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月華の紫石英  作者: あっとまあく
白城の里編
73/77

第五章 「麗月に咲く」拾弐

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

犬狼との戦闘に向け、紅蓮は新たな刀を求めて刀鍛冶のもとへ向かう。道中、見知らぬ老爺に声をかけられ──。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止

※紅蓮視点


十二.


 (おさ)の家を出た一行は、それぞれ別れて行動することになった。


 紅蓮は新たな武器を手に入れるために長から紹介された刀鍛冶のもとへ向かう。

 要は薬草本を読むと言って別の方向へ行った。菜々子は里の者から紫焔(しえん)を守るために待機してもらっている。彼らに敵意はないが、あの熱狂ぶりを見ると妙な絡まれ方をしないとも限らない。


 紅蓮は足を進めながら里を見渡す。

 多くは仕事に精を出しており、通りを歩く紅蓮には目もくれない。すでに長との謁見を済ませているからかもしれない。

 紹介された刀鍛冶のもとへ向かう前に、目についた武器屋を覗いて回った。その道中、何故か薬草本を読みに行ったはずの要と遭遇する。


「反対側に行ったと思ったが」

「いや薬草が売ってるって聞いたから実物を見に、な」


 要が手にしている植物を見下ろしたが、紅蓮にはそれが何の薬草なのか分からない。


「次は薬屋がいるってとこに行ってくるわ」


 あっちな、と指差す。紅蓮は頷いて要と別れた。

 しかし、本来の目的地に足を向ける前に呼び止められる。横を見ると、見知らぬ老爺が腰を下ろして煙管をくわえていた。男は煙をくゆらせ、顔は動かさずに視線だけで紅蓮を見上げている。

 呼び止められる理由が思い浮かばず、紅蓮は内心首を傾げた。


「そこいく旦那、ちょいと待った」

「何だ」

「あんた黒染めの大将・紅蓮だね?」

「……そうかもな」


 肯定にも否定にも転じられるような曖昧な返答を口にし、紅蓮は老爺を見下ろす。

 殺気はない。敵意も感じ取れない。それどころか、この老爺は存在自体が妙に気迫だった。その違和感に紅蓮は眉を寄せる。


「こいつを受け取ってる。あんたへだ」


 にやりと笑った老爺が懐から折りたたんだ白い紙を取り、こちらに差し出した。一瞬だけ逡巡した紅蓮は、しかし、手を伸ばして老爺の指から紙を受け取る。


「誰からだ」

「中を見れば分かると言ってたよ。俺もそれを預かっただけで何も知らん。引き止めて悪かったね」

「……いや」


 老爺は立ち上がり、あっさりと身を翻して家屋の中へ引っ込んでいった。

 紅蓮は彼の背を見送り、視界からその姿が消えてから再び歩き出す。家屋と家屋の影に隠れる場所まで移動してから手渡された紙を開いた。

 そこに書かれた内容に視線を落とし、紅蓮は唇を引き結ぶ。まるで世界が彼だけを置いて進んでいるかのように、紅蓮は暫くの間、その場を動かなかった。






 紹介された刀鍛冶の家は長の住まいとは違い、簡素でどこか侘しさを感じさせる佇まいだ。

 紅蓮は暖簾を潜って中の者に声をかける。すると、奥から一人の女が現れた。


「長からの紹介で刀を作ってもらうために来た」


 短く事情を説明し、折れた刀剣を見せる。すると女が瞠目して紅蓮の手から折れた刀剣を奪い取った。彼女はまじまじとその刀を見つめ、はぁと感嘆の息を吐く。そして、すぐに眦を険しくさせた。


