ユーキ・強さを手に入れる。
次の日、休みになったので家でのんびりしていた。
母親の電話番号はナツがブロックしたので連絡がくることはない。
食事も、喉元すぎればなんとやら。ちゃんと食べられるようになっていた。
最近、二人は忙しく、自分もメンタルがやられてて家事がまわっていなかったので、家事をする。
綺麗になっていく家は、それなりに充実感があった。
(お礼に、ちゃんとした食事も作ろうかな)
かなり迷惑をかけたし、最近二人はとても忙しそうだった。
外に出てスーパーに向かおうとして、郵便受けを見る。
中に自宅のカギが入っていた。
(もう母親が帰ったってことか)
悩んでいたことが、あっという間に片付いてしまった。
思えば、いい顔をしていた自分にも悪いところがあったなと思う。
(鍵を変えないとな)
冷蔵庫の中とかも大丈夫なんだろうか。
スーパーにいくついでに部屋を見に行った。
鍵を開けて部屋に入ってみると、中には誰もいなかった。
家の中は、母親が住んでいた痕跡がありありと残っていた。
……?
服なども残っていて、残っているものが多すぎる。
ガチャ、と玄関の扉が開く音が聞こえた。
玄関をみると、トールの母親が、そこにいた。
「あら、ちょうど良かった」
何事もなかったかのように、笑う。
笑い返すことすらできずに、固まってしまった。
「なんで」
「あなたと話したくて、鍵を置いたら来てくれるって思ったの」
「私は、話したくありません」
異常だ。素で人の心理を利用しようとしている。
こんな人を信用しようとしていた自分は、本当にバカだ。
「二人の嘘に騙されてたみたいです。だから、もう出て行ってください」
私の言葉に母親は心外だというように、首をかしげる。
「騙していたのは、ユーキ君。あなただって同じじゃない」
ユーキ君という言葉に固まる。
「真一は、わたしの血を継いでるのよ。だから分かる。亨にはないけどね」
母親にも霊感みたいなものがあるってことか。
ということは、二人との関係も知られてるということだ。
ズン、と気が重くなる。
「わたし、今困ってるの。離婚って言われてるし、亨の父親にも来るなって言われちゃって」
そうか。本家からも追い出されて、こちらの提案にのったということか。
「そんなこと、こっちには関係ないです」
「そんな。困った時にはお互い様じゃない。あなたとわたし、似た者同士でしょ」
「似てません。なにいってるんです」
嫌な予感がした。
近づく母親を避けて、一歩後退する。
「色々な男に惹かれて、自分のものにすることが好きなんでしょう?」
気持ち悪い、というのが最初に出た感想だった。
そんな花から蜜を集める蜜蜂みたいな感覚で生きていない。
働き蜂は、結局蜜を集めただけで死ぬんだ。
「好きじゃない! 変なこと言わないでください」
「でも、わたしと同じように、もう二人と寝てるじゃない」
絶対同じじゃない。
得るために捨ててる人間と、結果的に捨てられるはめになった人間の覚悟を同じにしてほしくない。
そんな言葉が自分の親と同じ年齢の人間から出てくることが驚きだ。
「貴方とは違う!!!!」
思わず言葉を荒げる。
「私はちゃんと二人を尊重してる。人生を乗り変えるつもりもないし、浮気じゃないんです」
馬鹿にしないで欲しい。
いい年して頭まで性欲でやられてんのか。
それか、性欲以外の自己顕示欲か。いずれにせよ保身と欲でしかない。
「出て行ってください」
そう言い残して、部屋から出ていく。
母親は、一言も言葉を発しなかった。
腹が立つと思いながら、スーパーで買い物をする。
(そういえば、自分、怒ってるな)
昨日は怒る気力もなかったのに。
もしかしたら、メンタルが回復してきたのかもしれない。
(休むって大事なんだな~……)
今日はハンバーグにしよう~と思って肉を買う。
肉を食べたいなと思ったので、本格的に回復してきている気がした。
夜九時。
今日の二人は一段と遅く、一緒に残業をして帰ってきた。
「お疲れ様! 今日のご飯はハンバーグ!」
「お、元気じゃん」
「新婚感がありますね」
玄関で出迎えて、リビングに行くと、食事を並べる。
わりと頑張った! ハンバーグの他も色々作ったし!
