第六章「天満月国」 捌
オリジナル冒険BL風味ファンタジー。
逃げ遅れた兵士を助けるため、紫焔は単独で寄合所の外に出る。犬狼と対峙した紫焔は秘策を試し──。
以下、注意書きです。
・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です
・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません
・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです
・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります
・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです
当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。
どうぞよろしくお願いします。
※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止
八.
寄合所の前の道に出て、紫焔は中央で足を止めた。
対面の位置に蹲る人影が見える。そして、その人影に襲い掛かろうとする犬狼の巨体もはっきりと見えた。
紫焔は懐から短刀と小瓶を取り出し、小瓶の中身の液体を刃にまんべんなくかけて濡らす。
準備は整った。小瓶の中身は空っぽになり、紫焔はそれを捨てて駆け出す。
今にも喰われそうな男が軍服に身を包んでいるのが分かった。彼が取り残された一人で間違いない。
紫焔は足元に落ちていた外壁の欠片を拾って犬狼の近くに放り投げた。それが地面とぶつかった瞬間、犬狼がその音を聞きつけて反応を示す。
一瞬だけ生まれた隙。紫焔は迷わず兵士の傍に滑り込んだ。
すぐに尻餅をついている男を抱えるようにしてその場から逃げようとする。しかし、兵士は足に深い裂傷を負っていた。
紫焔の動きに合わせて兵士が立ち上がることはできない。もたついたのは数秒程度だ。しかし、犬狼の逸れた意識は五秒後にはこちらへと舞い戻る。
紫焔は咄嗟に兵士を背後に庇い、短刀を構えた。
「む、無理だ。そんな短刀じゃ……」
弱気な声が背後から聞こえてくる。
紫焔は振り返らずに犬狼に注意を向け続けた。意識だけを背後に向け、兵士の声を拾う。
「武器は持ってるか?」
「剣が……」
「貸して!」
叫ぶように催促した途端、兵士が慌てたように自らの剣を紫焔の手に寄越した。
紫焔は刀剣を左手、短刀を右手にそれぞれ持つ。大口を開けた獣の口内に切っ先を向ける。
紫焔は刀剣を盾に犬狼へと突っ込んだ。それがつっかえ棒の役割を果たし、犬狼の口が閉ざされるのを妨げた。
しかし、それも一瞬の間だけだ。すぐに強靭な顎の力で刀剣がみしみしと音を立て始める。ぴんと刃に筋が入った。まもなく折れる。
そう判断した紫焔は、すぐさま二撃目を加えるために動いた。獣の喉仏付近を狙って短刀を突き立てる。
白城の里で手に入れた強靭で美しい短刀は、犬狼の固い皮膚を破って身を裂いた。相手に傷をつけたことを確認できた後、すぐに紫焔は深追いせず後退する。
「とどめを!」
兵士が震える声で追い打ちを請う。
紫焔は動かなかった。
「おい、君! 何してる! 今のうちに」
獣が唸りを上げる。一歩、二歩と紫焔たちに近づいてきた。しかし、三歩目で犬狼は突如筋肉を強張らせた。そして、その巨体を横倒しにして意識を失う。
獣が地に伏した。その反動で周囲にぶわりと土埃が舞う。
兵士が予想外の事態に呆気にとられている。
紫焔は深い息を吐いた。緊張の糸が途切れる。無事に生き延びられた安堵からその場に腰を下ろした。
どうやら作戦は上手くいったらしい。
「……な、何が起きた?」
呆然とした声。それもそのはずだ。あの頑丈な犬狼がたった一撃で傷をつけられ、倒れたのだから。
紫焔は立ち上がって兵士のもとに移動した。
彼は足に酷い怪我をしているが、命に別状はない様子だった。彼の腕をとり、紫焔は肩を貸して寄合所の門へと案内する。
「何をしたんだ、君」
「毒です」
「毒?」
「はい。刃に毒を塗って、それで攻撃した。ちゃんと効果があって良かった」
この毒は、白城の里を出立する際に受け取った品の一つだ。