「この名刀をここまで粉々に折ってしまうなんて! どのような使い方をされたのです?」

犬狼(けんろう)を倒した時に折れた」 

「倒……この刀で?」


 数十秒前まで怒りに満ちていた目が、途端に困惑に変わる。


「そうだが、さすがにあの硬い皮膚には耐えきれなかった」

「それは当然でしょう。無謀すぎます」

「その無謀が、無謀ではなくなる刀が欲しい」


 はぐらかすことなく訴えると、女が虚を突かれたように瞬く。そして、堰を切ったように笑い出した。


「良いでしょう。見たところこの刀は十年は昔に打たれたもの。この十年で刀鍛冶の腕はさらに上がってますよ」


 女は胸を張って片手を差し出してくる。交渉成立ということだろう。紅蓮も片手を差し出し、互いに手を取り合った。


 女は備前と名乗り、紅蓮に自身の腕前を見せるためにこれまで打った刀を見せた。

 そのどれもが優れた刀で、紅蓮が扱っていたものと同等の代物に見える。見事な技術であることは明白だった。しかし、紅蓮は歯に衣着せぬ物言いで刀を返す。


「これ以上の物が欲しい」


 備前の眉がぴくりと跳ねた。


「……少々、癇に障る方ですね。あなた」

「失礼した。だが、今後も犬狼と戦うことになる。あの皮膚に負けない武器が必要だ」

「戦うことになる? また犬狼と戦おうとするなんて、おかしな人だ」


 失笑する備前に紅蓮も失笑を返す。


(あるじ)がおかしいんでな」


 紫焔が聞けば怒るか。紅蓮は彼の不満そうな顔を思い出して目を細めた。


「主……ここにもお触れが回ってきましたよ。なんでも言い伝えの宝器が来てくださったとか」


 備前の言葉遣いは丁寧ではあるが、その口調は随分と投げやりに聞こえる。


「言い伝えを信じていないのか?」

「さぁ。私にとって大切なのは触れられるかどうかも分からないまやかしの宝器より、この腕で打つ現実の刀ですから」


 備前は静かに応えて鍛冶場へと入って行く。


「まやかしは私も里の人間も助けてはくれない。けれど刀は違います」

「それはそうだろうな」


 紅蓮の言葉が予想外だったのか、備前が驚いたように振り返った。


「だが、俺の主は言い伝えの宝器と違ってまやかしでも絵空事でもない。この世に存在する一人の人間だ」


 淡々と返すが、普段よりも饒舌になった。頭を悩ませる厄介事があるせいだろう。


「あなたも偶像崇拝は嫌いですか?」


 この里の者たちはどこか天満月(あまみつつき)の国民と似ている。耳に胼胝ができるほどに言い伝えを聞かされて育ち、次第にそれが当たり前になった者たち。

 しかし、備前はどうやら彼らとは考えを共にしていないらしい。こちらの鬱屈とした心情など知るはずもない彼女は、仲間を得たような気持ちでいるのか。


「いや……」


 紅蓮も紫焔の見た目を言い伝えに当て嵌めている人間の一人だ。

 本人がどう言おうと、あの見た目には人を動かす力がある。それだけの価値がある。当然、中身が空っぽではそれは仮初の価値にしかならないが、紫焔は違う。

 彼は馬鹿馬鹿しいほどの綺麗事を口にする。まるで現実を知らない箱入り育ちかのように。人が人とも思えぬ扱いを受けることも、悪意で貶められることも、醜く争い命を奪い奪われることも知っていながら。


 紫焔は目の前にある一つの命も、その先にある何百何千もの命も等しく守りたいと本気で思っている。理不尽に奪われてほしくないと足掻く。しかし、それを実現するには綺麗事云々の前にまず現実問題として紫焔には足りないものがある。

 それは力だ。

 本人の剣術の話ではない。彼のもとに集う力の少なさを紅蓮は今更ながら危惧していた。


「だが、持ち上げるだけ持ち上げて都合が悪くなったら切り捨てる対象には……なってほしくはないな」


 紫焔に味方は少ない。

 そもそも彼の存在を知っている者が少ない。天満月の国民であれば、彼の姿を見せるだけで大なり小なり効果があるかもしれない。しかし、どこまでの数を味方につけられるかは不明だ。


 天満月に近づいている今、味方は一人でも多いにこしたことはない。

 この里の人間が言い伝えを紫焔に当て嵌めて味方についてくれるならそれも良い。しかし、紫焔を単なる駒にされては困るのだ。

 現状、紫焔は身の振り方を試されている。彼が里の者たちと武器を取ることを選ぶのか、あるいはその期待を裏切る道を選ぶのか。紅蓮は一体、紫焔にどちらの選択をしてほしいと願っているのか。

 彼がもしこちらの望む選択とは別の選択をした場合──。


 おそらく紅蓮は、考えを改めなければならない。


「ならばその方を英雄として立たせるのはやめるべきです」


 備前がきっぱりと言い放つ。


「先頭に立てば否が応でもすべての責任を負うことになる。それが嫌ならどこかに閉じ込めてひっそりと生きる道を選ぶべきでしょう。宝器と見紛われるあなたの主は、おそらくそうでもしないと観衆の目を引くでしょうから」


 紫焔のことなど少しも興味がない様子で、彼女はそんなことを言って身を翻した。


「これからあなたの刀を作ります。最低でも十日程は時間をいただきますのでそのつもりで」

「よろしく頼む」


 紅蓮は会釈して応える。備前はにこりともせずに部屋の奥に引っ込んでいった。

 つまり少なくとも十日はこの里の世話になるということだ。十日というのは短いようでいて長い。紅蓮は息を吐いた。




 里の中心部へと引き返す道中、紅蓮はぐるぐると思考を巡らせていた。


 紫焔をどこかに閉じ込めてひっそりと生きる道。

 それはある意味、紫焔のこれまでの生き方そのものだろう。この七年の間、彼は身を潜めて生きてきた。だからこそ、かろうじて追手の目に留まることなく生き延びられたのだ。

 しかし、その道を選択すればかつての仲間である水木との約束は果たせない。国を崩壊させた者たちに一矢報いること。そのためには王家の血を引く正統な後継者である紫焔を神輿にしなければならない。