「ご馳走じゃん」
「休んだおかげで元気になったから、ご飯はお礼に頑張った!」
「家もきれいになってるし、嬉しいです」
三人で食卓を囲んでいただきますを言う。
頑張ったかいがあって、味が美味しくできて大満足だ。
「凄いですね。今日は他になにかありました」
「ポストに鍵入ってたから自分の家にいったら、まだお母さんいた」
もう秘密はやめとこうと思ったので、素直に言う。
2人はハァ?という顔をして固まった。
「あ、でも喧嘩して出てってくれって言ったから大丈夫だよ」
「スペアキー作ってるって事じゃん。だる」
ナツが腹立たし気に言う。
そうなんだよなぁ。しかも悪びれもしないってあたりがふてぶてしさを感じる。
「なんか出てってくれるまで時間かかるかもなとは思った」
「男二人で行って、外に出したらいいんじゃないですかね」
「できれば無理矢理みたいなのは避けたいんだけどね~」
「情けをかけても、つけ上がるだけですよ」
辛辣にいいながらハンバーグを食べている。
(楽しい食事の時間だし、母親に言われたことを言うのはやめとこう)
別に、母親がなにを知っていたところで、どうでもいい話だ。
だって、もうトールの家族からは関係なくなるのだから。
今まで感じたことのない冷めた気持ちを抱えながら、食事を口に運ぶ。
そんなことより、二人に聞いてほしいことがあった。
「なんかさ、二人に話したいことがあるんだけど」
遠慮しながら、話す。
「いちゃいちゃしたいと思ってる時、メンタル弱ってると思われてるじゃん」
「そうだね。今は回復してるみたいだけど」
「私は結構理性が強いみたいで、普段思ってても行動できないみたい」
誤解されないように、しっかりと話す。
今後の生活のしやすさが、ここにかかってるんだ。
「けど、弱ってると理性が落ちて、甘えたい~とか好き~とかで、そういうの出るっぽい」
「でも、今は二人をめちゃくちゃ好きだから、理性が働いてても出ると思うけど、病んでないからね」
やっと言えた。
今は助かったけど、いちゃいちゃしたい時にメンタルの心配をされるのは困る。
「わかった。じゃあ次にイチャイチャしたいって言われた時は、素直に受け取るわ」
「ありがとう」
「え、じゃあ……じゃあ女性になる前にくっつきたがった時って、好きだった可能性もあるんじゃ」
トールがショックを受けた顔をしてこちらを見る。
女になる前? どういう意味でその顔してるんだ?
「わかんないけど、人は選んでたから好きではあったよ。友達としてだとは思うけど、そういうの鈍いし」
だからといって、性癖を歪ませるつもりはなかったから、そこらへんは申し訳なかったけど。
「やっぱり強くいけば付き合えたんじゃ」
「ですよねぇ!!!!!」
ナツの言葉にトールが大きな声で返す。
そういう意味か。その時にそうなってみないと分かんないな。こればかりは。
「声デカいって」
文句を言いながら嫌そうな顔をしているナツを見て思わず笑った。
「その場合、ナツとトールは元肉体関係ありになるから、こうなったかは分からないね」
「確かに。行為の時に今以上に複雑な気分になったかもしれません」
「ヘタレで良かったわ」
ナツが引いた顔をしながら食事を終える。
そりゃあ、自分の身体とやれなかったことを後悔する男が身近にいたら嫌だよな。
「ナツ。トールに無理矢理されそうになったら言うんだよ」
「人をなんだと思ってるんですか。今は興味ないですって」
「コイツ女好きだから大丈夫でしょ。動画サイトの履歴見たことあるもん」
「は?! なに? 見たの???」
敬語にするのも忘れてトールが慌てている。
結局、昼間になにがあっても、メンタルがちゃんとしていれば平和な日常だ。
今なら、誰に何と言われても大丈夫な気がする。
(ちょっとだけ、前より強くなったというか、成長できたかもな)
スマホを見ながらぎゃーぎゃー騒ぐ二人を見て、穏やかな気持ちになる。
大切な人に心配をかけないように、もっと気持ちを強くなろうと決意していた。




