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美女と入れ替わったモブ男は溺愛されて困っています!【第二部完結】  作者: 花摘猫
お付き合い・ナツ編

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全て捨てても、選んだものは。

土曜日。

ナツの母親がいる病院に向かった。

入院病棟は、人の気配はあるが廊下は静かなものだった。

ナツと一緒に影が多い午前の廊下を歩く。


ああ、祖母が亡くなった時を思い出すな。

自分を育てるために死んでしまった育ての親ともいえる人。

遺産で大学には行かせてもらったが、もう子供の頃から両親ともに没交渉だ。


だから、家族の愛情とかよく分からない。

手放しで受け取っていい愛情とやらもよく分からない。

最近、二人から受け取っているのが、性欲か愛情なのかもわからなかった。

だけど、最近はその鈍い感性でも、少しずつ、いろいろなことを理解してきた。

そんな気がしている。





病室に入ると、母親がベッドで眠っていた。

同室の人間がおらず、空きベッドが目立っている。

ベッドがある壁には、母親の本名が貼ってあった。


(上田美津子さん、か)


「お母さん、来たよ」


ナツが話しかけると、薄く目を開ける。


「あ、ごめんね。ご飯食べたら眠くなっちゃって」

「起き上がらなくていいよ。さっき連絡したけど、ユーキも来てる」


呼ばれて軽く会釈する。

この前会ったばかりのはずの母親は、生気が抜けたように見えた。


「お元気でしたか」

「竹下さん。先日は恥ずかしいところをお見せして」

「そんなことないです」

「ちょっとコップとか色々洗ってくるね」


話したいという意図を察したのか、ナツが外に出ていく。

何を話すとかは言っていないのに不思議だなと思った。


「なんか、娘の姿で奇妙だと思うんですけど、すみません」

「別に、生きていてくれるなら、それでいいですよ」


こんな優しい人に色々詮索するのは嫌だなと思いながら、椅子に座る。

覚悟を決めるしかなかった。


「あの、ひとつ聞きたいんですけど」

「なに?」

「けっこうきつい人生だったと思うんですけど、それでも、病気が治りたいと思いますか?」

「なぁに、その質問」

「すみません」


謝ると、母親はふふ、と笑った。


「そうね。治ったらいいなって何回も思ってるし、今も思ってる」


骨の形の分かる細い手を、陽に透かせるように伸ばす。

細かく震えるのは、筋力が衰えているからだ。


「せめて、俊樹が成人できるまで生きられたらって思ったけど、無理でしょうね」

「だから養子に?」

「ええ。高校って、何気に親が学校に行くことが多いから。元気な親がいたほうがいいわ」


胸で呼吸する体を見ると、まだ大丈夫だという気持ちと、もう時間がないという気持ちが交差する。


「私は、私が信じられる身近な人に、自分の宝物を預けただけよ」


にこりと笑ってこちらを見る目は、穏やかで死への覚悟が滲んでいた。

酷いことを聞いてしまったと思う。


「……辛いことを聞いて、すみませんでした」


自分が傲慢な人間に思えて、頭を下げる。

突然、自分が俊樹と自分を他人のせいで人生を選ばされた人間として重ねていたことに気付いてしまった。

そんなはずがない。そうだったとして、赤の他人と自分を重ねたところで意味がないはずなのに。

それに、自分の本当の本心は、多分……。


(養子のことなんて聞く必要がない)


(助けてやれるから、どんなことでも聞いていいと思っているのか)