利己主義(エゴ)か」


 日常を破壊され、仲間を失った。その復讐を果たしたい。

 紅蓮は自分がそれを願っているのだろうかと自問する。では紫焔はどうなのか。他者の心を正確に推し量ることはできないが、それでも紅蓮にははっきりと分かることがあった。


 紫焔はそんなことを口にしたことはない。


 ただその一点だ。

 彼が望んだのは第二皇子・天満朔月(あまみさくげつ)との対話。そして、天満月を徘徊していると噂の獣の排除だ。


 段々と己の望みが分からなくなる。

 何がしたくて、何を求めて生きているのか。紅蓮は里の中央付近まで戻り、その途中でぴたりと動きを止めた。

 里の中央には小さな広場がある。そこに人だかりができていた。


 紅蓮は上背のある方で、人だかりの外からでもその中心にいる人物の姿が見えた。皆に囲まれていたのは銀色の髪だ。紫焔しかいない。その近くに黒髪も見える。こちらは菜々子だろう。

 何の騒ぎかと更に様子を窺うと、どうやら紫焔の前には腕自慢の鍛冶職人たちが集っているようだった。紫焔は彼らに何やら質問している。鍛冶職人たちはその質問を受けて楽しそうに何かを答えた。その度に周囲が感嘆の声や笑い声を上げる。

 鍛冶職人の話を熱心に聞き入る紫焔の双眸は無邪気なまでに輝いていた。


「吞み込みが早いねぇ」

「私もそれ知らなかった」

「栗田さん、いくら気に入ったからってその方を弟子にしちゃだめよ」


 そんな言葉が飛び交う。広場が笑いに包まれた。

 人々の笑顔の中心で、紫焔が幸福を包み込むように笑う。紅蓮は瞬きを忘れてその光景に魅入られた。


 望むものが、たしかにそこにあった。


 不意に紫焔がこちらに気づいて手を振ってくる。人々の中心にいた彼が気を逸らしたことで、自然とその場は解散となった。

 鍛冶職人たちに礼を言って紅蓮のもとに駆けよって来た紫焔は、興奮したように僅かに頬を赤らめて目を輝かせている。


「紅蓮! 刀匠ってすごいんだ。刀って奥が深くて」

「分かった分かった。落ち着け」


 紫焔は基本的に学ぶことを厭わない。知らないことを知る喜びを存分に味わう性質(たち)だ。楽しそうにどんどん吸収する姿は話す者からしても嬉しいことだろう。


「紅蓮の刀、こんなすごい人たちのところで作ってもらえるんだな」


 まだ見ぬ新たな刀を思って、紫焔が目を細めた。

 彼のこういう表情をこれまでも何度か目にしたことがある。かつて天満月国で紫焔と過ごした時のことだ。

 紫焔は事あるごとに集落の奥に自生している大樹に登っていた。そこから集落の人々の営みを眺めるのが好きなのだと彼は言う。

 人々が日々を暮らす姿を見て、ご馳走でも食べたように幸せそうに笑った。どうやら彼は陽輪ノ国(ひわのくに)の娼館でも同じようなことをしていたらしい。

 どこにいても誰といても、紫焔の幸せはいつもそこにある。

 そんな彼だから、担ぎたいと願うのだ。


「紅蓮?」

「どうした?」


 こちらを見上げる紫紺の瞳は言い伝え通りの美しさで、揺れる銀の髪は月の光のように優しい。それらは紅蓮からすれば他に代えられない価値あるものだ。

 では、例えばそれらが全て紫焔に無かったとしたら、自分はどうしただろう。


「何かあったのか?」

「……いや」

「本当に?」

「何もない」

「どっか怪我したとかじゃないだろうな」

「お前でもあるまいし」


 ふん、とわざとらしく鼻で笑うと目の前の顔が歪む。


「どういう意味だよ」

「言葉のままだ」


 天満月国では王城から見下ろすと街の様子がよく見える。

 紅蓮には、そこに立って幸福を嚙み締める紫焔の横顔を容易に思い描くことができた。


 まるですでに見てきた光景のごとく、頭の中にその姿が浮かぶ。

 満天の星の下、街を見つめる紫焔。彼の紫紺の瞳に国民が灯す家の明かりがいくつも映っている。

 白銀の髪が夜風に揺れ、満月の下に紋様が浮き上がる。


 紫焔は人々の賑やかな声を聴いて幸せそうに微笑む。幸福が、そこにあった。


 瞬きとともに美しい光景は消え去る。

 それは淡い幻想だ。今はまだ。

 そんな未来への道筋を紅蓮たちはまさに踏み出しているところなのだ。


 紅蓮の望みは決まった。後はどのように進むかだ。



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