クリスマスに永遠の約束を。
クリスマスイブは、はじめて三人で泊まったホテルに宿泊した。
なんかチェックインから妙にホテルの人がすごく親切だった。
「なんか、ホテルの人がすごい親切だよね」
三人で部屋に向かいながら話す。
「ここ、祖父の経営ですから」
「えっ、そうだったの?」
「だからあの日、夜でもいい部屋をとれたのか」
「あの日は、本当に、寝られるかって思いましたよね。右と左にユーキ君で」
「そういえば朝死にそうな顔してた気がする」
笑いながら、あの日と同じように鍵を開けて、中に入る。
中は青と白を基調としたクリスマスルームに飾りつけされていた。
薄暗い部屋の中、雪の結晶のオーナメントが鈍く光を返す。
室内を歩いて行く。
「……あ」
白い花が散らされたベッドの上に、記入済みの婚姻届けと指輪の箱が二つ置いてあった。
「提出は後でも、約束が欲しいだろうと思って」
「婚約で懲りたから、結婚指輪はデザインがちょっと違うようにした」
二人は指輪の箱を開けて、こちらに見せる。
箱には、少しデザインが違う指輪が輝いていた。
二人の手がこちらに差し出される。
「ユーキ」
優しいナツの声。
「結婚してくれますか」
トールの声が、薄暗い部屋に響く。
胸に迫る感情を、表現することができない。
ありきたりな言葉しかでてこなくて、視界がぼやける。
(ああ、贅沢だ。本当に贅沢な愛を貰っている)
二人の手をとり、精いっぱいの顔で笑う。
「はい。喜んで」
二人の腕に抱きしめられた。
指には新しい指輪が輝いている。
今日、世界が滅んでも後悔がない。そのくらい幸せだった。
風呂場からトールが身体を洗う音が聞こえる。
窓辺に立って、隣に置かれたテーブルの上にある婚姻届けを見る。
自分も記入した婚姻届と、二人が記入した養子縁組の書類。
二つとも、自分が保管していいそうだ。
(めちゃくちゃロマンチックすぎる)
蒼く、薄暗い部屋を見ながら思う。
冷蔵庫前で、先に汗を流したナツが水を飲んでいた。
(でも、もこもこトナカイセットを着るタイミングがなくなった)
流石に、この状態で着るというのは雰囲気ぶち壊しだ。
「あ、記入終わったんだ」
ナツが来て書類を見ると、椅子に腰かける。
「養子縁組の書類も私が保管してもいいの?」
「うん。ユーキが持崎部長と籍入れたくないなら俺と籍いれればいいけど、どうなるかわかんないからね」
「養子になれば良い立場が保証されるのに」
「ユーキがいないのに意味ある? それに、持崎部長が折れたらユーキと結婚しても養子にしたいかもしれないし」
「なんで持崎部長との結婚を許したかって、もし持崎部長が死んだときにユーキに遺産が行きやすいようにだからね」
そこまで考えていたのかと驚く。
「そんな意図があったんだ」
「結婚してキャリア捨てて死なれたら困るだろ。俺と一緒にいるとしても、その方が安全だ」
けっこう、二人はこちらの人生を変えることに関して責任をもって考えてくれてるんだ。
たぶん、ナツが一番立場的には喜びにくいのに。
ナツに近づき、座る彼の前に腰を落として口づける。
「ナツとも結婚してるからね」
見つめながら言うと、恥ずかしそうに微笑んで今度は口付けされた。
「わかってるよ」
落ちついた声が、少しだけ嬉しそうで胸が熱くなる。
遠くから、ガチャと扉が開く音が聞こえた。
「ユーキ君、出ましたよ」
あ、次か。入らないと。
書類を片付けて、指輪と共にバッグに持っていく。
ナツが付いてきたけど、猫みたいなものなので気にしなかった。
バッグを開けて、下着などを取り出す。
(あ、やばい)
あるものを見つけて、慌ててバッグを閉じる。
「あ、今」
後ろでナツが声を上げて、背後から腕が伸びて、バッグを開く。
「ちょ、あっ」
手を止めるも、引き上げた頃にはもこもこトナカイセットが手に握られていた。
「着てくれるんだ!」
「違う! なんか、雰囲気とか違うから、やめようかなって!」
「今、クリスマスなので雰囲気は合ってますよ」
トールは顔を隠しながら言った。
出した下着をとられて、代わりに手にもこもこトナカイセットがのせられる。
記念すべき初の恋人とのクリスマスが、自ら墓穴を掘ったコスプレエンドとは思わなかった。
結果から言うと、トナカイだったのは一瞬だった。
ビックリした。そんなことある? ってくらい一瞬で終わった。
やっぱり布地面積がないと、なくなるのも早い。
聖夜は体力おばけの二人に翻弄されるまま、最終的に意識を失った。
朝、不意に目が覚めた。
小さくて短い呼吸音が聞こえる。
(……?)
頭を動かすと、ナツがいなかった。
起き上がると、窓辺にある椅子にナツが座っている。
(……え?)
