優しさの間違いと信じる難しさ。
クリスマスイルミネーションの中を二人で歩く。
冷えるから喫茶店にしようと言われたが、歩きたくて外にした。
歩きながら、カフェでホットのココアを持ち帰りにして二人で歩く。
ココアはストレスにいいという理由でトールが買ったが、本人は何も飲んでいなかった。
冷たい夜風に、ココアの温かさが身に染みる。
夜の街には、カップルがいっぱいだった。
「トールは、前からお父さんが違うって知ってたの?」
「はい。子供の頃、関係がバレて祖母が出ていく騒ぎになりましたから」
子どものトールが記憶してるってことは、けっこう年月が経ってからバレたということだ。
じゃあ、絶対にムリヤリされてるって線はやっぱり無い。
(真一さんに踊らされたってわけか)
「顔合わせの日のこと、ちゃんと教えてもらっていいですか?」
トールに聞かれて、ココアを飲む。
カップの中のココアは、いつの間にか空になっていた。
(もう、秘密にするのは、やめよう)
決意して、トールを見つめる。
「最初は、真一さんにトールの父親がお爺さんって言われた」
「そのあと、こっちがユーキだってバレてて、なんか、二人と関係持ってるのもバレてて」
「バレ……そんなこと言われたんですか?」
情報が処理しきれないらしく、トールは腹立たしそうな顔をした。
「それはナツが怒ってたから、大丈夫だよ」
自分にとっては、性行為のことを指摘されるのは、怒りというより、恥ずかしかった。
恥ずかしいことではないはずなのに、会社でバレた時と同じ感覚で、勝手に何かを探られるような不快感。
でも、言葉にすることが難しい。
付き合ったことが初めてじゃなければ耐えられるのだろうか。それすら分からなかった。
「なんか真一さんは全部、霊感みたいなのでわかるんだって」
「霊感?」
初めて聞いたという顔をする。
敵に弱みや強みは見せないはずだから、真一さんの敵であるトールは何も聞かされていないのだろう。
「あと、トールのお母さんが酷い目にあってるから助けてほしいって言われて」
「助けたら関係のことはばらさないって言われた」
「脅しじゃないですか!!!!」
大きな声にビクッとしてトールを見上げると、怒っていた。
怒ることなんだと思う。
(なんか、感情が鈍くて、よく分からない)
脅しと言えば脅しだけど、あの頃の自分は、母親を助けたいと思う気持ちのほうが大きかったような。
結局、それも嘘だったみたいだけど。
(人の親切心を利用した言葉にまんまと利用されたってことだ)
漠然と、すごく辛い気持ちになってきた。
でも、その辛さの理由がよく分からない。
「でも、結局、騙されたんだと思う」
「言ってくれたら」
トールの言葉に言えたら良かったと思う。
だけど傷つけることが怖かった。
「でも、言ったら、もし父親が違うことをトールが知らなかったら傷つくじゃん」
視界が緩んで、涙が落ちる。
でも、何の意味もなかった。全部無駄だった。
踊らされて、ただのバカみたいだ。
「だから言わなかったんですね」
なだめるように抱きしめられる。
空になったカップが、手から落ちた。
(……あ)
拾おうとして、身をかがめた時。
ふと、自分の内面に気付いてしまった。
(ああ、わかった)
理解してしまった。辛さの原因に。
(トールが自分に言ってほしかったという理由にも)
「ごめん。何も知らなかったの、自分が知ろうとしなかったせいだ」
なんとなくトールは父親が違うことに気付いているのではと思ってはいた。
それならそれとなく聞き出せばよかったのだ。
しなかったのは、トールではない人間の言葉を安易に信じたから。
自分の手で傷つけることが怖くて、自分の楽を優先して信じてしまったから。
「それなのに、他人の言葉を信じて踊らされて、迷惑をかけてる」
自分を利用しようとしている人間の言葉なのに。
自分に聞かずに他人を信じる。それは多分、トールにとっては裏切りだ。
聞かなかったことで、無意識に傷つけていた。
彼は、腰を下ろして、下からこちらを見上げる。
「迷惑なんて思ってませんよ」
「だけど、もう子供ではないし、私を信じて頼ってください」
声は優しくて、滲んだ視線の先にある顔も優しくて。
手を広げられて、涙が溢れた。
「ごめん……最初から、信じてるよ」
言いながら、抱きつく。
その言葉は本当なのに、できなかった人間の言い訳だと、頭のどこかで自嘲していた。
自分が悪いはずなのに、優しくされると涙が溢れるのはなぜなんだろう。
だから嫌なんだ。この身体は気分の落ち込みが激しい。
傷つけたくも、困らせたくもなかったのに。
(もう、二度と期待を裏切りたくはない)
だから、信じてほしかった。
タクシーで家に帰る。
泣いていたら、うまく立てなくなってきたので丁度よかった。
後部座席で、トールの膝で寝かされる。
「ユーキ君。もう母親には会わないでください」
「でも、もしかしたら、理由があるのかも」
「ユーキ君は善意で考える人ですが、世の中はそうじゃない人が多いんですよ」
そうなのだろうか。
自分で始めたことだから、自分でけりをつけたいという気持ちがある。
でも勝手に動いて足を引っ張るくらいなら、何もしない方がいいかもしれない。
「あと、明日は仕事は休んでください。ちょっとギリギリな感じに見えます」
あんまり考えたくはないから仕事したいけど……。
「わかった」
答えながら目を閉じる。
タクシーが暖かくて、眠気が心地よかった。
なんか、自業自得だけど、すごく疲れたな、と思いながら意識を手放した。




