3
「確かに壮大な話だね……」
大和の言葉に、科乃は小首を傾げた。どこか違和感を覚えた。彼の反応が、予想していたものと違っていた。
「ロマンチックだとは思いますけど……壮大だとは……」
「いやさ、太陽の1.8倍の大きさのベガと2.6倍のアルタイルがそれぞれの引力圏内に入ったら、いったいどんな事が起こるかなって……」
「えっと……天城君……?」
大和の言葉に、科乃の表情が引き攣った。
急に理詰めの話になってしまい、せっかくのロマンチックな雰囲気が台無しになってしまった。しかし大和は構わずに考察を進めて行く。
「間違いなく重力崩壊が起こるだろうね。最悪、ブラックホール化。近隣星系にガンマ線バーストが起きて、惑星規模の生命絶滅もありうる……」
大和の目がわずかに鋭くなり、理知的な声で応じた。
「もう! 大和クンのそういう所、前から気になっていたの! 女の子は共感して欲しい生き物なの! だから、その癖は、ちゃんと直した方がいいと思う!」
科乃がむくれて、ぷくっと頬を膨らませる。
しかし、次の瞬間。
彼女の表情が、ふと止まった。
科乃は、この展開に既視感を覚えていた。まるで、以前にも同じような会話をしたことがあるような感覚だった。
さらに思わず発した自分の言葉に、自分自身が驚いていた。
何故こんなに親しみやすい口調で話しているのか?
何故彼を『大和クン』と呼んでしまったのか?
「わたし、どうして……そんなに天城君のこと……?」
自分でも、理由の分からない違和感が心に引っかかった。
それでも科乃は、この大和の一面を見て、何故か懐かしさを覚えた。
冷静で論理的な彼の思考回路が、どこか愛おしく思えている。それは、初めて見る一面の筈なのに、何故か慣れ親しんだもののように感じられた。
大和もまた、その言葉に金春色の瞳を見開いた。
科乃の言葉遣いが、急に親しげになったことに戸惑いを覚えた。まるで、長い間一緒にいた恋人同士のような自然さがあった。
この感覚は……既視感。
まるで、遠いどこかで交わした約束のような、言葉にできない何かが、胸の奥を締めつけていた。
次の瞬間。科乃のセーラー服の胸元が、青白く微かに光を放ち、大和の胸ポケットもまた、共鳴するように青い輝きを放っていた。
「これは……?」
「何でしょう……? 分からないわ……」
科乃がそっと、セーラー服の胸元に手を入れ、銀の鎖を引っ張った。三本の白線が入った胸当ての中から、銀色に輝くペンダントが姿を見せた。それは彼女が幼い頃から大切にしている物だ。
青白い光が、静かに二人の胸元で脈動していた。
この光は、二人だけのものだった。周囲の人々には見えていないようだった。まるで、二人だけの秘密の合図のように。
科乃の指先が、そっとペンダントの天使の意匠をなぞる。大和もまた、自らの制服の胸ポケットから同じ意匠のペンダントを取り出し、その光に目を細めた。
二つのペンダントは、あたかも呼応するかのように、ぴたりと同じリズムで輝きを増していく。
この共鳴は、偶然なのだろうか。それとも、何か深い意味があるのだろうか。
「これ……」
科乃がそっと開く。銀細工のペンダントの内側に嵌め込まれた小さな写真があった。そこに写っていたのは、二人と同じ蒼銀の髪をした若い女性と、その膝に座る、まだ幼い少年。
柔らかな微笑を浮かべる彼女の姿に、科乃は思わず息を呑んだ。
この写真を見るたび、なぜか心が温かくなる。母親のような優しさを感じる女性だった。
「……この子……天城君だよね?」
大和も、無言のまま自分のペンダントを開く。
そこにあったのは、やはり青銀の髪を結わえた幼い少女と、優しげに微笑む若い女性。
科乃の母、綾乃。そして、その膝に乗る少女こそが……
「最上……さん……なのか?」
二人は顔を見合わせた。言葉が出てこない。ただ、何かが確かに自分達を繋いでいるという感覚だけが、胸の奥を満たしていた。
この発見は、偶然なのだろうか。それとも、運命的な出会いなのだろうか。科乃と大和は、互いの瞳を見つめながら、その答えを探していた。
その時だった。
空に浮かぶ投影ドローンが一斉に軌道を変えた。
天の川銀河を模した光の粒が集まり始め、天球のように配置された。二つの巨大な星が出現する。まるでベガとアルタイルのように。
会場にざわめきが起きる。
その星の下にいたのは、大和と科乃だった。
まるで、二人のためだけに用意されたかのような演出だった。周囲の人々も、その美しさに見惚れていた。
二人の上空で、投影された二つの星が重なり合い、中央に虹色の輝きが走った。
次の瞬間、科乃と大和のペンダントが青白い閃光を放ち、会場の明かりが一瞬、跳ねるように揺らいだ。
実行委員会の中央操作席に陣取っていた、恵鈴が途端に顔を顰めた。
「何ですのこれ……干渉波? そんな出力、設定してませんけど!?」
「そうなんだけどさ……やばっ! 照明ドローン、制御不能域突入!」
亜漣が通信端末を覗き込みながら声を上げた。さらに別のスタッフからも異常を知らせる報告が舞い込んできた。
「上空からの映像回線、解析用サーバーに外部アクセス反応あり! パケットが跳ねてます! これ……どっかに飛ばされる!」
「外部への情報流出!? やられたわね! この波長、探知されてますの?」
恵鈴が唇を噛む。同時に亜漣が素早く対抗措置を講じる。
突然の異常事態に、会場の裏側では慌ただしい対応が続いていた。
「緊急遮断する!」
「非常警報発報。シークレットサービスは速やかに持ち場に!」
「命令了解!」
恵鈴の指示のもと、生徒や若手社員が次々に対抗装置を講じていく。
「……これ、発信源……会場内じゃないか!?」
「座標特定! 照明管理ブースの裏です!」
「デルタチーム、確保せよ!」
「命令了解!」
亜漣が鋭く声を上げると同時に、恵鈴がシークレットサービスに指示を飛ばした。
「セクターD−7、該当エリア即時封鎖。逃がすな!」
シークレットサービスのメンバーが、素早く現地に向かうと、制服姿のルクスペイ生徒達の中に紛れ込んでいた一人の男が、不自然な程大きな鞄を抱えて立ち去ろうとするのが目に入った。
「そこの男! 止まれッ!」
「くっ……!」
誰何された男は、一気に駆けだして逃走を図った。
だが数mも行かぬうちに、彼等シークレットサービスによって足を絡め取られ、地に伏せられる。
「お、俺は何も知らねぇ! ただ、割の良いバイトだって……」
完全に身柄を拘束され観念したのか、勝手に自らの素性を喋る始める男の鞄に入っていたのは銀色の筐体をした携帯端末だった。
「ハッキングの発信機材か……?」
「こんな場所にまで……」
「となると、やはり侵入者もいるという事だ」
シークレットサービスの一人が通信機のスイッチを入れて状況を報告した。
しかし、会場の中央にいる二人には、その騒ぎは聞こえていなかった。
校庭の中央、星明かりに包まれた二人には、お互いの顔しか見えていなかった。
その時だった。
人混みを掻き分けるようにして、5人の青年達が下卑た笑みを浮かべながら、空色の髪を持つ二人に歩み寄ってきた。