相棒
トントントンとアパートの階段を降り、金子俊介は自転車の鍵を外した。我が相棒は赤のマウンテンバイクである。
朝日方向にペダルを漕ぐと、スピードと共に鼓動も早くなった。
春風が気持ち良い。
いつものバス停に憧れの吉川さんが見えた。いつも白い日傘で立っている。大学の事務員さんで、大学院生の俊介とは同年代の顔馴染みである。
笑顔で挨拶する。
「お早うございます。先に行きますね」
「おはよう。気を付けて」
お互いに手を振った。空は青く、街の空気は澄んでいる。
五分も走るとバスが追いついて来た。車内には吉川さんの姿が見える。
「よーし、バスには負けないぞ」
両足に力を込めて速度を上げた。上り坂は苦しいが、気持ちは前向きだ。
行け、行け、進め、風になれ。
大学前のバス停で下車した吉川さんが驚いた。
「えっ、もう着いたの。凄い脚力ね」
1キロは全力疾走だった。背中にうっすらと汗をまとう。
「はい。じゃあ行きましょう」
俊介の胸は熱く心は静かである。
大学は丘の上にあり、薄紅色の桜が満開であった。
楽しそうな多くの仲間に混ざって歩道を登り、授業や先生たちの話をした。うんうんと笑顔で頷く吉川さん。
そのとき何気ない「自転車が好きなの?」との質問が嬉しくて、俊介は将来の夢を語った。
「俺の夢はいつか自転車で世界一周することです」
赤いマウンテンバイクを見つめて、まだ見ぬ世界を想った。