!」
科乃が悲鳴を上げそうになったその瞬間だった。
「触るな。下衆……」
鋭い声が、夜のざわめきを切り裂いた。
科乃のすぐ隣。柔らかな髪に涼しげな顔立ち、どこか中性的な雰囲気をまとった大和が、目を伏せたまま静かに言い放った。
しかし、その瞳の奥には、確かに冷たい怒りが宿っていた。
男達は一瞬たじろいだものの、すぐに鼻で笑った。
「はぁ? 何だお前?」
「邪魔すんじゃねぇよ、女か男か分かんねー顔しやがって」
「それともこの子の彼氏君か~?」
「独り占めは良くないぜ、楽しい事はシェアしようぜ……てか、テメェ邪魔だわ」
「つーか、死んどけ」
男達は下品な笑い声をあげながら、完全に調子に乗っていた。
大和を侮り、科乃をモノ扱いし、周囲の視線さえ気にしない。
だが、大和は一歩だけ、前に出た。
科乃を背後に庇うように、男たちとの距離を詰める。
「さぁ、来なよ! ねぇちゃん!」
科乃の腕に手を伸ばした男の手、が科乃に触れるより早く、大和の指先がその手首を掴み――
ボギッと鈍い音と共に、腕が捩れ、男が地面に沈んだ。
「なっ……お前……!」
周囲の四人が一斉に動こうとするが、それより早く、大和の足が地を蹴った。
一人、二人、三人目――
接近してくる男達の動きの起点を読み切ったかのように、関節を押さえ、足を払っては地に伏せさせる。
全てがほんの一瞬の出来事だった。
「な、何だ、こいつ……! 情報にないっ……」
最後の男がナイフを抜きかける。
だが、その刃が光を反射する前に、科乃のペンダントが再び青く輝いた。
その瞬間、周囲のドローンが一斉に軌道を変える。
まるで意志を持ったかのように男の顔へと集中的にレーザーを照射。視界を封じられた男は、あっという間に大和にねじ伏せられた。
数秒後。
白いスーツに身を包んだ男女が駆けつけ、倒れた男たちを拘束していく。
「確保に入れっ!」
低く張り詰めた声と共に、漆黒のスーツに身を包んだ男が現れる。
銀縁の眼鏡をかけ、無駄のない動きで現場に現れたのは、ルクスペイ学園の要人警護部隊“シークレットサービス”の隊長、ペク・ソクジンだった。
ソクジンの指揮で、倒れた男達に拘束具を装着していく。数秒後、すべての潜入者は完璧に無力化された。
「反応あり。認証コード、ユーフォリア外縁領からの潜入者。重装備の兆候なし……しかし、動きが訓練兵並みです」
「任務目的は?」
「不明。追って解析します」
「よし。運び出せ。目立たぬよう、医療搬送に偽装しろ」
次々に飛ぶ指示に、隊員たちは迅速に対応していく。
ソクジンは、それらの様子を確認した後、視線を大和に向けた。
整った顔立ちに微かに笑みを乗せ、ゆっくりと歩み寄る。
「いや……驚いたな。ずいぶんと手慣れているじゃないか」
そう言って、ソクジンは目元を細めた。
「この手合いを、あの人数で、あの精度で無力化するとは。まるで元・特務部隊だな……いや、現役か?」
冗談めかした口調ではあったが、その声には本物を見た者の敬意が滲んでいた。
大和は首を横に振りながら、肩に掛かった制服のネクタイの位置を整える。
「そんな肩書き、持ってた覚えはありません……身体が勝手に、動いた感じです」
「ふむ。なるほど。記憶にない……ね」
ソクジンは顎に手を当て、意味ありげにうなずいた。
その目は、どこか懐かしいものを見るような色をしている。
「まあ、詳細は詮索しない。俺の役目は、護ることだけだ」
そう言って、彼は右手を差し出した。
「ありがとう。君のおかげで、最上科乃嬢に傷ひとつなかった」
その言葉に、大和は一瞬目を見開くが、すぐに柔らかく微笑み、そっと握手に応じた。
「……どういたしまして」
握手を終えたペク・ソクジンは、大和にもう一度だけ目を向ける。
その眼差しは、尊敬と、かすかな懐かしさの入り混じったものだった。
「今夜のことは、こちらで処理しておきます。貴方が気にすることではありません」
口調も穏やかなものになり、さらりとそう告げて、ソクジンは背を向ける。
部下達が拘束者を運び出し、彼もまた現場を離れようとする。
その時だった。
一歩、二歩。足を止めたソクジンは振り返り、淡々と、だがしっかりとした声で言い放った。
「では、失礼します、少尉殿」
その言葉と共に、背筋を正し、右手を額に当てて軍式の敬礼を交わす。
それは明らかに、現役の軍人が上官に対して行う儀礼だった。大和の瞳がわずかに揺れる。だが、驚きも否定もない。代わりに、ほんの一瞬だけ、彼も手を上げて、静かに答えた。
──自分は何者なのか?
全ての記憶が戻った訳ではない。だが、身体は知っている。
そして認識している。
戦いの流儀も、覚悟も……『テリー』というTACネームを持つ戦闘機パイロットである事も。
ペク・ソクジンは、そんな大和の心中をすでに察していたのだろう。彼は静かに踵を返し、部隊と共に夜の闇の中へと姿を消していった。
「大丈夫だった?」
「うん……でも、怖かった……」
笑顔で応じる科乃だったが、細い肩が、わずかに震えていた。
突然の出来事に、不安を覚えていた。ペンダントの光、異常な共鳴、そして心の奥から湧き上がってくる懐かしさ。全てが混乱していた。
「天城君……?」
「俺から離れないで。離れると守れるものも守れなくなるから」
震える肩に手を添えられ引き寄せられる。その力強さが心地良い。そう思った直後、科乃の中で一つの情景が流れた。
満天の星に焚火。静かに響く波の音……そして傍らにいたのは空色の髪の男の子。
この光景は、夢で見たものなのか、それとも実際の記憶なのか。科乃には判断がつかなかった。
「どうして……こんなに懐かしいのか、分からないの……」
震える声。大和がそっと、彼女を抱き締めた。
その温もりに、科乃は心の底から安心感を覚えた。まるで、帰るべき場所を見つけたかのような感覚だった。