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月華の紫石英  作者: あっとまあく
白城の里編
76/77

第五章「麗月に咲く」 拾伍

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

里を出立する時が迫り、紫焔は覚悟を決めて長のもとへと向かう。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


十五.


 ついに刀が完成した。

 その一報は早朝、紫焔(しえん)たちのもとに届いた。


「受け取って来る」


 短く言って、紅蓮は足早に寝所を出た。分かり辛いが、ようやく刀が手に入ると分かって喜んでいるのかもしれない。

 三人は紅蓮を見送り、それぞれ残りの時間を有意義に過ごすことにする。

 紫焔は早速外に出ることにした。


 最近は毎日のように刀鍛冶職人たちに話を聞いている。それが日課となってしまった。

 紫焔は里の中をぶらぶらしながらすっかり顔馴染みとなった里の人々と挨拶を交わし合う。

 仕事への情熱や苦労、生活の変化や厳しさ。この里で様々なことを見聞きした。何度か試しにやってみろと勧められて刀を打たせてもらったこともある。当然と言えば当然だが、上手くはいかなかった。しかし、貴重な経験だ。

 

「充実してるなぁ……」


 充実させている場合ではないというのに。思わず溜息が零れた。

 歩きながら足元に視線を落とすと、ほとんど雪は無くなり地面の土が顔を出しているのが見える。随分と歩きやすくなった。

 それでも気温はまだまだ低い。ここのところは降雪もないが、またすぐに降り出すだろう。

 その前にこの里を出てなるべく移動しておきたいところだ。


 しかし、その前に紫焔にはまだこの里でやるべきことがある。それは、(おさ)と話し合うことだ。

 力を貸してくれると言う彼女に、紫焔はまだ正式な返答を伝えていなかった。


 長の家の前まで来ると、中から激しく言い争う声が聞こえてきた。声からして、争っているのは長と栗田だ。

 立ち聞きするのもなんだと引き返そうとしたところで、紫焔は二人の話題の中心が自分であることに気づく。言い合いの中で頻繁に自分のことが出てきていた。


宝器(ほうき)は間違いなく彼です」

「そんなもん誰にだって当て嵌めようとすれば当て嵌められますよ」

「いいえ彼です。疑いの余地はない」

「仮にあいつが言い伝えの宝器だったとしてもですよ。長。俺たちはしがない刀鍛冶と何の力もない普通の人間だ。もしあいつが天満月(あまみつつき)に戦を仕掛けるから力を貸せと言ってきたらどうすんですか」

「当然、力を貸します」

「馬鹿げてる」


 二人の言い争いは次第に過熱していく。


「善悪も不明などこの誰とも知れないあの男のために、里の人間の命を賭けるんですか。それが長のやることか」

「彼は悪人ではない。ここの子供を命がけで助けてくれました」

「それは分かってますよ。俺だって別にあいつを悪人扱いしたいわけじゃない。でも善人だからって俺らにとっても善人かは分からんねーって話ですよ。あいつの進む道が俺らの望むとおりかも分からない。そんなんに命賭けさせられるのはご勘弁願いたいです」

