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美女と入れ替わったモブ男は溺愛されて困っています!【第二部完結】  作者: 花摘猫
お付き合い・ナツ編

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16/60

記憶が隠す前に、愛で隠して。

気持ちを落ち着けたあと、喫茶店にまだいる先輩と上田に会いに行く。


「とりあえず弁護士ですね。示談金とるにしたって、弁護士は必要ですから」


席に近づくと、二人はそんなことを話していた。


(良かった。ちゃんと聞こえてたんだ)


説明するとなると、またあの男を思い出してしまうから、助かった。

テンションが上がらない自分に嫌になりながら、席の前に立つ。


「あ、ユーキ」


顔を上げた上田が僕を見て止まる。

立ち上がると僕の肩に手を置いて、隣の席に座らせた。


「大丈夫? おっぱい揉む?」


変な冗談をいって笑わせようとしてくる。


(もしかして揉んだらテンション上がるかな?)


「揉む」


服の上から胸の位置に手を置いてみると、上田が困惑した顔をする。


「え? ええ?」


脂肪のない胸は、触ってもなにも楽しいところがなかった。


「ユーキ壊れちゃった」


ぽつりと上田が言う。

先輩は、唖然としながら僕を見つめて、少し考えていた。





店を出て、散歩でもするかという話になり新宿内にある庭園に行くことにした。

まだギリギリ九月だったので、閉園時間が遅くて助かった。


あまり話さず、園内を歩く。

この庭園は人がいても気にならない程度に敷地が大きい。

敷地の中には林や湖、気軽に入れる建物などがあり、観光地に来たような気持ちになれた。


「ユーキ君。なにか辛いことがありました?」


遠慮がちに先輩が隣で聞いてくれた。


「ないけど。上田のほうがキツイと思うし」


言いながら、でも、本当は誰かに知ってもらいたいのだと気付く。

答えが分からないから、助言がほしいのだと。

かまってほしいみたいな態度は良くない。

切実なら、言ったほうがいい。


「……でも」


言おうと思って口を開くが喉の奥に貼りついたように言葉が出てこない。

言ったら上田を傷つけるという気持ちと、だけど仲間はずれにするのも違う。

それに、たぶん上田の方がこういうことを知ってそうな気がした。

足りないのは勇気だ。


「なんか、男に抱きつかれたことを思い出してキモい」


なんとか、声に出した言葉は震えていた。


二人は、言葉を失ったようだった。

なにも言えないまま、黙っていると、先輩が頭を撫でた。


「あの日は上田さんと私のことも含め色々ありましたから、負担がかかりましたよね」


それは違う、と首を振る。

二人のことは別に傷ついてない。


「いや、なんか、なんだろう。二人は別に嫌じゃなかった」


慌てて説明しようとするが、うまく言葉にできない。


「でも、あいつにキモく上書きされた気がする。あれしか残ってない」


頭の中ではわかるのに、説明しようと思うとバカみたいな言葉だった。


「どうしたらいいんだろ。忘れたいのに」


木漏れ日の間を抜ける風が体を通り越して、木々を揺らす。

二人の顔は見られなかった。


「接触をしなければ大丈夫だと思ってたんですけど、それだとだめなんですね」


先輩の言葉に「わからない」と答える。

病気なら病院に行けば治るのに、心については対処法が分からなかった。


「別に後ろから抱きつかれただけだから、大したことされてないのにな」

「何が辛いかなんて人によって違いますよ。辛いと思ったら、辛いと思ってもいいんです」


それは嫌だ。負けた気持ちになる。

自分があんまり経験値が少ないから、傷つくんだ。


「辛くない。消えてくれたらそれでいい」


それが分かれば、誰も辛くないのに。


「ユーキ、ハグしよう」


上田が、前に立つと、突然膝を落とす。


「ハグ? なんで」

「それ、たぶん。ほっとくと簡単にセックスして上書きすることで自分を保つことになる。俺の友達もそうなったし」

「上書き」


本当に? と思うが、切実な顔にウソではない気がした。


「結局、人からつけられた傷は、人でしか癒せない気がする」

「人を間違えると地獄だけど、俺たちは少なくともユーキのことを大切にできるし。だから上書きしよう」


でも、それは二人を利用してるんじゃないだろうか、と思う。


だけど、利用したくないなら、話さなければ良かったんだ。

甘えてる自分を理解して、弱い自分を受け入れないといけない。


「じゃあ、お願い」


上田が膝立ちのまま、手を広げる。

近寄ると、下から抱え込むように抱きつかれた。

手の位置が分からないまま、身体を密着されてなんとなく安心する。

上田の抱きつき方は前とは違って優しくて、膝から力が抜けた。


「利用して、ごめん」

「大丈夫だよ」


支えられながら、転がるように座り込む。

肩ごしに見える森と空があまりに綺麗だった。


(さっきまで、綺麗だって思えたっけ)


