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アルタード・カオス  作者: シノヤン
チャプター1 : 仮初の楽園

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第9話 混戦

 世界が逆さであった。強く打った事で発生した頭部からの出血と打撲。それをバックミラーによって認知したヒロシは、辺りの景色を見て一瞬だけ混乱を起こすが、直前の記憶を思い出す事ですぐに現況を把握する。そうか、車自体がひっくり返っている。落下の際、うっかり当たり所が悪くて首を痛めるなどという無様な事にならないよう、片手を車の天井に付けてシートベルトを外す。自重によって落ちるが、上手く足を車内のとっかかりにかけながら態勢を整え、天井に背を付けて寝そべった。すぐに出たい所だが、もし自分を狙う人間がすぐそこにまでいるのだとしたら、闇雲に飛び出ていくのは却って窮地を招く。幸い、車に炎上や爆発の兆候は見られない。


 ホルスターにはまだ拳銃がある。予備の弾薬もポーチに残っている。この事故で紛失しなかったのは幸いだろう。だが、周辺の状況だけは自分に味方してくれなかった。足元の先、若干ひしゃげた助手席の窓を側を見ると、装甲車が数台接近して乱暴に停車し、アサルトライフや散弾銃で武装した兵士達が現れる。暴力は行使したいが、一個人として責任を追及はされたくない連中が身に着ける、悪趣味なコスチューム…すなわち覆面も身に着けている。


「動きが早いな」


 休暇申請や年末調整の払い戻しもこれぐらい機敏に動いてくれると嬉しいんだが。ヒロシはそう思いながら、まだひしゃげていない運転席側のドアへと、身をよじって近づく。付近もパニックによって玉突きになったせいか、乱雑に乗り捨てられた車たちが頭上に見える。こちらの道から敵が来ることはまだ無さそうだった。このまま出てから車の陰に隠れ、次の行動を決める。そう思いった矢先、次のトラブルが発生した。ドアが開かない。ひしゃげて変形したせいか、レバーを引いて押してみても、僅かに金属同士が擦れる音がするだけで開放されない。相手方といえば、準備を終えて警戒態勢のままこちらへ向かって来ている。


「……グッ…ああああ…!!」


 まともに踏ん張れない態勢でありながら、どうにか必死に押し続けるしかない。これを打ち破るだけか、無理やりにでも押し開ける力があればこんな事にはなっていないというのに。


「あああ……クソッ…来い…!!」


 何が何でもこじ開けなければ。敵の集団と自分の距離は既に残り十五メートルか ? いやもっと近いか。分からない。銃もある。撃たれるかも。ヤバい。見つかる。俺は殺した。次は殺される。復讐。ヤバい。当然か。死ぬ。ヤバいヤバい。いや死なない ? じゃあどうなる ? もっとヤバい事 ? ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ。


「ああああああああああああ!!」


 体が熱を帯びてくる。乳酸が溜まり、ドアを押す腕が震える。全てを振り絞っていた。その瞬間、再びあの空間に意識が飛んだ。人型の贄たちが雁首揃えて待ってくれているが、よく分からない。大した負傷もしていない以上、自分には交換すべきものが無い。強いて言うなら頭部の怪我くらいだが、それは皮膚を剥がしてすぐに当てるだけであった。にも拘らず、全く現実に戻れない。まだ何かをしなければいけないか ? 怪我は治した。後は何だ ? 今は死んでない以上、生き返りたいというわけでもない。自分は何を求めた ?


 ”これを打ち破るだけか、無理矢理にでも押し開ける力があれば”


 あの時の思考の中で、自分が必死に欲しがっていながら手遅れであると感じていたものが、ここに来てようやく思い出された。ヒロシは辺りを見回し、肉体の中で光る部位がある者を探すと、確かにそれはいた。その姿は、自分よりも遥かにデカく、同時に人型ではあるが一般的な人間とは明らかに異なる骨格をしている。その肉体の両腕が輝いていた。やるしかない。そして正解であった。もぎ取り、体に吸収されるや否や再び現実に戻る。先程から一切変わっていない光景だが、僅かな異変があった。自分の体、その毛穴から小さな黒々とした塵が零れ出て行ったのだ。


 それだけではない。腕でドアを押してみると、やけに軽い。金属の擦れ合う音も先程より大きい。更にはドアと車体の合間に隙間も生まれていた。確実に動いている。さっきのあれで怪力が宿ったというのか。生き返る ? 体を元に戻す ? 自分の体に起きている異変は、そんな物だけでは終わらないというのか。もはや人知を超えていたが、それが今の現状としてヒロシは精神と脳を即座に順応させる。この際だ。使えるものは何でも使ってしまえ。