反吐が出そうだ。

嫌な気持ちになった。

様々な感情を抱えて謝る自分に、母親は穏やかに許してくれる。


ふと、ドアの方を見ると、ナツの腕が扉の向こう側に見えた。


もう聞きたいことは聞けたし、この場所にいるのはやめよう。

ここは、この人を心から思いやる人間しかいちゃいけない場所だ。

そんなことより、やらなければいけないことをやらないと。


「また、来ますね」

「もう帰るの?」

「はい。でも、ナツはもう少しいますから」


椅子から立ち上がり、ドアに向かう。

病室から出ると、廊下にナツが立っていた。


「先に帰るね」

「わかった」


白い廊下を、振り返らず歩く。


「あの、ユーキ」


背中に声をかけられて振り返った。

けれどナツは困惑したように、なにも言わない。


「じゃあ」


口だけで笑ってみせてから、また廊下を歩いていく。

自分に呆れて、目に涙が滲んでいた。



本当は分かっていた。

願いをどうしたいかなんて。

答えなんて多分、心の奥底では、最初から決めていた。

それなのに、確認と称して嫌なことを病人に聞いた。

残酷なことだと分かっていたはずなのに利用した。

助けるのも、助けないのも、結局、個人のエゴでしかないと分かっている。


涙が零れる。


ネット検索したら、自分より相手を優先する気持ちがあるなら愛だと見た。

僕は、僕でいることより、二人が笑顔でいることを優先したい。

未来がどうなるかも分からないのに、愛を優先したいのだ。


(母親のことなんて、ただの大義名分だ)


愛なんてあやふやなもので自分の未来を決めることなんて馬鹿げてるのに。

親ともまともに交流してこなかった自分が、どうして未来を信じられる。

分かってるのに、ちゃんと決断したくてここまで来てしまった。


目からボロボロと涙が落ちる。


(いいことをするという理由を確認したくて、人を傷つけた)


本当は生きたいなんて分かっていたはずなのに。

自分の本心を信じたくなかった。

まだ期間もない相手に心を動かされているなんて。

赤の他人と自分を天秤にかける自分がいるなんて。

恋もわからないと思っていたのに。


なぜ泣いているのかも分からないままエレベーター前に着く。

同乗者を驚かせてしまうので乗れないと思い、横の階段に移動した。

階段を降りていると、嗚咽が階段に響いて息を止める。

どうしようもなく思えて、その場にしゃがみ込んだ。


「ユーキ」


声をかけられて、顔を上げる。

ナツだった。


「なんで、そんなに」


あまりの泣き顔に絶句しているようだった。


「なんでもない」


言いながら、顔を隠す。

自分でもなんで泣いているのかよくわからなかった。

化粧が落ちてるかもしれないし、見られたくない。


「大丈夫。大丈夫だから」


隣にナツが座る。

なにが大丈夫か分からない。

僕を体の上に乗せるように、ナツは身体を抱き寄せた。

自然に引き寄せられるまま、唇を合わせる。


「んっ、う」


意味が分からなくて、呼吸がしにくくて、弱く体を押し剥がす。

身体は、思うより簡単に剝がれた。


「なに……なんで」

「泣かないで」


言われながら、再び唇を塞がれる。

呼吸の仕方がわからなくて、息が苦しい。


「ん……ハァ、っ」


与えられる刺激に反応するだけで、頭がぼぅっとしていた。

キスを止めようとすると、手に指が絡んで拒まれる。

病院でしていいことじゃないのに、なにも考えられなくなっていた。


「はぁ、あ、ちょ、んぅ」


下から、足音が聞こえる。


「もうっ……」


本当にやばいと思い、動かない腰を動かして横に転がる。

人が来るから立たないとと思ったが、立ち上がれなかった。


「首に捕まりな」


ナツが笑いながらしゃがんだので首に捕まると、ひょいと抱き上げられた。


「うわっ、こわっ」


こちらの声なんて聞こえていないのか、ひょいひょいと階段を登り、エレベーター前まで行く。

病院でこんな格好、ばれたら恥ずかしすぎる。


「降りる。おろして」


バタバタと足を揺らして下に降りる。

今度は立つことができた。


「なんでさっきは立てなかったんだろ」

「……さぁ」


隣に立つナツは満足そうな顔をしていた。

エレベーターを呼ぶと、すぐに到着して乗り込むことができた。


誰もいないエレベーターの中、ナツが脱力してしゃがみ込む。


「本当に泣きやんで良かった。心臓に悪い」

「人間なんだから泣くことくらいあるだろ」

「理由を聞いても?」

「教えない」

「だと思った」


二人きりのエレベーターで話す会話は軽かった。

その軽さが心地よくて楽だ。


エレベーターが一階につく。

一階の待合室を兼ねたホールは広くて人が多かった。


「ここでいいよ。病室に戻って」


僕の言葉に、ナツはひらひらと手を振る。

ふと、確認したいことがあると思った。


「ナツ、僕のこと好き?」

「え?」


性別を元に戻すという願いを変えるんだ。

納得する答えが欲しかった。


「そうだな。うーん」

「好きってより、愛してると思う」


愛してる、か。


「そっか、それならいいや」

「ユーキは」

「多分、同じ。じゃあね」


後ろに手を振って、足早に病院から出ていく。


一時の感情で動いていいか、悩んでいた。

でも、もういい。

それで幸せになる人がいて、自分も幸せになれる可能性がある。

それで、いいじゃないか。







電車に乗り、七鎌神社へ向かう。

アクセスが悪い場所にあるが、仕方ないだろう。

バスに乗り換え、ところどころ畑がある田舎道を進んでいく。

バスの中から見る光景は、派手なところはなく、日本中どこにでもありそうな景色だった。


(でも、この光景は忘れない気がする)


