第七章「天満月国その弐」 壱
オリジナル冒険BL風味ファンタジー。
紫焔たちとは別行動となった紅蓮は、自ら望んで朔月との対面を果たすことになる。
以下、注意書きです。
・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です
・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません
・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです
・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります
・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです
当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。
どうぞよろしくお願いします。
※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止
*紅蓮視点
一.
紅蓮が紫焔たちと天満月へ密かに入国する日。
使われなくなった古い水路を進む途中で突如、あるはずのない排水に襲われた。そして、仲間たちは分断されてしまった。
紫焔たちとの合流を目指して移動していた紅蓮は、待ち構えていた兵士たちに囲まれる。
しかし、紅蓮はこれ幸いにと自ら申し出て天満朔月との面会を求めたのだった。
七年ぶりに戻った王城は、以前とはところどころ姿形を変えていた。
焼失した部分も多く、再建する他なかったようだ。案内された玉座の間に通ると、七年前までそこに座していた王とは別人が座っている。見間違えようもない。
彼こそが、かつての第二皇子・天満朔月だ。現在の天満月国国王である。
紅蓮を迎え入れた男は優雅な素振りで足を組み直し、こちらをまじまじと見つめた。
「長い旅路、ご苦労だったな」
朔月は生まれた瞬間から王家の者として期待され、成長と共にその立場に相応しいだけの教育を施されて生きてきた。
ほんの些細な所作や言動からでもその片鱗が見える。
紫焔とはまるで違うのだ。育ってきた環境も、受けてきた教育も何もかも。それらは、彼らが自ら選択して与えられてきたものではない。しかし、決定的な差ではあった。
王からの言葉に対し、無礼にも無言を返す紅蓮の態度に動揺したのは朔月ではなく周囲に控える兵士たちである。
紅蓮は周りの困惑を無視して無表情のままその場に立っていた。
無礼を受けた張本人の朔月は、不快さを顔の下に隠して平静を装う。
「帰国後早々だが、近いうちに犬狼の討伐へ出てもらう」
朔月の命令に今度は周囲が歓喜する。
その様子から、天満月がいかに犬狼から被害を受けているのかが分かった。そして、それを解決する目途がないことも。
紅蓮は天満月では名の知れた武人である。その帰還と参戦は、兵士たちにとっては朗報だった。
紅蓮にとってもここは唯一の母国だ。
そして、本来であれば紅蓮はこの国の軍人だった。国民を救うために奔走することに否はない。
紅蓮は無表情のまま軽く会釈し、玉座の間を後にした。
*
玉座の間を出ていく紅蓮の背を見届け、朔月が口角を持ち上げる。
その場に残った側近たちは、紅蓮が立ち去った後に険しい表情を浮かべた。
「陛下。信楽紅蓮は信用できるのでしょうか?」
「あの男はつい先日まで先王の隠し子に傾倒していた様子。飼うのは危険が伴うのでは?」
朔月は側近二人の賢明な意見に薄く笑みを返す。
それは、ぞっとするような冷やかさを伴っていた。
「当然、信用などしない。設楽紅蓮、あれは獣だ。先王でさえ飼い慣らしてはいなかった」
朔月の知る限り、紅蓮は誰にも忠誠を誓っていない。
そのような無礼をもってしても、あの男は大将にまで上りつめた。それは偏に、類稀なる実力が故だ。
放置するには危うい。そうであるならば、いっそのこと目の届く範囲に留めておく。
「やつを飼うということは、己が喉元に刃を突きつけられているが同じ」