 捻じ曲がる様にしてドアが開き、ヒロシはようやく這い出る事に成功し、そのまましゃがみの態勢を取った。向こうはまだこちらまで接近してはいない。ホルスターから抜いた拳銃が既に装填済みである事をチャンバーチェックで目視し、腕だけを少し出して一発放った。当てて倒せるとは思っていない。警戒させて時間を稼ぐだけでいい。案の定だが足音は止まり、辺りに隠れるよう指示が出ている様な声が聞こえる。すぐに反撃も起こった。車の反対側から一斉に発砲音が聞こえ、アスファルトや車体への弾丸の衝突によって、音と振動がヒロシにも伝わる。違法改造ではあるが、車の各部に防弾プレートを仕込んでおいて正解だった。オプション無しではひとたまりも無かっただろう。


 死なない事を利用して体をひけらかしながら攻撃に転じたいが、相手側が自分をどの程度知っているか分からないのがネックであった。もしかすると、今この体に起きている異変について、既に対策を講じている可能性だって否定できない。フェンファン・テクノロジーならばあり得ないわけでもない。よって、なるべくならば戦闘を継続できた方が良い。体を守る物が必要だった。そう思った時、自分の体の能力を思い出す。そして、先程こじ開けた車のドアの方へと目を向けた。普通ならば、ただのガラクタとして見捨てるだけで終わるだろう。普通ならば。


 銃弾が当たり続ける中、ヒロシは車のドア…それも割れた窓の部分を掴むと、そのまま車体から引きちぎった。すぐに向きを変え、ドアポケットの部分を手で掴むような形で持ち替えてしまう。窓部分は肘で叩き割った。これで窓部分を目出しとして使う事の出来る、即席のシールドとなる。準備は出来た。


「なんだあれ⁉」


 増援として更に現れていた兵士の一人が叫ぶ。ドアをシールド代わりにヒロシが小走りで動き、自分の車から離れ出していた。あんな身体能力を持っているとは聞いていない。ましてや、サイボーグ化しているという記録も無かったはず。


 銃弾の衝撃はヒロシの手に伝わり、窓部から顔を出した時には時折弾丸が掠るが、問題は無い。動きながら牽制代わりに拳銃弾を返し、やがて一番付近にいた兵士の方へと、ヒロシはドアをぶん投げた。巨大な鉄のフリスビーは、自分にぶつかって来たミニバンの付近にいた兵士の顔を潰す。ドアはミニバンのグリルに突き刺さり、間に挟まれて頭部を破壊された兵士の体は痙攣している。凄まじい音と、あまり目にする事が無い光景に他の兵士が怯んでいる隙に、ヒロシは全力疾走で死体の方へと向かった。腕だけではないようだ。脚力もかなり上がっている。お陰で、想定より早く死体の方へと辿り着く事が出来た。


 再び銃弾が飛び始めるが、ヒロシはすぐさま死体からアサルトライフルのストリングを引き千切り、更には目に付いた弾倉をくすねてから、ミニバンの陰に隠れる。既に取り付けられていた弾倉を捨て、銃身から排莢を即座に行い、そして新しい弾倉を差し込んで再び装填をする。銃の種類からおおよその装弾数は推測できるが、それまでに何発撃っているかまでは流石に知る所ではない。残弾数の把握が出来ないのであれば、一度リセットするに限る。即座に身体を少し出して撃ち返し、弾倉が空になれば再び隠れてリロードをする。


 だが、ヒロシが二本目の弾倉を挿し込んでいた時、更に別の違和感が戦場に渦巻いていた。フェンファンの手先かと思わしき兵士達の弾丸が来ない。銃声は響き渡っているというのに。いや、銃声の数と音の聞こえる規模からして、自分を狙っていた人数よりも明らかに多くなっている。状況を見ようと、付近を慎重に確認するとやはりであった。先程まではいなかった、ガスマスクと戦闘服に身を包んでいる別の部隊が交差点の反対側…玉突き事故が起きている地点から姿を見せる。あの服装は見た事があった。


「ネクサス・ニューロか…⁉」


 フェンファン・テクノロジーが動く以上、ネクサス・ニューロも富川工業も顔を出すとは踏んでいた。だが、なぜ自分をそっちのけで殺し合っている? 一枚岩ではないというのか ? しかし、同時に好都合でもあった。身柄の安全を確保するにあたって、まだ付け入る隙がある。そうして行動の方針を整理していた矢先、状況は更なる混沌へと突入していた。