記憶は心情で記憶されるのだと前に思ったことがある。

それなら、今の景色も忘れ得ぬものになるのだろう。


午後四時に着いた神社は、休日のせいか数人だけ境内にいた。

手を洗い、お札を取り出す。

(二万円だっけ。三万入れておこう)


鈴を鳴らす。


深呼吸をして、お金をお賽銭箱に入れた。

口に出したほうがいいのかな。



「この前来た、人間です!」

「お願いを聞いてもらいにきました!」

「お金を入れたので、上田美津子さんの病気を治してください」


大声で叫ぶ。

昔、神様は名前を言わないと助けられないと聞いたことがある。

自分の名前はこの前言い忘れたから、とりあえず言わないでおいた。


「うるさい」


後ろからポコリと頭を何かで叩かれる。

振り向くと、この前会った巫女のような女性がそこにいた。

手には木の棒を持っている。


「うるさすぎて、他の参拝客の邪魔になるわよ」

「神様だ!」

「で、なんでせっかくのお願いで、他人を助けるの?」

「そのほうがたくさんの人が幸せになれるから……です」

「自分を一番に考えなさいよ。人間はそうできてるんだから。ばかねぇ」


呆れながら神様は笑った。


「アンタは、そんな性格だから、他の人間と体を交換できちゃったの分かってる?」


巫女のような神様は、手で僕の肩を軽くたたきながら言った。

神様にしても、神職にしてもあまりに軽いなと思う。


「交換の仕組みは知らないですけど、もういいですよ」

「まぁ、お金は貰ったから治してはおくけど、本当にいいの?」

「はい。よろしくお願いします」



「本当は住所もいるけど、記憶から引き出してなんとかしましょう」


女性が額に手をあてる。

ブレるような衝撃に、身体がよろける。

風が鳴る。

手が光るとか、そんな非科学的なことはおきなくて、ただ葉擦れの音と、やけに木漏れ日がまぶしいくらいだった。

額から手を放されると、女性はこちらを見て少し笑った。


「じゃあ、やっとくから帰って」


「あ、はい」


「ねぇ、アンタ」


「お守りの期限は一年よ。もし対でもってきて、運が良ければ」


ザザ、と風が鳴る。

女性がそれを見て、すこし俯く。


「……いや。一部の人間に肩入れすることは許されない」


よく分からないけど、自分に好意的なことを言ってくれてるんだろうな。

でも、あまり深く追求しない方が良さそうだ。


「ありがとうございます。覚えておきます」


「そうね。覚えておいて」


「病気のこと、よろしくお願いします」


頭を下げる。

返事はなかった。

かわりに、周囲に人間が出す雑音が聞こえてくる。

見回すと、先ほどはいなかった参拝客が戻ってきていた。

神社に常駐してる神様っているんだ。


対で持ってきて、ということは、運が良ければ戻すこともできるということだろうか。


せっかく諦めたのにな、と思う。

だけど、ナツの母親が治りそうで良かった。

複雑な気持ちで境内から出ると、目の前に見慣れた人物が立っていた。


「トール?」


こちらの声に反応した顔は、間違いなくトールだった。

後ろにはレンタカーらしき自動車がある。


「なんでこんなところに……」


「連絡したら七鎌神社に行くって言ってたので」

「確かに言っちゃったなぁ」


電車の中で連絡が来たので、まぁいいだろうと教えてしまっていた。

自分だったら、すれ違うかもしれないから、待機してしまう。


(ああ、この人も、馬鹿だなぁ)


呆れながらも、少しだけ胸が熱くなる。

自分の選択は、間違ってなかった。


「帰りましょうか」

「うん。来てくれてありがとう」


男には戻れなくなったけど、別に不幸じゃない。

二人で自動車に乗って、先輩の家に帰る。

失意を塗り替えるように、覚悟が固まってきた。


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