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月華の紫石英  作者: あっとまあく
天満月国編
88/90

第六章「天満月国」 拾壱

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

第六章最終回。軍に捕らえられた紫焔は、ついに現国王と対面する。



以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


十一.


 夜が明け、紫焔(しえん)は再び兵士に連れられて移動した。そして、ついに玉座の間へと踏み入ることとなる。


 ──随分と久しぶりだ。


 紫焔は懐かしい景色に目を細める。

 玉座の間は紫焔の記憶とそれほど違わぬ形に再建されていた。

 国が崩壊した七年前のあの日。玉座には首のない王の遺体があった。

 今、新調されたその椅子に座る男は、新聞記事でしかほとんど見覚えのない相手だ。しかし彼こそが紫焔が会いたくてたまらなかった相手──天満朔月(あまみさくげつ)

 まさしく、その人である。


 玉座の間に朝日が差し込む。しかし、暖かさは感じない。

 どこかひんやりとした空気は、外気の寒さによるものだけではなかった。

 煌びやかな玉座に堂々座る男が、組んでいた足を直して立ち上がる。


 紫焔は玉座から距離をおいた場所で、しかし、玉座の対面にくる位置で跪かされていた。

 その紫焔の傍に近づいてきたこの国の支配者は、こちらが手を伸ばしても届かない距離で足を止める。


「まやかしであれば良かったものを」


 ぽつりと落とされた言葉は紫焔には理解できなかった。訝しんで顔を上げる。

 逆光になっていた男の表情が、近づいたことで明瞭に見えた。


「実在していたとはな」


 男が紫焔を見下ろす双眸には温度がない。

 紫焔は彼の聞き捨てならない言葉に眉を寄せた。


「実在? それは俺のことか?」

「他に誰がいると? かつて母から聞かされたものだ。父は女狐に唆されていたと。まさか子を孕んではいまいなと探らせたが……こうして、愚かにも我が前に姿を現すとは」


 父、と口にした瞬間、僅かばかり朔月の声に力が籠る。

 紫焔は相手の一挙手一投足を見逃さないように注視した。


「俺の存在が不確かなまま、それでも集落に火を放ったのか?」


 不躾な問いに動揺したのは周囲で控えている兵士たちだった。


「それではぬるかった。私の落ち度だ」

「ぬるい……」


 紫焔の頭の中に、七年前の光景が鮮明によみがえる。

 生々しいまでの熱気。立ち込める血の臭い。命の灯が消えていく音。


「国外へ逃がしてしまったのは失態だった。だが、同じ過ちは繰り返さない」


 男は踵を返し、玉座へと戻っていく。


「数日のうちに逆賊の罪でお前を処刑する。それまで牢屋で大人しくしていろ」

「逆賊? 身に覚えがない」


 紫焔は努めて冷静に応えた。怯えや恐れは今この場には必要ない。


「我が国は七年前、先王と第一皇子の共謀によって滅亡の危機に瀕した。その際に、先王の隠し子であるお前もまた市民側の攪乱者として国家の崩壊を招いた現況の一人。その忌まわしき髪と目の色こそ、まさにその証」


 朔月はまるでそれが事実かのように確信した口調で宣言する。周囲からの反論はない。

 真相は今語られたものとは剥離がある。少なくとも、紫焔はそう思っている。

 しかし、王という立場の人間によって今この場でまた事実が捻じ曲げられていく。


「俺は天満月(あまみつつき)を壊したいなんて思ったことはない。──けど、今は昔のことを振り返っている場合じゃない」


 この国の支配者が紫焔の言葉で立ち止まり、振り返る。


「何が言いたい?」

「俺は、今の話をしたくてここに来たんだ」


 先王や第一皇子が本当は当時どんな状況にあったのか。何をして、何をされたのか。自分たちがどんな罪を着せられているのか。この国が七年前にどんな末路を辿ったのか。気にならないと言えば嘘になる。