 音がした。けたたましい銃声たちとは違う、鋭く抑え目な音。銃声である事には間違いないが、この騒ぎの中では聞き漏らしてしまう可能性さえあるものだった。間違いなくサプレッサーを使っている。悲鳴も上がった。それも特定の方角に偏っていない。つまり、フェンファンとネクサス双方の陣営に被害が生じている。また別の勢力だろうか。だが、今度は想定の範囲内とはいかなかった。


 突然、交差点の中央に空から何かが墜落した。当初はそう思ったのだが、ゆっくりと立ち上がるそれを見たヒロシは、サイボーグ…それも全身を義体化している正真正銘の怪物が着地したのだと理解した。光学迷彩の解除と共に現れた長身のサイボーグは、フルフェイスのヘルメットを後付けで装備しており、くぐもった声で誰かと会話をしている。


「一時的なID消去により、武器取引所と行政データに対する認証妨害システムを実行済。同時に機体からジャマーによって、周辺区域内での保護をされた特定のアドレスを除く、全てのインターネット通信を遮断。テスト用民間端末によって機能不全を確認済。現時刻を以て戦闘許可を承認」

「了解。目標最終確認…敵性生体反応の殲滅及び対象の保護を、これより実行する」


 長身のサイボーグは通信を終え、即座に攻撃を始めた。両腕に取り付けていた自動式の散弾発射機構を動かし、残る者達を順々に葬って行く。ナノマシンから得られる視覚情報のデータは、座標と風速含め素早く処理され、義体に備わった電子神経が即座に適した角度と方向に対して腕と銃口を向けてくれる。驚異の命中率であった。更に現れる援軍らしき車両については、ヒロシとは比較にならない腕力で車をぶん投げてぶつけるか、トラックを蹴り押して相手と衝突させるといった荒業で対処する。騒乱は、次第にボリュームを下げられていった。


 今の内に逃げるべきか。そう考えたヒロシも動こうとするが、それよりも先にミニバンが力づくで動かされた。荒々しい音がするものの、その手つきは先程の戦闘よりも優しい。長身のサイボーグは、ミニバンの陰にいたヒロシを表情の分からない頭部で見下ろしている。


「ヒロシ・タニシタですね」


 この鉄の化け物は自分の名前を知っている。思わずライフルを構えたヒロシだが、即座に銃身を掴まれた上に捻じ曲げられた。正面からでは勝てない。


「後八分で通信環境が復旧します。そうすれば我々は”敵”に発見される事になるでしょう。時間がありませんので、すぐにこの場で決めてください。共に来ますか ?」

「いつ俺を始末するつもりか教えろ。それに答えてからだ」

「明確に設定はされていません。しかし私の上司の要望である、あなた様との対面と交渉。それを終えるまでの期間につきましては、何があっても身柄と最低限の生活環境は保証します」

「……分かった。どうすればいい ?」


 フェンファンは論外。恐らく太刀打ちが出来なかったのであろうニューロは心許ない。それに比べると実力は良し。おまけに初手で殺しに来ないという心象の良さもある。一時とはいえ、少なくとも身柄を任せるには一番マシな選択肢だろう。消去法ではあるがヒロシはそう判断し、彼に従う事とした。その回答の直後、風を吹かしながら光学迷彩を解除したビークルが着陸し、ハッチを開けて出迎えてくれる。地獄の釜を上から見ているような気分である。更に、背後からいつの間にか部下らしき兵士達も姿を見せていた。拘束しようとする様子も無いが、やはりサプレッサー付きのサブマシンガンや近接用のブレードを携えており、彼らが奇襲を仕掛けたのだという事だけは分かる。


「もし約束を破るか…妙な動きを見せたら、ビークルの全員を巻き添えにして殺してやる」


 連行される中、ヒロシは前を歩くサイボーグへ言い放った。


「出来るのであればお好きに」

「やるさ」


 ヒロシとの一連の会話を終えたセバスチャンは、ヒロシの純然たる暴力に対する意志と、約束に固執する姿を見て妙な確信を抱いた。恐らく、自分の上司は…エレーナは大当たりを引いた。

作者のコメント:正月太りで4キロ増えました。

※次の更新予定は恐らく二月中旬でしょうか…因みに別の作品の構想も練り始めています。

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