第五章「麗月に咲く」 拾肆
オリジナル冒険BL風味ファンタジー。
白城の里に滞在を続ける紫焔たち。要は厄介な獣への対抗手段として白花草を役立てられないかとある意見を出す。
以下、注意書きです。
・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です
・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません
・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです
・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります
・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです
当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。
どうぞよろしくお願いします。
※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止
十四.
白城の里へ来てから数日が経過した。
備前という腕利きの刀鍛冶の手によって紅蓮の刀は順調に仕上がってきている。
紫焔は刻一刻と迫る選択の時に頭を悩ませていた。
時間はあまり残されていない。紅蓮曰く、刀はもう間もなく完成する。
いよいよだ。紫焔は人知れず緊張していた。
そんな折、里の散策から戻った要が大真面目な顔で言った。
「白花草で犬狼を遠ざけられるんなら、それを持ち運んだら楽に移動できるじゃん」
灯台下暗しか。
要の提案に紫焔は驚いて、すぐに賛同した。
「この案どうよ?」
要は長を呼びつけて自身の考えを示したが、長は渋い顔を返すだけだ。
里の者たちも同じ考えに至ったことがあるようだった。
「短い距離であればおそらくは。しかし、試した者は皆途中で犬狼に襲われ命を落とすか、大怪我をして逃げ帰って来ました」
「つまり途中までは上手くいってたってことか」
「言い方を変えれば、そうとも言えるでしょうね」
ふーんと呟いたきり、要は何やら思案している。
紫焔は紅蓮や菜々子と顔を見合わせて首を傾げた。
要の言葉通り、白花草で身の安全を守りながら移動できれば人里離れた場所に住む者たちを救えるかもしれない。
紫焔も白花草の力に期待する気持ちは拭えなかった。
「短時間しか持たない理由はなんだろう。土壌の問題か?」
紫焔は自身が幼少期に過ごした集落の白花草を思い浮かべる。集落の白花草もこの里のそれも季節に関係なく狂い咲いていた。
白花草は気候の変化などにも負けない強い花に思える。
「分かりませんが、持ち運んだ時点で急速にその効力は失われていくようです」
「たとえば花粉を香水みたいに纏うって作戦はどうだ?」
要がぱちん、と指を鳴らす。しかし、これにも長は沈痛な面持ちである。
「同じです。すぐに効力は切れる」
長曰く、自生している場所から遠くへ移動させようとすれば見る見るうちに枯れてしまうらしい。
「じゃあ左軍の人たちはどうやってあそこに植えたんだろう。俺の集落の傍の白花草の花畑には、どこからか持って来られた別の白花草が植えられて増やされたのに。それは枯れてなかった」
過去の記憶を手繰り寄せながら話す。
「そうなのですか」
「あの、今から白花草を見に行っても良いですか?」
遠くで頭を悩ませているより、実物を見た方が何か閃くことがあるかもしれない。
こちらからの依頼に長は快く頷いた。
「構いません。ですが、もうじき夜になりますよ」
「大丈夫。今日は雲一つないから月明かりもあるし、白花草が犬狼からも守ってくれます」
紫焔は心配をかけないようにあえて断言する。長は少々気後れしながらも受け入れてくれた。
提灯と護身用の為の刀まで持たせてもらい、紫焔たちは白花草の場所に向かう。
長の言葉通り、既に日は傾いている。じきに夜が来るだろう。しかし、紫焔が予想していたように夜空は遮るものがない快晴で星々の瞬きがよく見える。
提灯の明かりも手伝って、移動は難しくなかった。
この数日間、あれだけ激しかった降雪は鳴りを潜めている。
足元に降り積もっていた雪も徐々に溶け始めていた。
「三日月だな」
夜空を仰いだ要が白い息を吐く。空にぽっかりと浮かぶ月は大部分が欠けて見えた。鎌のような形にも見える。
門の前まで到着したところで見張り台の者が開門してくれた。
久しぶりに里の外へ出る。足を踏み出すと、除雪作業が行われていた内部とは異なり、まだ積雪は多い。それでもここに来た当初より大部分が溶けている。
ざく、と雪を踏む音が聞こえた。
一行の中から珍しく真っ先に一歩前に出た菜々子が、白花草の方角を向いて棒立ちしている。
「綺麗」
無自覚に零された言葉だった。
紫焔も彼女につられて前に進み、白花草を視界に収めた。
月明かりが白花草を照らしている。立地的な問題なのか、まるで光がそこに集約されているかのようだった。
積雪にも負けず咲き誇る白花草の傍に膝をつき、指先でその花弁をそっと撫でる。顔を寄せて香りを嗅いだ。
「たぶん同じ……かな」
天満月国の集落で火種として使っていた白花草と同じ香りがする。
紫焔の隣で膝をついた紅蓮は花ではなく雪を掘り返して地面に触れた。土を摘まみ上げて指と指で擦り合わせている。
「旦那って菜園関係にも詳しいのか?」
「いや全く」
「全くかよ。玄人みたいな顔しやがって紛らわしい。そんで素人さんが土いじって何か分かったか?」
「いや全く」
淡々とした返答には紅蓮の無表情がしっかりついている。
常に真剣な面持ちに見えるせいで、何かしらの気づきを得ているのではと要が勘違いするのも頷けた。
「……旦那、もしかしてなんだけど俺のことからかってんの?」
「いいや。全くそんなつもりはない」
まるで小芝居のように紅蓮と要が会話を繰り広げている。
我関せずを貫いていた紫焔は、要に腕を掴まれて強引に巻き込まれた。
「紫焔! 旦那のこれって冗談? 本気? 分かんねぇんだけど」
「たぶん紅蓮は本気で分かってないし要のことはからかってると思う」
腕をぐいぐい引っ張られて仕方なく答える。なんじゃそりゃと要が顔を歪めた。
紅蓮は案外負けず嫌いだ。要に素人さん呼ばわりされた意趣返しのつもりなのだろう。ちょっとした意地悪だ。
本来ならいい大人が子供じみたことをと小言を言うところなのかもしれない。しかし、それを可愛いものだと思ってしまうあたり、紫焔は随分と彼には甘いのだろう。
つまりは惚れた弱みというやつだ。厄介この上ない。
「ここの土が天満月国の土と似てるかどうかは俺も分からないなぁ。菜々子はどう思う?」
紅蓮と同じように土に触れてみるが、さっぱりだ。
紫焔は菜々子にも確認してもらうことにした。しかし、彼女もやはり首を振っている。
「分かりませんね」
三人で溜息を吐く。要が遠巻きに呆れたような顔をしていた。結局は空振りだ。
不意に、地面に置いていた提灯を紅蓮が掴んでこちらに押しつけてきた。反射的にそれを受け取った紫焔は紅蓮を見上げる。
彼は紫焔ではなく白花草の先を見ていた。紅蓮の目には何かが見えているようだ。
「犬狼か?」
「断定はできんが……何かいるのは間違いない」
月明かりが僅かに陰り始めた。
新しくできた一筋の雲が月にかかったようだ。白花草に影が落ちる。
「そろそろ帰るか」
「そうだな」
要の提案に頷く。
一行は門へと引き返した。
「紅蓮、行こう」
闇を睨みつけたまま動かない背中に声をかける。紫焔の呼びかけで紅蓮がようやく踵を返した。
──白花草の向こうで、影がゆらりと動く。しかし、それを見た者は誰もいない。