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月華の紫石英  作者: あっとまあく
天満月国編
86/90

第六章「天満月国」 玖

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

母国の現状を思い知った紫焔は、いよいよ王城へと向かう決意を固める。そして、犬狼が徘徊する街中を進み始めた。



以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止



九.


 ──第二皇子(あまみさくげつ)に会わなければならない。


 紫焔(しえん)は寄合所の人々を見つめて、再び決意を固めた。

 紫焔はまだ第二皇子が何を考え、どんなことをしようとしているのか知らない。一度きちんと本人の口から話を聞いてみたい。

 何故、軍の指揮が現状のようなことになっているのか。犬狼(けんろう)への対策はどうなっているのか。国民の安全は。兵士たちの処遇は。

 ──それを聞いてどうする。

 紫焔は幾度も己に問いかけた。しかし、兎にも角にもまずは直接会って話がしたいという結論に至る。

 細かいことを脇に置いて一足飛びに目標に向かおうとするのは紫焔の悪い癖だ。

 できることから一つ一つ、こつこつと積み上げていくことを学ばなければならない。

 頭では理解していても心が追いつかない。こんな時、いつもなら紅蓮が待ったをかけてくれる。しかし、彼はいま隣にいない。

 

「怖いな」


 ふと、紫焔は自身の置かれた状況を客観視して身を震わせた。頼りになる味方が傍にいないことが恐ろしい。

 紫焔は深呼吸してから顔を上げた。

 それでも立ち止まるという選択ができるほど、紫焔は冷静ではなく、穏やかでもなかった。

 目の前には恐怖に怯えながら必死に生きている民がいる。

 じっとていることなど到底できるはずもない。そこには高尚な理由などなかった。紫焔が望むのは、唯只管に”皆が安心して暮らせる日々”だ。たとえそれが綺麗事だと笑われたとしても。

 平和な日常を取り戻すためにまず必要なのは白花草(しろはなそう)に違いない。

 犬狼への有用性は既に確認できた。国に安寧をもたらすためにも、白花草は欠かせない。


 王城にはおそらく紅蓮や要たちが捕まっている。彼らを助けるためにも、紫焔は必ずそこに行かなければならなかった。

 監視の目をかいくぐり、隙をついて王城へ侵入を果たす。それは紫焔が乗り越えなければならない第一の壁だ。

 第二の壁はいかにして仲間の居場所を突き止め、救出するか。最後の壁は言わずもがな、第二皇子との対面である。

 紫焔は王城侵入の決行日をすでに決めていた。それは、国が普段以上に犬狼の襲撃に備え、警備の目が犬狼へと集中する満月の夜。──即ち明日の夜こそがまさに絶好の機会だ。


 前日の夜のうちには行動を始めなければならない。

 ここから王城までは距離があった。


朝陽(あさひ)