護身用のために紫焔も紅蓮から小分けにして貰い、僅かながら所持していた。今回はそのおかげで命拾いしたのである。そして、その毒を活かすことができたのは職人による強度の高い短刀のおかげでもある。
つくづく、紫焔はあの集落の人々に助けられた。そして、白花草から抽出して精製した毒が犬狼に有効だと改めて分かった。これは成果だ。
これがあれば、天満月国の人々も、そして周辺諸国で犬狼の被害に苦しむ人々もまとめて救うことができるかもしれない。
紫焔は門を潜って封鎖されている扉を叩いた。
犬狼との対峙はあっという間の出来事であったが、感じる疲労は大きかった。
紫焔はもう一度、力の抜けた手で扉を叩く。
「犬狼はもういない。開けてくれ」
白花草から抽出される成分で精製した毒は役に立つ。
問題があるとすれば、どうやって大量の毒を精製するのかという点だ。
里の長が紫焔たちに分けてくれた毒は僅かばかりだ。それも集落の人々が長年精製してきたものである。一輪の白花草からとれる量は極僅かだという。
天満月の国内に自生していた白花草は、七年前に焼き払われた。
恐らく炎上のための火種として利用されたのだ。それ以降、あの花畑がどうなったのかは紫焔には与り知らぬことだった。すぐにでも確かめなければならない。
寄合所の扉がゆっくりと開いていく。
最初に顔を覗かせたのは朝陽だった。
「犬狼のやつ、逃げたのか?」
「いや。彼が倒した」
紫焔に支えられていた兵士が即答する。
朝陽が瞠目して扉を全開放した。
「倒した!?」
「ああ。なんとかなった。勝算はあるって言ってただろ?」
「言ってたけどよ……すごいな」
はぁ、と興奮から熱い息を吐いた朝陽は瞳をきらきらと輝かせている。ようやく光明が差したのだ。
紫焔はこくりと頷いて朝陽の希望を受け止めた。
「君は命の恩人だ」
寄合所の中へ移動し、生き別れになっていた兵士たちが再会を果たす。
できる限りの応急処置を済ませた後、兵士が改まった様子で紫焔に頭を下げた。
「どうして二人だけでここにいたんだ? 軍は基本的に集団で行動してるんじゃ?」
紫焔の問いに、兵士たちが顔を見合わせる。
「そうだ。今回は四人一組の隊を三つ編成して狩りに出ていた。だが、生き残ったのは我々二人だけ」
重々しく語られた実情に紫焔は驚いて沈黙する。
四人一組の隊を三つ。全部で十二人はいることになる。そのうちの二人だけが生き残り、命からがら戻って来た。
「どうして、そんなことに……」
「予想していたよりも多くの犬狼に囲まれた。そんな状況なのに我々に与えられた武器はさっき君が使った刀剣と同じものを何振りかのみだった」
「え?」
「素手で現場に送り込まれた者もいる」
そんな、と兵士たちの言葉に耳を傾けていた人々が動揺を露わにする。紫焔も唖然とした。
犬狼はただでさえ厄介な相手である。普通の刀剣では歯が立たない。そんな恐ろしい獣を相手に、素手で応戦するなど大木を爪楊枝でつついているようなものだ。
「武器がないのか?」
「……あまりない。以前は優れた武器が大量にあった。だが、度重なる戦闘で消費し尽くしてしまった」
「新王は貴重となった武器を下々の兵には与えない」
兵士の一人が俯いて拳を作り、体を震わせる。
「俺たち下っ端は捨て駒だ。とにかく人員を投入してなんとかしようとしてる。でも、そんなやり方でなんとかなるはずがない」
犬狼の脅威を前に、手をこまねいている。それだけではない。
まるで進んで自滅しようとするかのような消耗戦だ。それを今の軍は行っている。
「この国は終わりだ……」
誰かがぽつりと零した。周囲に絶望が広がっていく。
紫焔は思わず寄合所内を見回した。
皆が希望を失い、生きる気力さえも失いつつある。その様子を見て、紫焔は残された時間はもはや僅かしかないと悟った。
生きようと前を向くためには力がいる。
そのためには希望が必要だ。終わりではない、まだ先があると思える何かが必要なのだ。
それは時には家族であったり、身近な小さな幸せであったりするだろう。では、今の国民に必要な希望の光は何なのか。
──お前の見た目には価値がある。
「紅蓮」
紫焔は誰に届けることもない小さな声で呟いた。
かつて紅蓮が言っていた言葉を思い出す。彼が言いたかったことを、今になってやっと理解できたような気がした。




