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 昼休みの中庭。

 風に揺れる笹の葉が、青と白の空の下でさらさらと音を立てていた。風に舞い上げられるセーラー服の襟をそっと押さえると、科乃はそっと空を見上げた。


 この時間の中庭は、いつもひっそりとしている。授業の合間の慌ただしさから解放され、自然の音だけが聞こえる静寂の中で、科乃は心の奥の何かを探していた。それが何なのか、自分でも分からない。

 ただ、この場所にいると、どこか懐かしい感覚に包まれるのだった。


「ここ、静かでいいな……何だか落ち着く……」


 誰に言うでもなく呟いたその声に、背後から柔らかな声が返ってきた。


「うん……風、気持ち良いよね……ずっとここにいたくなる」


 科乃が驚いて振り返ると、そこには大和が手を上げていた。昼休みの空気の中、少し間を空けて、彼女の隣に腰を下ろした彼は、まるで前からそこにいたかのような自然さで微笑んでいた。

 不思議だった。何故か、彼がここにいることが当たり前に思えてしまう。

 彼がこの学校に編入してきた時から、どこか懐かしい感覚があった。まるで、昔からの友人のような安心感を覚える。


「あ……こんにちは、天城君」

「うん、こんにちは……」


 風が穏やかに流れ、科乃の長い空色の髪を揺らす。言葉は交わさないが、科乃はそれでも穏やかな気持ちでいる事に気が付いた。

 大和の横顔を見つめていると、胸の奥がほんのりと温かくなる。この感覚は何だろう。友達以上の何かなのか、それとも単なる親しみやすさなのか。科乃には判断がつかなかった。


「あの……最上さん……明日の七夕イベントは参加する?」


 大和から突如掛けられた言葉に、科乃は一瞬きょとんとした。

 七夕イベント。ルクスペイ高等専修学校の年に一度の大きな行事。地球文化の継承という名目で開催される華やかなお祭りだった。


「えっと……参加というか、見に行くつもりでは、ありますけど……」

「そっか……じゃあ、少し早めに一緒に行かない?」


 大和は柔らかく笑ったまま、まるでそれが当然のように続けた。

 科乃の心臓が、一瞬早く鼓動した。これは、誘われているということなのだろうか。男の子から、そんなことを言われたのは初めてだった。


「さっきイベント運営の子から聞いたんだけど、外部からのお客さんも来るらしくて、人が多くなると歩きにくいし、何より物騒かもって……だから……できれば、俺が隣でエスコートしたいなって……」

「えっ……? わたしと?」

「ダメかな……?」


 それは『護衛』としての判断でもあった。だが、彼女にはそれを気取らせることはない。あくまで一人の男の子として、気づかいと優しさを混ぜたその誘い方は、科乃の胸を不意に打った。

 大和の瞳が、真剣に自分を見つめている。その眼差しに、科乃は何か深い意味があるような気がした。ただの親切心以上の何かを感じ取っていた。


「あ、はい……その……わ、わたしで……よければ……」


 ゆっくりと頷いた彼女の頬が、ほんのりと赤く染まる。


――誘われた……何だか嬉しい……


 そう思ってしまった自分に、少し驚きながらも、胸の奥がほんのり温かくなるのを感じていた。

 大和の表情も、どこか安堵したような微笑みを浮かべていた。まるで、彼女の答えを心から待っていたかのように。


「ありがとう。明日、楽しみにしてる」

「わたしも……です」


 中庭に吹く風が、二人の間に流れる空気を優しく包んでいく。科乃は、明日という日が待ち遠しくて仕方がなかった。


                          ◆◆◆◆


 七夕当日。

 ルクスペイ高等専修学校の校庭は、昼からの装飾準備を経て、今や見事な星の祭典会場へと変貌を遂げていた。淡く光る天井ドローンが空中に散らばり、笹竹には色とりどりの短冊と折り紙が揺れる。特設ステージではピアノとチェロの生演奏が行われ、音楽と光が織りなす幻想的な空間が広がっていた。