その姿が泣いているように見えて、慌てて布団から出る。
(あ、自分、めちゃくちゃ裸だ。まぁいいか)
「あ、起こしちゃった?」
こちらを見るナツの表情は、カーテンを閉めているから暗くてよく分からない。
「朝だから起きただけだよ」
ベッドから降りてナツのところに行く。
やはり、泣いていたようだった。
「どうした? なんか嫌なことでもあった?」
椅子の手すりに腰かけて聞く。
「いや、なんか……」
「俺が進む道って、たぶんユーキが行くはずだった道を奪ったんだって思って」
奪う? 別に奪われた覚えはないけど……。
でも、そうか。こっちはずっと子育てとかしなきゃいけなくなったもんな。
たぶん、カードゲームとかもできなくなると思うし。
でも、ナツと入れ替わらなかったら、この今はないしな。
トールだって男の自分に惚れてたとしても、勇気出なくて付き合ってたかは分からないし。
「別に、全員幸せになるんならいいんじゃない?」
考えながら、ナツに話す。
「ナツがそう思うのは、今見えている未来が良いって思ってるからだよね」
ナツが頷く。
「実は、私が見えてる自分の未来も良いと思ってるんだよね」
「それにこういうことが起きないと、生まれなかった未来だし」
ナツの手をとる。
昨日から、デザインが変わった同じ指輪が、互いの指を飾っていた。
「たぶん私はね。もし時間が戻ったとして、またやり直したとしても、同じ選択をする」
「2人が幸せなら、何度でも同じ選択をすると思う」
「だから、必要のない後悔なんてしなくてもいい。全員幸せなんだから」
ナツのおでこにキスをする。
そして手を離すと、立ち上がった。
一気にカーテンを開ける。
(陽の光を浴びてないから暗いことを考えるんだ。クリスマスの朝だって言うのに)
「まぶし……」
ナツが目を細める。
部屋が一気に明るくなり、一気に白っぽい部屋になった。
「ナツの分も、婚姻届を書いておこうか!」
明るい気持ちになれるように、ふと思いついたことを言ってみる。
「え?」
「本当は、昨日、ナツの分も婚姻届を書いておくのが良かったんだ」
たぶん、ナツはいろんな我慢をしている。
誰だって約束は欲しい。
だけどトールと結婚することになってたから言い出せなかったんだ。
本来なら、どちらかが気が付いてやるべきだった。
だってナツは、何度も自分と結婚したかったと言ってくれていたんだから。
「気付かなくてごめん。気を遣う子だったもんね」
「ユーキぃ……」
ナツが立ち上がり、抱きついてくる。
素肌に相手の服が擦れて、少しくすぐったかった。
「婚姻届、ありますよ」
ベッドから声が聞こえて振り向く。
トールが、上半身を起こしていた。
「いつから起きてたの?」
「ユーキ君が起きたあたりから。でも、出ていきにくくって」
トールは微笑んで、カバンから封筒を取り出す。
なんでお前はパンツを穿いているんだよ。
「書き損じた時のために数枚貰っておいたんですよね。気遣いができず、すみません」
「いや……ありがとう」
横のテーブルに婚姻届を置かれて、ナツは信じられないという顔をする。
私は服を着ながら、その様子を見ていた。
「私はユーキ君が絡むとちょっと馬鹿になるようなので、言いたいことがあったら言ってください」
「持崎部長はいいの? 書いてもさ」
「いや、どっちもユーキ君と結婚してるし、こっちの籍にするのは、単純にこっちの方が得だからですよ」
「……って話をした気がするんですが。伝わってなかったですかね」
「伝わってなかったみたいだねぇ」
服を着終わって、テーブルに向かうと、トールの顔を覗きこむ。
トールは心外……という顔をしていた。
「ちょっと突っ走って見えるけど、トールは悪気はないんだよね」
「全員の幸せを考えたはずが、誤解が……」
頭をおさえている。
ナツは色々騙されてきたから仕方ないけど、誤解がとけて良かった。
「一緒に生きていくんだから、もうちょっと本音でぶつかった方がいいかもね」
「私は結果が同じなら得があるほうを取るだけです。幸せを追求できるのは人間の特権ですからね」
私達の言葉を聞きながら、ナツは婚姻届に名前を書く。
「人間の特権か」
ナツが小さく笑った。
「動物なんて本能で動いていたり、役割も決まってるんです。人間に生きる意味なんてないんですよ」
「その中で幸せを追求して、見つけたのなら最高じゃないですか。あとはどうでもいい問題です」
そう言いながら、トールは証人の欄に名前を書く。
「もう一人はお母さんに頼んでください」
「うん。お母さん喜ぶよ」
そう言いながら紙を見るナツは嬉しそうだった。
ナツはもともと女の子だったし、あこがれも強いよな。悪いことをした。
「じゃあ、私も書こうっと」
サラサラと名前を書く。
流石にサインする時に全裸は嫌だったから、間に合ってよかった。
「はい。これで、ちゃんと証人とか書き終われば結婚できるよ!」
そう言いながら、カバンからトールとの婚姻届が入ってる封筒を持ってくる。
新しく書いたナツとの婚姻届を一緒に封筒の中にしまう。
「持っておくから。証人とか書くときは、早めに教えてね」
「うん。ありがとう」
ナツが涙ぐんでいた。
カバンを置いて、立ち上がるとナツの頭を撫でる。
そっと、ナツがキスをしてきた。
「ユーキには悪いけど、入れ替わって良かった」
「私も、良かったと思ってるよ」
お互い顔を見合わせて、ふふと笑う。
「ハッピーエンド、ですかね」
トールが、私達二人に手を差し出したので、立ち上がる。
「ハッピーエンドだよ。これからも続くけどね」
つま先で立ち上がり、トールにもキスをした。
不安定な歪な三角形は、歪な三角形のまま形を保ったまま、契約に至った。
でも、歪でも良かった。それが自分の宝物だと思えたら、きれいじゃなくても問題ない。
人に自慢できるものじゃなくても、同じ仲間を集められるような一般的なものじゃなくても。
人生を彩るのは、他人の目ではなくて自分の目からでしかないのだから。
今、やっとそれを実感した。
明日、2エピソード同時公開で完結となります。
新作も公開いたしますので、最後までどうぞよろしくお願いいたします。




