第六章「天満月国」 陸
オリジナル冒険BL風味ファンタジー。
寄合所で怪我人の治療を終えた紫焔は、朝陽に軍の現状について尋ねるが……。
以下、注意書きです。
・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です
・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません
・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです
・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります
・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです
当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。
どうぞよろしくお願いします。
※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止
六.
天満月の夜空を眺めながら、紫焔は朝陽に問いかける。
「軍は今、誰が統括してるんだろう」
「新王様だろ」
「軍の両翼を引き継いだ人材はいないのか?」
「あー、たぶんいたと思う。でも全然有名じゃないんだよな。名前も覚えてないし。目覚ましい活躍をしてねぇんだよ。残念だけど」
朝陽はうんうん唸りながら現在の大将の名前を思い出そうとする。しかし、待てど暮らせど出てこない。
彼にとっては印象に残らない人物だったらしい。
「記事になってたから探せば見つかるかもしれないけど」
「新聞記事?」
「そうだよ」
「国がこんな状態でもまだちゃんと新聞があるんだな」
完全にすべての機関が麻痺しているわけではない。国がどうあろうと、人々の暮らしは続いていく。
その事実は紫焔の心を僅かに持ち上げた。
「明日になったら探してやるよ。たぶんどっかに残ってると思う」
「随分昔の記事なんじゃないのか? 大事に保管してるんだな」
感心して言うと、朝陽が人差し指をたててちっちと舌を鳴らした。
「新聞ってのはちょ~便利なんだぞ? 防寒にも使えるし火を燃やす時も使える」
読むために保管しているのではなく、使うために保管しているらしい。捨ててしまうよりもずっと有意義な使い道だ。
「毎日忙しいだろ。明日じゃなくても、時間があったらで良いよ」
「つーか明日じゃなきゃ無理」
「え?」
「二日後には十五夜。満月が来る」
「あぁ……」
紫焔は再び夜空を見上げて溜息を吐いた。
空の上では十三夜の月が輝いている。あと二日経てば欠けたところのない丸い月が夜空に浮かぶ。
周期的な月の満ち欠けに過ぎないが、この国では満月はめでたいものであるという認識があった。
「満月の夜は犬狼の動きが活発になるんだよ」
「犬狼が? 何で……」
「理由は知らないな。ただ毎度毎度、満月の夜はたくさんの人が襲われて寄合所は今よりも人でごった返す。そうなる前になるべく準備だけはしとかないとならない」
「手伝う」
すぐさま願い出ると、朝陽は苦笑を浮かべた。
紫焔が手を貸すと言い出すだろうと最初から予測していたようだ。
「人手は多いにこしたことはない。助かる!」
「布とか、治療に必要なものを集めておけば良いのか?」
「それだけじゃない。犬狼の襲撃に備えて、戸や窓を塞いでおくんだ」
「ここまで犬狼が来るのか!?」
「そういうこと」
絶句する。まさに噂通り、犬狼は国内を徘徊しているのだ。
あの強健な獣が街中を歩けば被害は甚大だろう。紅蓮でさえ手を焼く相手なのだ。
「軍は今どこに駐屯してるんだろう? 朝陽、知ってるか?」
紫焔は連れて行かれた要と菜々子を思い浮かべながら質問した。
連行された二人の身が心配だ。それに、彼らを解放できればきっと朝陽たちの力になってくれる。それでなくても一刻も早く彼らを助けたい。
もしかしたらそこに紅蓮も捕まっているかもしれない。
「駐屯地? 王城だろ?」
「王城……」
第二皇子のお膝元だ。侵入は容易ではないだろう。
しかし、時を待てば待つほど二人の身の安全は脅かされる。すぐにでも助けに行きたい。
紫焔は月を睨むような心地でじっと空を仰ぐ。そして、不意に妙案を思いつく。
そんな紫焔に不穏なものを感じたのか、朝陽が気遣わし気に声をかけた。
「なんかよからぬ顔してるな」
「……え?」
「仕方ない」
はぁと大袈裟な溜息を吐き、彼はぐっと上体を伸ばしてから外へ踏み出した。
紫焔はその背に慌ててついて行く。
