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月華の紫石英  作者: あっとまあく
天満月国編
82/85

第六章「天満月国」 伍

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

天満月内の寄合所に案内された紫焔は、母国の現状に打ちひしがれた。しかし、そんな状況でも明るさを失わない朝陽に救われる。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


五.


 寄合所での怪我人の手当ては一向に改善の兆しを見せない。

 次々と人が運ばれてくる上、治療した者もすぐに良くなるわけではないからだ。どうしても病床の数が必要になる。

 今や軽傷の者が手当てする側に回っているほどの状況だった。


 紫焔(しえん)(かなめ)に教わった医術を頭の中で何度も思い出しながら手当てにあたっていた。それでも当然、できることは限られる。

 紫焔は要と違って本物の医者ではない。できないことの方がずっと多い。

 歯がゆさに堪らない気持ちになる。紫焔は己の無力を痛感しながらもできるだけ治療を続けた。


 汚れた布はあくまでも患部には使わないように努め、残り少ない清潔な布をなんとか配分していく。

 人手も物資も、何もかもが足りない。


「おーし皆! 飯だ飯!」


 朝陽(あさひ)が寸胴の鍋を運んできた。

 その鍋を寄合所の長机にどんと置いて宣言する。途端に、緊迫していた空気が僅かに和らいだ。


「これ朝陽が作ったのか?」

「おー、そうだよ。俺、元々は飯屋の跡継ぎだったからな。親父に仕込まれてっから腕に自信ありだ!」


 ほら一口、と差し出された匙を反射的に口に含む。

 口の中でジャガイモがほろほろとくだけた。同時に優しい味付けの汁が流れ込む。甘いのは玉ねぎだろうか。


「美味しい」

「だろ?」


 朝陽は他の者と協力して食事を配膳し、皆の空腹を満たした。


 日が暮れて来る頃になってようやく駆け込んでくる怪我人の波が途絶える。

 紫焔はほっと息を吐いて門の壁に背を預けた。そして、ぶるりと身を震わせる。少し落ち着いたことで体が急に寒気を思い出したようだ。

 そういえば水路で濡れて以降、碌に体も拭いていなかった。


「ほら」


 背中に暖かい毛布がかけられた。隣に来たのは朝陽である。


「ありがとう」

「だから着替えろって言ったのに」

「ごめん。夢中で」

「子供じゃねーんだから。もっと落ち着いて行動した方がいいぞ」


 からっと笑う朝陽の暴言に紫焔はうっと口を曲げた。身に覚えのありすぎる指摘だ。


「よく言われる」


 不満気に返しておく。そんな紫焔の意地を朝陽が陽気に笑い飛ばした。


「でも助かった。手伝ってくれてありがとな」

「──いや」


 紫焔は寄合所の静まり返った玄関口で外を眺める。

 日が落ちて、夜の時間が訪れていた。


「俺は自分にできることをやっただけだから」


 要がいれば、きっともっとできることがあっただろう。菜々子がいれば、犬狼(けんろう)や軍の情報を手に入れて何か具体的な対策をたてられたかもしれない。

 紅蓮がいれば──。


「とは言っても、俺にできることなんて全然ないんだけど」


 自分の無力が恨めしい。そう思うのはこれで何度目だろう。何度思っても、無力は覆せないままだ。

 紫焔は俯いて拳を握った。


「悲観的になってるとこなんだけど、その”紫焔にできること”をやってくれたおかげで助かった人もいるんだからな?」


 朝陽の口調は穏やかで、紫焔を追い詰めるつもりも咎めるつもりもないことが窺える。

 優しさを宿す双眸に紫焔の姿が映った。


「それをそんなうじうじされちゃ、あんたに助けられて感謝してる人たちも素直に喜べないぞ」


 自分にはない考え方を示され、紫焔は一瞬呆気にとられる。


「喜べない、か」

「喜べないさ」


 朝陽は紫焔の動揺を笑ったりせず、淡々とした調子で当たり前のことだと言わんばかりに話した。

 彼の言葉は隅から隅まで眩しい。まるでその名を写しとっているかのようだ。

 紫焔は朝陽の言葉を素直に受け止めて静かに頷いた。


 夜空に浮かんだ欠けた月が輝き始める。十三夜だ。

 いよいよ闇がこの国を支配していく。

 暫く無言のまま夜空を見上げていた二人だったが、「ところで」と朝陽が唐突に口を開いて静寂を破った。


「紫焔は結局、どこの人なわけ?」

「ぇっ!?」


 思わぬ角度で放り込まれた直球な質問に紫焔は素っ頓狂な声を出す。


「な、何だよ急に」

「だって変だろ。ここに住んでるにしては犬狼のこととか寄合所の状況とか知らないみたいだし」


 朝陽は可笑しそうに笑いながらも追及の手を止めない。


「そもそも出会いが格子越し。水路の中からこんにちはってなぁ」

「あー、ははは」