 会場には、ルクスペイの生徒だけでなく、地元住民や他校からの招待客も多く集まっていた。様々な年代の人々が、地球文化の象徴である七夕の夜を楽しんでいる。


 その中、セーラー服姿の科乃は、光の下で一際透明感を放っていた。

 約束の時間より少し早めに会場に到着した彼女は、大和の姿を探していた。心の中で、昨日の会話を何度も思い返していた。彼の優しい声、真剣な眼差し、そして自分を気遣ってくれる心配り。

 その人混みの中から、ルクスペイの男子制服姿の大和を見つけると科乃の硬かった表情が一気に緩んだ。


「天城君……その、誘ってくれてありがとう」


 少しだけ俯き、頬を紅に染めた科乃が、大和の隣に立つ。

 白い肌に空色の髪、セーラー服のスカイブルーのスカーフとエメラルドグリーンの襟が柔らかい光に照らされ、幻想的な美しさを浮かび上がらせていた。

 大和は、そんな彼女の美しさに一瞬見惚れてしまった。まるで、星の光を纏った天使のような存在感があった。


「ううん。今日は、いつもより賑やかになるからね……」


 大和は、控えめな笑みを浮かべながら言った。声色は柔らかく、どこか懐かしい響きがあった。だが本人にその記憶はない。

 科乃も、その声の響きに何かを感じていた。初めて聞く声の筈なのに、どこか懐かしい。まるで、遠い昔に何度も聞いたことがあるような感覚だった。


 この誘いは、護衛任務の一環だった。

 外部からの出入りが増える七夕祭は、ユーフォリアの反政府勢力にとって格好の機会となり得る。特別な能力がある科乃の身辺に危険が及ぶ可能性がある以上、大和の行動は当然のものだった。

 それなのに、彼女の反応は意外だった。


――そんなに、喜んでくれるんだ……


 瞳を潤ませて微笑む科乃に、大和は胸の奥がざわつくのを感じていた。

 任務として始まった筈なのに、今は純粋に彼女と過ごす時間が楽しみになっている自分がいた。この感情は、一体何なのだろうか。


「わたし……男の子に誘われたの……初めてで……」

「俺も初めてだよ。女の子を誘うのは……」


 その言葉に、科乃は頬を赤らめながら、胸にそっと手を当てた。


――どうして、こんなに……ドキドキするんだろう?


 言葉にできない感情が胸の奥から湧き上がっていた。

 この感覚は、恋なのだろうか。それとも、もっと深い何かなのか。科乃には判断がつかなかった。ただ、大和と一緒にいると、心が落ち着くのと同時に、高鳴るのを感じていた。


 その瞬間、天井ドローンが軌道を変え、空中に赤く光るハートマークを描いた。

 会場中の視線が、二人の上空に集まった。まるで、二人のためだけに用意されたかのような演出だった。


「きゃーっ! いまハートの下に二人いる!」

「『第二次接近遭遇』、発生!」


 二人が一緒にいる所を目敏く発見した女子生徒達が放つSNS通知音が一斉に鳴り響き、学園中のネットが俄かにざわつき始めた。

 科乃の頬が、さらに赤く染まった。こんなに多くの人に見られているのが恥ずかしくて、でも同時に、なぜか誇らしいような気持ちもしていた。

 そんな騒ぎを余所に、大和は空を見上げており、その横顔に科乃は問いかけた。


「ねえ……天城君……七夕の伝説って、知ってる?」

「伝説って……たしか、織姫と彦星が、年に一度だけ天の川を渡って逢瀬をするっていう、あれ?」


 大和が首を傾げながら答えると、科乃は少し笑いながら頷いた。

 この会話の流れが、とても自然に思えた。まるで、何度も交わしたことがあるような感覚だった。


「七夕ってね、離れ離れになった織姫と彦星が、

 年に一度だけ天の川を越えて会える日なんですよ。

 星になった恋人達が、離れ離れでもちゃんと再会できるって……

 すごく、素敵な話だと思いませんか?」


 科乃の瞳が、星のように輝いていた。七夕の伝説を語る彼女の表情は、とても幸せそうだった。まるで、その物語が自分達のことのように感じているかのように。

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