事件の原因と、確定の未来と、傷の上書きを。
警察が来て、別荘は事件のようになった。
別荘の中では母親に睡眠薬を盛られた管理人が眠っていたからだ。
全員事情聴取に呼ばれ、終わるのは数時間かかった。
トールは蹴ったことで厳重注意を受けたけど、罪に問われることはなさそうだった。
「あっちゃん。守れなくてごめんね」
「あんなの、私だって守れないよ。こんなとこまで来てくれてありがとね」
ボロボロと泣くユリちゃんを撫でながら慰める。
「シャッチョも忙しい中来てくれてありがとうございます」
「ユーキちゃん。本当に大丈夫か?」
「大丈夫です。なんか色々あって慣れたみたいで……ユリちゃんを頼みます」
「おう。任せとけ」
ここまでユリちゃんを連れてきてくれたのはシャッチョだった。
仕事が忙しいはずなのに、本当にありがたいことだ。
都内に帰る二人を送り出す。
私達は寄り道をしなければならないので、一緒には帰れなかった。
日が暮れた道をトールが運転する自動車で帰る。
朝に家を出たのに、もう夜とはどういうことだ。
今日は、トールの祖父と父親が謝りたいというので、これから帰る途中に会うことになっていた。
二人に罪はないし、どっちかというと二人を一度疑ったことがある自分は、そっちが申し訳ない。
小料理屋に着く。
部屋に入ると、トールの祖父と父が畳に座っていた。
「愛夏さん、この度は本当に申し訳なかった」
二人は深々と頭を下げた。
「頭を上げてください。お二人のせいじゃありません」
「いや、恐らく私達二人のせいだ。トール、あの話はしているかい?」
「……まだ話していません」
突然質問されたトールは、小さな声で返す。
(何の話だろう?)
分からないけど、部屋の入口で話しこんでいたらお店に迷惑だと気付く。
「あの。お料理来てしまうので、食べながらお話しませんか? お腹が減りました」
こういう時は、一番若い自分がバカなふりしてご飯食べたいというのが一番いい気がして言ってみる。
「あ、ああ。そうだな。食べながらにしよう」
「みんな席に座りましょうか」
促されて、私達も席に着く。
運ばれたお料理は、鰻と牛肉のしゃぶしゃぶ御膳だった。
固形燃料で温める鍋みたいなものがついている。
この固形燃料で温める鍋みたいなのは、いつ見てもワクワクするから好きだ。
「それで愛夏ちゃん。今回の話はおそらく、トールがうちの経営を継ぐという話になったからだと思う」
「なるほど、継……えぇ?」
固形燃料をジッと見つめていた目を、祖父に向ける。
「継ぐって、じゃあ今の会社をやめて、そっちの会社に入るってことですよね」
「すみません。もう少し固まってから言うつもりでした」
トールが申し訳なさそうに言った。
「でも、お父さんもいるのにですか?」
「僕は経営は向いてないんだ。何度か試してみたが、どうも才覚がないので諦めた」
「それなら孫たちにと思ったんだが、最近までトールは全く経営に興味をしめさなかったんだ」
「まぁ、今の会社を辞められない事情があったので」
私と付き合う前の話か。
正直、こちらにそんな価値はないと思うので物好きだなぁと思う。
「でも最近、良いと言ってくれてね。経営判断を問題を出しても、すべて満点だった」
「正直、これは真一より上だ」
父親の言葉にそりゃあ、逮捕される奴より賢いよと思う。
トールはこの年で部長で成績もいいから、それはそう。
無意識に彼氏自慢をしてしまいそうだ。
そんなことを考えながら、ふと祖父を見ると、顔をしかめていた。
「いや、真一は横領したから、根本からだめだ」
「横領、ですか?」
嘘だろと思い、思わず聞き返す。
「ああ。一族の恥で刑事事件にはしなかったが、そのせいで愛夏ちゃんに被害がいった」
「別に、私がどうなったところで、関係ない気もしますけど」
「いや、婚約者が消えて、失意でまた経営には関わらないとなったらチャンスがあると思ったんだろう」
確かに私が付き合うのやめるって言ったら、トールはどうなるかわからないな。
「じゃあ、横領なんてしなきゃ良かったのに」
率直に言うと、みんなフフと笑った。
だけど、そうなるとして、ナツはどうなるんだろう?
「えっ、でもトールが経営に行くとしたら、竹下さんはどうなるの?」
思わず口に出す。
今まで無言だったナツが、こちらを見た。
「あ、俺もそっちいくことになってる」
「え!」
「だから、来年くらいにみんなで引っ越すことになるよ」
そういえば、結婚するって話の時、今養子になるのは面倒って話してた。
こういうことか。
「あ……、だから節目」
「そういうこと!」
ナツが笑う。
私はどうなんの? と思ったけど、結婚したら子供産むのか……。
まぁ今だって家事まわってないから、仕方ないか。
確実に決まっていく未来を考えながら、食事を食べる。
久々のしゃぶしゃぶは美味しかった。
夜8時
食事が終わり、家に戻る。
部屋の中はクリスマス会の面影と、事件の慌ただしさが分かる室内だった。
「今日は疲れたろ、もう寝ようか」
ナツが優しい声で言う。
「ユーキ君が一番最初にお風呂入っていいですよ」
お湯を張りながら、トールが言った。
こういう時は、二人とも気を遣って、そういうことはないと分かっている。
襲われかけたんだし、それはそうなんだけど。
でも、それが気持ち悪いから、抱いてほしいと思ってしまう。
(自分がおかしいのだろうか)
言われるまま風呂に入って考える。
髪を洗うと、落としたと思っていた落ち葉のクズが出てきて嫌な気持ちになった。
こんな気持ちを抱えて生きていたくはない。
(誘えばいいんだろうけど、したことがないから分からない)
裸で? 下着で? どれもちょっと違うし、自分には難しい。
だけど、このまま、身体に嫌な感触を残したまま寝るのは、もっと嫌だ。
でも、ただ上書きしてって言ったら、ただの抱きつくだけになりそうな気がした。
悩みながら、風呂から出てバスタオルを巻いて外に出る。
「あの、二人にお願いがあるんだけど」
2人はこちらを見て止まる。
「あいつが残した感触が嫌だから、全部上書きしてほしい」
分かってほしい。これ以上は無理だ。
自分の顔が火照ってるのがわかる。
2人は、こちらに歩いてくると、交互に身体を抱きしめてくれる。
「分かりました。髪を乾かして待っててください」
「嫌だけど二人で行って身体流してくる」
そして二人は風呂に入っていった。
(伝わってよかった)
のろのろと髪を乾かして、ベッドに入る。
待たなくてもいい速さで、二人はベッドにやってきた。
「両側、二人の場所だよ」
いつかの夜、二人がしてくれたように、私も二人を迎え入れる。
二人にとっての甘い罠が自分で、願わくば罠が居場所になってくれたらいい。
震える声は、身体は、怖さじゃなくて快楽で
肌が触れ合う感触に、嫌な気持ちが上書きされていく。
あの日、あの庭園で二人に教えてもらった方法は、今も自分を救ってくれていた。
月と太陽があるように、海と陸があるように。そうやって生きていけたら、死が別つその時まで幸せでいられる。
そんな気がしていた。