「今から新聞記事探すか」
「いやっ、さすがにそれは悪い……」
「いーんだよ。そんなじっとりした顔されちゃ空気が悪くなるだろ」
くいっと寄合所を示される。
ここにいるのは皆、怪我をして辛い思いをしている人ばかりだ。辛気臭い空気を持ち込むのはやめろと彼は言いたのだろう。
紫焔は反省して笑顔を返した。
「ごめん。落ち込むのはもうやめにする」
うじうじと悩んでいたって事態は好転しない。ぱんと両頬を自ら叩いて顔を上げる。
「おっ、その調子だ。よーし、家に行くぞ」
「ありがとう」
紫焔は一歩前に出た。
ざり、と踏みしめた大地には今はもう炎の痕跡がない。
七年前の焦土の記憶は近いようで少し遠くなってきているのかもしれない。それでも、かつての炎上を思い出させるように国内の草木は極端なまでに少なかった。
もう二度と、この地を戦火にはしたくない。
二日後、満月の夜に多くの犬狼が暴れ回ると朝陽は言った。
その混乱の最中ならばあるいは、警備の目も逸らせるのではないか。
紫焔は一人考え、密やかに決意を固める。
*
寄合所からほど近い場所に建つ朝陽の家は、飯屋の跡継ぎと言っていた通り一階が店舗の構えになっていた。しかし、長年使われていない様子の店内はすっかり生気を失くしている。
紫焔たちは一階の店舗内に入った。
客用の席と店員用の空間を区切る帳場の内側へ移動する。その奥に所々破れた暖簾がかかっていた。その暖簾を潜り先に進むと階段が現れる。
朝陽がその階段を軽快にのぼっていった。
どうやら二階は完全に住居として利用しているらしい。一本の廊下に各部屋が接するつくりになっていた。
「ここだ」
扉を開けた朝陽が先に室内に入っていく。紫焔もすぐに後に続いた。
室内は壁一面の棚で圧迫されていた。
そこには店を営業するために必要な備品類や、在庫が保管されている。その中に、大量の新聞が束になって置かれているのが見えた。
「使ってない新聞はこんだけ。この中に残ってればいいんだけどな」
朝陽が新聞を束ねていた紐を解く。彼は黙々と記事を確認し始めた。
紫焔も彼に倣い、床に座り込んで新聞を読み始めた。
「あーだめだ。ないかもしれない」
記事を探し始めて幾分か時間が経過した頃。朝陽が弱音を吐いた。
どうやら近しい年月日の新聞がごっそり無くなっているようだ。何かしら必要になって使ってしまったのだろう。
「まぁ、仕方ないよ。そんなに気にしてくれなくて大丈夫だ」
元々、見つかれば良いという淡い期待から始まった捜索である。残念ではあるが、紫焔には文句を言う気など一切なかった。
そんな時、不意に手にした新聞によからぬ文言を見つけた。
紫焔はその記事を食い入るように見つめる。
「どうした?」
「朝陽、さっき右軍は賊を討伐しに行ってほとんど壊滅したって言ってたよな?」
「言ったけど……あ、あ~それか」
「あれは嘘か?」
紫焔は手にしていた新聞を持ち上げ、朝陽に見えるように角度を変えた。
そこには、右軍が賊と結託して国に反旗を翻したと報じられている。そして、反逆の罪で第二皇子率いる左軍に討たれたとその記事は締めくくられていた。
しんと室内が静まり返った。
朝陽は悪事が発見されたような顔で意気消沈している。
「右軍が、王を討った?」
「違う! いや、違うって俺は思いたいってだけ……だな。新聞ではそう言われてる。賊を討伐に行ったのは本当だ。でもそれは、信楽大将と一部の右軍が仕組んだことで、そこで自分たちに従わない右軍の仲間を皆殺しにしたらしいってのが公表された内容だ」
「そんな馬鹿な話……」
紫焔は思わず零した。
「そうだよな!? 俺もそう思う。でも実際、あの強かった右軍がほとんど壊滅しちまった。そんなことが出来る人間なんて、信楽大将くらいだ。大将がそんなことするわけない。俺は信じてる。でもその記事を鵜吞みにしてる人は多いよ」
新聞を掴む手に力が入る。ぐしゃりと歪んだ紙には皺がついてしまった。
「左軍の鐘ヶ江大将は、信楽大将を止めるために戦って重体になったって言われてる。それで命を落としたと」
「滅茶苦茶だ……」
「だろう? けど、それが国が言うところの真実らしい」
紅蓮や右軍は国王弑逆の汚名を着せられたということになる。
第二皇子はそうまでして英雄となり、玉座を我が物としたかったのか。
紫焔は動揺のあまり顔を伏せた。
──悔しい。
紅蓮や水木がどんな思いで右軍として戦い抜いたか。
彼ら右軍の命に唾を吐かれたような心地になる。
第二皇子・天満朔月は一体、どのような人物なのか。
紫焔はより一層、彼に会わなければならないと心に誓った。