 紫焔は朝陽のもとに行き、静かに声をかける。

 兵士たちを寄合所に避難させた後、犬狼の襲撃は一旦止んでいた。

 市井の人々は身を寄せ合って眠っている。中には恐怖心からか、何度も目を覚まして外の気配に耳をそばだてている者もいた。

 朝陽は腰を下ろして壁に背中を預け、腕を組んで俯いていた。


「どうした?」


 てっきり眠っているものとばかり思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

 朝陽は紫焔の呼びかけに間を置かず顔を上げた。

 犬狼の鳴き声は遠くで響いている。気を静めようにも静められないのだ。


「俺、ここを出て行く」

「……何だって? ごめん、よく聞こえなかったかも」


 紫焔はもう一度はっきり口にした。


「今晩、ここを出て行く」


 朝陽が瞬く。ありえないとその顔が語る。しかし、紫焔はもう決意した。後は行動に移すだけだ。


「朝陽には本当に世話になった。ありがとう」

「おいおい、ちょっと待ってってば」


 がっしりと腕を掴まれ、紫焔は朝陽から離れようとしていた足を止める。


「今晩? って今からかよ? 明日は満月の夜だぞ。それに今日だって夜は始まったばかりだ。またいつ犬狼が襲ってくるかも分からないんだぞ」

「そこのところは実はちょっとした作戦がある。大丈夫だ」

「作戦って……そもそも紫焔、あんた行くとこあんの?」


 朝陽が探るように見上げて来た。

 紫焔はその視線に応えて首を横に振る。


「いや、行くところはないよ。俺が暮らしていた場所は、もうないから」


 焦土と化した集落が頭を過る。もう二度と、あの場所は戻らない。


「ならどこに行くんだよ?」

「……知らない方が」

「いまさら。俺は廃棄された水路にはまってたあんたを助けた時点で無関係じゃなくなったんだ。隠し立ては嫌だね」


 朝陽は紫焔が本当のことを話すまで放さないと言わんばかりに手に力を込めてくる。

 紫焔は暫し沈黙し、しかし、譲る気のない強い視線に負けて口を開いた。


「王城へ」

「……何でまた」

「あそこに仲間が捕まってると思うんだ。助けに行く」


 事実の半分を伝え、紫焔は掴まれていた腕を取り戻す。


「仲間、か」

「放ってはおけない。俺が皆を巻き込んだんだ。絶対に助けたい」

「……どうしても行くんだな?」

「ああ。行くよ」


 誤魔化さずに即答すると、朝陽が盛大な溜息を吐いた。


「分かった。扉は俺がちゃんと締めといてやる」

「ありがとう」


 早速、寄合所の出口に向かうと朝陽も紫焔を追って来た。見送ってくれるらしい。

 扉を開け、紫焔は周囲を確認してから外に出た。


「それじゃあ、元気で」


 振り返って別れを告げる。

 朝陽は困ったような顔で苦笑していた。


「俺が店を再開させたら本当に絶対、食べに来てくれよ?」

「……必ず」


 しんみり別れるのは嫌だと朝陽の態度で伝わってくる。

 紫焔は大袈裟なほど真面目な顔を作ってこくりと頷いた。

 朝陽がはは、と噴き出す。その笑顔には暗いところがない。名実一体だ。


「またな、朝陽」


 紫焔は大きく手を振って寄合所から離れた。

 朝陽が手を振り返しながら扉を閉めていく。がちん、とそこが完全に閉まるまで見届けてから紫焔は歩き出す。

 向かう先は、兵士を助けた時に倒した犬狼の遺体がある場所だ。

 それなりに時間は経過しているが、犬狼の巨体は変わらずそこにあった。傍にはいくつか大きな足跡がある。これは別の犬狼だろう。しかし、その足跡は犬狼の死体を避けるような位置に残っていた。


「作戦、上手くいくかもな」


 犬狼は仲間の死体を喰わない。少なくとも、この現場からはそう読み取れる。

 紫焔の作戦は実に単純だ。敵陣に味方のふりをして入り込む。物語の世界でもたまに見かける方法である。

 紫焔は短刀を手に、犬狼の毛皮の一部を剥ぎ取った。





 五感の優れた獣にとって、匂いは敵を識別するための大切な要素だ。

 犬狼も例に漏れない。だからこそ、自分たちにとって毒となる白花草には近づこうともしないのだ。


 紫焔は犬狼の皮を被って街中を歩いた。当然、大した処理もしていない毛皮である。

 獣の匂いは人間の鼻にとっては悪臭に近く、心地よいものではない。しかし、そんなことで躊躇している場合ではなかった。

 王城へ向かって進んで行くと、比較的中心街でも関係なく犬狼が徘徊しているのが見える。

 周辺に人の気配はない。皆、建物の中に潜んでいるのだろう。


 夜道を照らす月は今は姿を消し、周囲は暗闇に満ちている。人間にとっては不利な状況だ。

 そんな中、紫焔は犬狼に気取られないように細心の注意を払いながら足を動かした。

 今のところは毛皮の匂いで犬狼の嗅覚を誤魔化せている。今夜のうちに王城まで少しでも近づいておきたい。


 道中、僅かな休息を挟みながら紫焔はひたすら進んだ。

 夜が明け朝日が昇り、次第に建物の中で息を潜めていた人々の気配が動き出す。

 紫焔は今度は人の目を避けながら移動することになった。


 そして、いよいよ城下町に到着した。

 もうすぐ日が暮れる。住民は満月の夜を警戒し、早々に屋内へ避難している。

 家々の扉は固く閉ざされ、道はがらんとしていた。


 黙々と進むうちに周囲が暗くなっていく。とうとう満月の夜が迫っていた。

 不意に、頬い冷たい何かが当たる。

 紫焔ははっとして空を仰いだ。暗い空に目を凝らすと、再びぽつと皮膚に何かが当たる感触があった。

 それは瞬く間に勢いを増し、毛皮諸共濡らしていく。想定外の大雨だった。


「最悪だ……」


 紫焔は呟いて毛皮をしっかりと握り直し、足早にその場を去る。雨で匂いが流されてしまう。急がなければ。

 頭上で月の気配を感じられるようになる頃、ついに王城の門が見えてきた。


 目的地はすぐ目の前だ。

 紫焔はもはや駆け込むような勢いで王城へ向かう。長距離を徒歩で移動し続け、両の足は限界を迎えていた。

 大きく開け放たれた門の前には人が立っていない。


「おかしい」

 

 紫焔は呟いた。

 満月の夜だというのにこれでは無警戒がすぎる。あまりにも無防備だ。

 そこまで人手が足りていないのか。あるいは、何か事件もしくは事故が発生して門番が出向いているのか。


 紫焔は犬狼の皮を捨てて門の前まで進み、壁に背を当てて中の様子を窺った。その場が静まり返っていたのは、その瞬間までだった。

 足元から大きな震えが伝わってくる。はっとしたのも束の間、王城の敷地内から人の叫び声が聞こえてきた。続く大きな揺れ。

 これは巨体が地面を跳躍する振動だ。壁が崩れるような音も鳴り響いている。


「襲撃」


 犬狼が王城の門の内側にまで侵入したのだ。

 紫焔はすぐさま内部へと駆け出した。



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