 誰かの願望や憶測ではなく、実際に起こった事実だけを知りたいと思う。しかし、それはきっと今この瞬間にすべきことではないはずだ。


「今の話? お前の罪状のことか?」

犬狼(けんろう)のことだ」


 紫焔は相手の言葉尻を待たずに返す。


「犬狼? それがお前と何のかかわりがあるというのだ」

「昨晩、王城の敷地内にまで犬狼が侵入していた。街には当たり前のように犬狼が徘徊してる。皆怪我をして、碌な治療を受けられずに疲弊してるんだ。何か対策は?」


 過程はどうであれ、目の前に立つ彼は絶対的地位に君臨するこの国の顔。国の責任を担う頂点だ。

 彼が動けば国が動く。それはつまり、彼にしか救えない命があるということ。


「軍に対応させている」

「軍の人たちは既に限界なんじゃないのか。武器の蓄えも底をつきそうだって聞いた」

「武器は作らせている。お前ごときに偉そうな口を利かれるまでもない」


 心外だとその目が語る。

 紫焔は怯まずに続けた。


「医者は? 人が足りてないって。市井の人たちは自分たちで手当てしあってる」

「それこそ一朝一夕でどうにかなるものか」

「だったらこれ以上被害者を増やさないために、まずは犬狼を倒さないと」

「倒す? あの獣を。簡単に言ってくれる。国外で長閑に暮らしていたお前には分からないのだろうが、あれは化け物だ。退けられて僥倖といったところ」


 犬狼の化け物じみた強さは並大抵の者では破れない。たとえ訓練を重ねた兵士であれども、倒すためには多くの犠牲を伴うことになるだろう。しかし、白花草(しろはなそう)がその問題を解決に導いてくれるかもしれない。


「犬狼は白花草から精製した毒に弱い」

「……何?」

「それを使えば、犠牲はもっと少なくできるはずだ」

「黙れ」


 ざわ、と周囲の気配が揺らいだのを感じた。毒のことは兵士たちには知られていなかったようだ。

 紫焔は前のめりになって言い募る。


「白花草は昔この国で自生していた。まだどこかに生えているかもしれない。白い花弁の花で──」

「口を開くな。良いかお前たち。この男の戯言に耳を貸すなよ」


 紫焔の言葉を、朔月は切って捨てた。


「戯言じゃない。俺は昨晩、その毒で犬狼の動きを止めた。兵士たちも見てる」

「偶然だろう。逆賊の言葉など聞くに値しない」

「天満月を犬狼の脅威から救うには絶対に白花草が必要になる。白花草を探してくれ」


 紫焔は必死に訴えた。しかし、相手は煩わしそうにするだけだ。これでは埒が明かない。


「なんなら目の前で毒の効果を見せてもいい」

「……くだらぬ」


 そんなことをできるわけがないだろうと朔月は冷酷な表情を浮かべて紫焔を見下ろした。


「俺の仲間はどこにいる? 捕まってるんだろう? 俺はもう手持ちの毒を使い切って持ってないけど、残りは仲間が持ってる。それを使えば」


 はは、と朔月が嘲笑した。

 紫焔は突然、雰囲気が変化した相手に戸惑って口を噤む。男は紫焔を見下ろし、顔を歪めてみせた。


「哀れなやつだ」

「……どういう」


 意味だと紫焔が問いかける前に、朔月は颯爽と玉座に座り直した。


「何故お前がのこのことこの国に侵入できたと思う? 何故、使われていなかった水路で排水が行われたと思う? お前の仲間を全員捕獲できた理由は?」


 畳みかけられて心臓が嫌な音をたてる。

 それは、紫焔があえて見ようとしなかった疑念だ。


「お前は見張られていたのだ。陽輪ノ国(ひわのくに)を出てからずっと。あえて私が手を出させなかっただけのこと」

「……何のために」

「最初こそお前をこの世の片隅で始末させようと思っていたが、途中で気が変わった。観衆の前で処刑台に上らせた方がずっと愉快だと気づいてな。道中で息絶えればそれもまた良し。意地汚く生きて我が国の地を踏むのであれば処刑台へ。私は寛容だ」


 そのためにわざと紫焔を放置したというのか。

 沈黙を返すと、相手は愉快そうに笑みを深めた。


「結果としてお前は私の前で跪いている。それならば民の前で処刑する。大々的にな。先王の残した遺恨はこの世から消し去らなければ」


 朔月は先王に執着している。

 僅かな時間ですら、紫焔には彼の執着が伝わってきた。それほどの感情が朔月から先王に向けられている。


「ここで先の問いを繰り返そう。侵入してきたお前たちを都合良く捕らえられたのは何故か。答えは目の前に転がっているぞ。無い頭を巡らせてみよ。お前をこの国まで導いたのは誰だ? 分かるか?」