ああ、安心してるのかもしれない。

さっき上田は人から受けた傷は人でしか癒せないと言った。


(自分は傷ついていたのか)


あまりに鈍い自分の気持ちに驚いてしまう。


「嫌な気持ちある?」

「嫌じゃない」


そう言うと、背中に回された手が、ポンポンと背中を叩いた。

そして、名残惜しそうに腕が外された。


「あ」


口から小さな声が零れる。

少しだけ、身体を離されることを寂しいと思ってしまった。


「ユーキ君、私も」


後ろから声をかけられて、先輩とも流れるようにハグをする。


「こっちの背中にも腕を回してください。それでハグって言うんですよ」

「そうなんだ」


背中に手を回す。

手を回すと、相手の身体の厚さが分かった。


(ああ、ここに、ちゃんと人がいる)


一人じゃないんだ、という気持ちになって、胸が熱くなった。

先輩は、顔が隠れるように自分を抱きかかえている。


「この服、別にいくらでも汚れてもいいんですよ。上着もあるし」


やけに鮮明に聞こえる、近い声。

その言葉の意味が理解できてしまって、少しだけ涙腺が緩んでしまう。

こうやって上書きしていけば、いつか過去になって、何でもないことになるのだろう。


不甲斐ない。情けない。

自分は二人の優しさを利用している。

もっと辛い人なんて世の中に沢山いることを知っているのに。

だけど、受け止めてくれる人がいることがありがたかった。





閉園を告げる音楽が聞こえる。

せっかく来たのに、自分のせいで時間を浪費させてしまった。


「ごめん。ありがとう。もう閉園みたいだ」


背中にまわしていた腕を外すと、先輩も体を離してくれる。


「大丈夫ですか?」

「わかんない」


素直に返す。

大丈夫と聞かれたら、分からないが、

さっきに比べたら、気分が段違いに良くなっていた。


「でも、ハグ効いたかも。ありがとう」


本当に人の傷は人でしか埋まらないのかもしれない。

笑って見せると、二人も安堵したように笑う。


「化粧も問題ない! 可愛くいけてるよ」

「三人で手を繋いで帰りましょう。イチャイチャで上書きだ」

「手をつなぐだけ?」

「本来そこから始めるものなんですよ」


自分が真ん中になって、三人で歩く。

閉園で少なくなった庭園は閑散としていて、それでいて切ないほど綺麗だった。


「手を繋ぐってこんな感じなんだ」


二人とも、両手に絡ませるように手を掴んでいる。

手のひらを合わせて指を絡ませているので、エッチな気がした。


「もっと普通に手って繋ぐんだと思ったけど、これが普通?」

「してないの? 友達でも手くらい繋ぐだろ」

「この合わせ方は、この前先輩にされたけど、手ってもうちょっと普通に繋がない?」

「はぁ? その話聞いてないんだけど」

「そういえばユーキ君。上書きできそうです?」


上田の言葉を無視するように、先輩は華麗に話題を変えた。


「うーん……たぶん」


大丈夫かと言われたら大丈夫にはなったが、上書きされたかと言われたら違う気もする。

結局、上書きというなら、傷より大きくないとダメなんじゃないかなという気持ちがあった。


(だけど、これ以上ってなにをすることになるんだ)


そんなことは付き合わないとしちゃいけないことだ。

それに、じゃあどちらかと付き合ってと言われても、どちらを選べというんだ。

優しさというなら、どちらも選ばない方がまだマシだ。

時間が傷を癒すことが確定してるなら、小さな上書きをしつつ忘れていくのが良いのかもしれない。


「ちょっと接触が足りなかったですかね」

「じゃあこの前みたいにホテルで添い寝は?」

「ああ~あれ。いいかもしれないですね」


こちらの内心なんて知るはずもなく、二人は口々に話し出す。

添い寝くらいならいいけど、これ以上負担をかけてもいいのかなとも思う。


「そういえば、先週キングサイズのベッド買ったんですよ」

「用意周到すぎん?」

「前から大きいのが欲しかったんですよ」


先輩が笑いながら、自宅に招待してくれる。


本当に、甘えていいのだろうか。

どこまで受け入れて、どうすることが正しいのかも分からない。

答えが出ないまま、泊まることになった。




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