「では何故」
「あやつの腕を利用しない手はない。せいぜい働いてもらおう。そしてそのまま犬狼の餌となってもらう。いかに優れた武人でも、隙などいくらでも存在するものだ」
朔月の言葉で側近たちが頷く。
兵士の中から選び抜いた彼らは、実に忠実な駒だ。
制御の利かない暴れ駒とはわけが違う。
所詮、隠し子に仕える者などたかが知れている。
先じて捕らえた二人も同じ。異国の小頭が良いだけの男と脱走した元諜報員もどきの女。
朔月は己の勝利を確信してほくそ笑んだ。
*
紅蓮は玉座の間を出てからすぐに軍の駐屯所へ向かった。
そこにはちらほらと見知った顔がある。なんとか生き残った元右軍の部下の顔もあった。数は極端に少ないが、命があったことに安堵する。
現在の軍の大半を占めているのは元左軍だ。
紅蓮の管轄外の者たちだったので顔と名前はほとんど一致しない。記憶は曖昧だった。
一切見覚えのない顔がいくつもあるのは紅蓮が去った後に加入した者たちだろう。彼らも不思議そうに見知らぬ紅蓮を見返している。
「長らく留守にした。元右軍大将・信楽紅蓮だ」
淡々と挨拶すると、兵士たちの間に波紋が広がっていく。名乗りをあげられたことで記憶を取り戻したのかもしれない。
「大将!」
「生きておられた!」
などと口々に呟く声。
あの伝説の? ──という言葉が聞こえた時にはさすがに紅蓮も眉を顰めた。
「あの」
恐る恐るといった様子で前に出て来た兵士の一人を見下ろす。
一見すると、男は随分と若く見えた。まだ成人して間もない年かもしれない。
「何だ」
「ここにいらっしゃるということは、信楽殿が国家転覆の首謀者の一人だって話は……嘘だったってこと、ですよね?」
「……そんな話になっているのか」
聞き捨てならない。
紅蓮は見た目にも分かるほど不機嫌な顔つきになる。しかし、目の前の若い兵士に怒りをぶつけても意味はない。自制心を総動員させて無表情を取り戻した。
紅蓮は溜息を吐いて短く否定する。
「誤解だろう。俺は軍の人間として指示されたことをしていたまでだ」
言い訳さえせずにありのままを話したことがかえって疑いを晴らす結果になったのか、兵士たちの間に充満していた猜疑心が消えていく。
「俺はずっと国の外にいた。現在の国内の事情には疎い。七年前から今日まで、何があったのか知りたい」
「あ、それなら新聞がありますよ」
奥から何やらごそごそと物音がし、暫くした後に兵士の一人が大量の新聞を抱えて戻って来た。
新聞の日付は疎らで年にも抜けがある。しかし、この国では大事な情報源の一つだ。
紅蓮は有難く新聞を受け取って、ひとまず自分が次の犬狼討伐に参加することになったことを伝えて駐屯所を立ち去った。
朔月から用意された個室に入り、新聞を広げる。なるべく遠い年月のものから順番にざっと記事を読みこんだ。
そこで報じられていたのは先王と第一皇子、右軍が結託して国家転覆を謀ったことである。そして、左軍がそれを止め、かつての第二皇子・朔月が賊の頭を討ち取った。
王と第一皇子は国家転覆のために結託した賊と仲違いし、賊に討たれたと衝撃的な事柄も報じられている。
紅蓮の知る事実とまるで逆だ。見事にひっくり返っていた。
「──書かせたな」
紅蓮は全ての新聞記事に目を通し、感情の籠らない声を落とす。
記事に書かれた内容はあまりに現実のものと酷似していた。しかし、立場が逆転した状態で報じられている。ここまで事細かに流れを追って書けるのは現場を知る者くらいだ。
おそらく、朔月か彼の部下による指示で記者はこれらの記事を書いた。国民の認識を誘導するために。
「俺は死んだことになっていたわけか」
自身の訃報を伝える記事に目を留めて息を吐く。
新聞を机に置き、紅蓮は天井を仰いだ。頭に浮ぶのは仲間の顔だった。
もし紅蓮と同じように水路で兵士たちに発見されていれば、紫焔や要、菜々子たちは牢にでも入れられているだろうか。
賊の生き残りを捕らえたとでも新聞で報じられる可能性もある。
一人思考を続けていた紅蓮が朔月からの伝令で「侵入者を捕らえている」と報告されたのは、その後すぐのことだった。