「俺は、自分の意思でここに」

「本当にそうか? 母国へ戻ろうと勧めた者は誰もいなかったと?」


 ──天満月国へ戻り、一矢報いる。


 記憶がよみがえる。

 紫焔はぐらりと頭が揺れたように錯覚した。眩暈がする。急にすべての音が反響したかのように響いて聞こえた。耳が痛い。


「入れ」


 朔月の短い命令で、扉が開いた。

 玉座の間に入って来た男は澱みなく足を進めて朔月の傍に控える。彼は軍服に身を包んでいた。その着慣れた所作に紫焔は状況も忘れて一瞬、見惚れた。


「紅蓮」


 零れ落ちた呼びかけに応える声はない。

 玉座で足を組んだ朔月は隣に立つ紅蓮に視線をやってから満足そうに紫焔を見下ろした。


「信楽紅蓮は私の配下に下った。信頼していた従者に裏切られていた気分はどうだ?」


 ぐらぐらと視界が揺れる。

 紫焔はぐちゃぐちゃに乱された心を懸命に落ち着かせて、ようやく顔を上げて視界に「王」と「従者」をおさめた。

 朔月にとっては従者でも、紫焔にとっては違う。

 

「従者じゃない。紅蓮は……」

「そうか。では最後の時を牢獄で楽しむと良い。連れて行け」


 たいして力の籠らない反論の声はあっさり叩き落された。

 国王の命令で兵士たちに引き起こされた紫焔は、そのまま玉座の間から追い出される。

 扉が閉まる直前に見えた紅蓮は一切こちらを気にする様子がなかった。




 二人の兵士に連れられて牢屋へと身柄を移動させられる。昨夜入れられていた牢獄とは別の場所だ。

 紫焔が昨夜囚われていたのは門と反対側にある軍の駐屯所の中に設けられていた牢屋だった。ここは地下だ。王城の中に存在する監獄だった。


 地下の牢屋は三つ存在しており、紫焔は中央の牢屋に放り投げられた。

 出入口に最も近い牢屋には住人がいないようだ。反対側の最も遠い牢屋は鉄格子の扉が閉ざされていた。既に誰かが囚われているらしい。

 紫焔は牢屋に入る前に木製の手枷を嵌められた。そして、背中を押されて牢屋に入ると鉄格子の扉はすぐに閉ざされ、外から鍵をかけられる。兵士たちは無言のまま地下牢を去っていった。


 牢屋の中は大人三人がぎりぎり寝転べる程度の広さである。

 鉄格子の対面に位置する壁の上部には長方形の小さな窓がついていた。そこにも当然のように鉄格子がはめ込まれている。腕一本通すのも難しそうな大きさの窓だが、念には念を入れよということだろう。


 地下牢の最奥の牢には誰か他に住人がいるはずだ。

 紫焔は何度か声をかけてみたが、向こうからの返答は一切なかった。

 交流を諦めてその場に座り込む。外気が流れ込む牢屋の床は恐ろしいほどに冷たい。


「紅蓮……」


 真っ先に思い出すのは朔月の傍に立つ紅蓮の姿だった。

 紫焔は顔を上げ、無機質な天井を見つめる。


「無事だった」


 水に押し流されて離れ離れになってから、初めての再会だ。

 再会の仕方は絶望的だった。裏切りだなんだとこちらを煽る朔月の言葉は的確に紫焔の心臓を刺したが、改めて先程の光景を思い返した紫焔が気になったのは紅蓮の姿である。


 紅蓮は見たところ五体満足で負傷している様子もなかった。あの放流に巻き込まれても無事だったのだ。強い安堵感が一気に押し寄せて、視界が涙で滲みそうになって紫焔は慌てて頭を振る。

 紅蓮との間にあると思い込んでいた強い繋がりが、今やぷつりと途切れて行き場を失った絆の糸が宙を彷徨っている気がした。

 

 要と菜々子の安否への不安が紫焔の精神をさらに揺るがす。どうにかして二人の無事を確認しなければ。

 紫焔は見張り番でも来ないかと牢屋の外につ繋がる階段を只管に眺める。

 

 頑丈なはずの地下牢の冷たい地面が、がらがらと音を立てて崩れてしまいそうだった。




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