「彼は天満月国の新たな王となるお方です」

「本人がそう言ったんですか? 王になりてぇって」

「それは……」

「俺にはあいつもそんなことを望んでるように見えませんでしたけどね」

「言葉が過ぎる」

「失礼。俺が言いたいのは、負け戦に協力して家族や友達(ダチ)や弟子たちを失いたくはないってことです」


 扉を叩いて紫焔は中に入った。


「あの、すみません」


 中にいた長と栗田の視線が一斉にこちらに集中する。勝手に話を聞いてしまった手前、申し訳なさから会釈しながら進み出た。


「俺の話だったので……」

「ちょうどいい。こいつに直接聞きましょうや」

「無礼な物言いはやめなさい」


 長が栗田を諌める。しかし、栗田は悪びれずに言い返した。


「初っ端にこいつら連行して無礼な態度とりまくってんだから今更でしょ」

「それは……」


 痛い所をつかれた様子で長が絶句している。そんな彼女を置いて、栗田が紫焔の前にやって来た。


「お前は俺らをどうするつもりだ?」


 じっと見下ろしてくる栗田には好意はないが敵意もない。こちらを見定めようとする雰囲気だ。


「俺は天満月国に行く。犬狼(けんろう)が本当に暴れてるなら倒して、皆を助けたい。そのためには力がいる。だから力を貸してくれるという申し出はすごく助かる」

「だから協力しろって?」

「……これからのことを思えば、きっと協力してほしいって言うのが──正しいんだと思う。でも、ここの人たちに天満月の人を助けるために命を賭けてくれなんて……やっぱり俺には言えない」


 ぱち、と栗田が瞬きをした。


「せっかく力を貸してくれるって言ってくれたのに、すみません」


 紫焔は勢いよく頭を下げた。

 宝器として期待されていたのに、長たちの出鼻をくじくような真似をしている。肩透かしもいいところだろう。しかし、何度考えてもこの道しか選べない。


「……なんだよ、じゃあさっきの言い合い全部いらなかったな」


 栗田が呆れて溜息を吐く。


「どうしてもお気持ちは変わりませんか?」

「変わりません」

「そうですか」


 長の視線が足元に落ちる。すっかり気落ちさせてしまったのだろう。


「でも」


 協力を断っておいて図々しい願いになると分かっていながら、それでも紫焔は顔を上げて言葉にした。


「この先必ず、この里の刀工たちが手掛けたものが必要になってくると思います」

「はは、図々しいやつ」


 栗田が小馬鹿にして笑う。そんな彼を長が一睨みで黙らせる。


「……ではせめて武器の提供だけでもお手伝いいたします」


 長は恭しく頭を下げた。

 天満月のために手を貸すことなど、彼女も里の人々も本心では望んではいないはずだ。それでも長は協力を申し出てくれている。

 言い伝えには人の選択を変えるほどの力があるのだろうか。

 紫焔はまだその力を理解できていないが、今回は言い伝えに助けられた。


「ありがとう。本当に」


 長と栗田に深々と頭を下げる。

 紫焔はゆっくり顔を上げて、二人の顔を交互に見てから再び口を開いた。


「武器だけではなく包丁のように日常的に使うものも……それをいつか正式にお金を払って買いたい。ゆくゆくは天満月の市場に出してほしい。そう思います」

「それは……」

「うちとの交易を再開するつもりか?」


 呆然とした長と憤慨する栗田を前に、大きく頷いた。


「ありえんだろうそれは。無理だ無理。そうでしょう、長」

「──返答に、困ります」


 手酷い裏切りを受けた彼らからすれば、どの面下げて言っているのだと思われても仕方ない。ましてや紫焔は今のところ何の権限もなく、こんなものはただの机上の空論でしかない。

 できるかどうか。それはこの先いくらでも悩み、検討を繰り返して答えに導いていけばいい。まずはやるかやらないかだ。


「すぐにとは思ってません。時間がかかることは分かってるつもりです」


 起こった事実は変えられない。蟠りを解消するには長い時間がかかるだろう。

 紫焔はもう一度頭を下げた。


「長い間寝床を貸していただきありがとうございました。ここに来れたおかげで俺も仲間も優れた武器を手に入れることができました」

「いよいよ旅立たれるのですね…」

「はい。紅蓮の刀が完成したと連絡があったので」


 紅蓮は刀を持ってもうじき戻って来る。

 長はこちらに言いたいことは山ほどあるだろうに、何もかもを呑み込んで笑みを浮かべた。


「もし今後、我等の力が必要となることがあればいつでも声をかけてください」


 始まりこそ険悪な空気の中だったが、互いに歩み寄れば手を取り合うことができる場合もある。

 紫焔は長と握手を交わして別れを告げた。


「ありがとうございます」


 鍛冶職人たちが丹精込めて作り上げたものを携えて、紫焔たちはこの里を出る。

 そしてようやく、天満月へと向かうのだ。



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