 不可解すぎる遭遇だ。反論したくともできず、紫焔は渇いた笑いを零した。


「別にどうこうしようってことじゃなくさ。誰なんだろうなって単純な疑問だよ」


 咎める意図はないのだと、朝陽の声が語る。

 紫焔は一瞬の逡巡の後、覚悟を決めて口を開いた。


「……昔、この国で暮らしてたんだ。何年も外国で暮らしてたけど、最近良くない噂を聞いて戻って来た」

「犬狼が徘徊してるって?」


 紫焔は頷いて返す。

 苦虫を嚙み潰したような表情になった朝陽が、溜息を吐いた。


「噂は本当何だな」

「先代の王が崩御して、国内は大混乱になった。あちこちが炎上して大変だったし、たくさん死人も出た。そのうえあの犬狼の出現だ。もう滅茶苦茶だよ」


 朝陽は現在二十四歳。

 国が傾いた時は十七歳前後である。感受性豊かなその年代に経験してしまった惨状が、いかに彼の心を蝕んだか想像に難くない。


「あれから七年も経っても、未だに国はこんな状況だ」


 ご覧の通り、と彼は嘆く。


「それでも当初はよくやってた方だと思うよ。先代の王が討たれてこの国は終わりだって時に第二皇子が賊を退治してくれたんだからな」

「第二皇子が」

「そこまでは外に伝わってないか? 今では新王陛下様だ」


 混乱の最中、救世主の如く現れて状況を一変させた第二皇子。

 国民からすればまさに彼こそが英雄そのものだろう。


「犬狼の討伐に軍が動いてるって、朝陽言ってたよな? それなのにずっと事態は変わらないままなのは犬狼が強すぎて手がつけられないからなのか?」

「それもあるけど、正直なとこ軍が頼りないってのが一番まずいんじゃないかって皆言ってるよ」

「頼りない? 何で?」


 朝陽の顔が紫焔に向く。溜息混じりに笑う彼の表情にはどこかもの悲しさが浮かんでいた。


「七年前、右軍がほとんど壊滅したんだよ。……賊を討伐に出て、それっきり。それ以来、この国の軍は力を失っちまった。昔はかっこよかったんだぞ? 左軍の鐘ヶ江(かねがえ)大将、右軍の信楽(しがらき)大将。王の両翼って呼ばれててさ。この二人がいた頃は軍も強かった」


 紫焔の鼓動が人知れず跳ねる。信楽大将とは、紅蓮のことだ。


「その二人は、今は?」

「……先の戦いで、どちらも戦死したそうだ」


 天満月(あまみつつき)国では、紅蓮は既にこの世にいないと周知されているらしい。

 第二皇子からすれば右軍の大将まで務めた紅蓮は厄介の種そのものだろう。しかし、朝陽の様子から見ても紅蓮は過去から現在に至るまで、大なり小なり国民の支持を得ていたことが窺える。

 国から追い出した後、第二皇子がいち早く国民に対してその訃報を伝えておくのも頷けた。


 左軍の鐘ヶ江については事情が分からない。

 彼は状況からみると第二皇子側の人間だった。それが何故、戦死になっているのか。

 何らかの不測の出来事か。あるいは偽の情報。いずれにしても今の紫焔には判断できない。

 どうやら朝陽も当時の鐘ヶ江の状況について詳しくは知らないらしい。


「けど今ではすっかり軍も弱っちまった。犬狼は脅威だし……どうすりゃいいんだかな」

「八方塞がりか」

「だな」


 はぁ、と朝陽が夜空に向けて白い息を吐く。紫焔は黙って彼の横顔を見つめた。


「なんでこうなったんだろうなって今でも思うよ」

「え?」

「寝こけてたらいいかげん起きろって母親に叩き起こされて、起きたら起きたで父親に料理を叩き込まれてしごかれて。馴染みの客からは発破をかけられて。明日もそんな一日になるんだろうなーとか思ってさ。二十歳になる頃には店任せてもらえてるかなーとか漠然と生意気なこと考えてたんだよなぁ」


 でも、と朝陽が言葉を区切った。


「そんな未来は来なかったんだけどな」


 天満月国は崩壊し、王は討たれ、国は炎に包まれた。国土の一部は焦土と化し大混乱に陥る。


「ご両親は……」

「七年前にな」


 もう二度と、朝陽の両親が彼に小言を言ったり、説教をする日は来ない。


「紫焔は? 親は生きてるか?」

「……いや」

「七年前に?」

「最初からいないんだ。だから俺には朝陽の気持ちは分からないかもしれない」


 先王・天満満月(あまみまんげつ)が実の父であったとしても、やはり朝陽が抱いたはずの喪失感とは比較できない。下手に弔意を表すことも同情を向けることもできず、紫焔は眉根を下げた。

 しかし、紫焔の居た堪れない表情を見た朝陽はあっけらかんと笑う。


「どんな体験してたって、他人の気持ちなんか誰にも分かりっこないさ」


 未だ混乱を極める国内。進むはずだった未来の道が消えてもなお、彼は笑顔を忘れていない。

 その強さが眩しいほど煌めいて見える。

 紫焔は思わず目を細めた。


 およそ七年ぶりに見上げる母国の夜空は、周囲の景色とは異なり昔と変わらず輝いている。

 残酷なまでに。



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