第五章 「麗月に咲く」拾壱
オリジナル冒険BL風味ファンタジー。
白城の里にも独自の言い伝えがあった。紫焔を宝器として担ぎ上げる長の様子を目の当たりにした紅蓮は、密かに今後の展開を危惧し始める。
以下、注意書きです。
・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です
・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません
・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです
・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります
・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです
当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。
どうぞよろしくお願いします。
※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止
※紅蓮視点
十一.
まさに今この瞬間に飛び出してしまいそうな熱気に包まれる。その空気を破壊したのは、屋根からどっと落ちた雪の音だった。
ある種の興奮状態にあったこの里の長が、その音を聞いてようやく冷静さを取り戻す。ふぅと短く息を吐き、窓の外を眺めてから再び紫焔の前で首を垂れた。
「ひとまず今夜はここに留まりください。この雪ですから。寝所まで案内させます」
「あの」
周囲の昂りも次第に収まっていくのを感じたのか、紫焔が空気を変えるように声を上げた。
「水を差すようで申し訳ないんですが、俺がその宝器だとは限らないと思います」
「その白銀の髪と紫紺の瞳が何よりの証では?」
「これは……」
紫焔の視線がこちらへと向く。自分の血について、その容姿が表すものが何なのかを伝えて良いのか。それを紅蓮に確認しているのだろう。
紅蓮は小さく頷いた。今更隠し立ては無用だ。最初こそ天満月の関係者は全て悪と決めつけられてはいたが、すでにここの連中は紫焔を敵視していない。
彼らの口振りから考えても、ここの人間が真に嫌悪しているのは国ではなく今の王・天満朔月と彼が操る軍だ。その証拠に、長が天満満月を語る口調は驚くほどに穏やかだった。
「この容姿は天満月国の王家の血筋に現われるもので、遺伝してるらしい。ただそれだけだ。俺に特別な力なんてないし、その言い伝えの宝器とは思えない」
「王家の……。それこそ宝器という証では? 伝説はいずれあなたが玉座を奪還すると示しているのかもしれない。あなたの容姿は全て言い伝えの通りです。月が崩壊、これは月の信仰が厚い天満月国の崩壊を示し、その後獣が徘徊している事実がある。そして、この言い伝えが残る我々の里に白銀と紫紺を持つあなたが現れた。これは必然です」
長の圧に紫焔が押し黙る。そこで負けるなと小言を飛ばしたくなるが、紅蓮は口を閉じた。
「……必然、ねぇ」
訳知り顔で要がぽつりと零す。偶然の間違いじゃねぇの、とでも言いた気な彼の横顔に紅蓮は内心で溜息を吐いた。
偶然かもしれない。しかし、長たちにとっては言い伝えに導かれたように事が進んでいるのだろう。
天満月国にも伝わっているものがある。
それを真摯に信じる国民と同じだ。そして、紅蓮自身、熱心ではないにせよあの言い伝えがしっかりと胸に刻まれている。この里の者たちの言い分を否定する気にはなれなかった。
彼らには紫焔が救世主のように見えている。
この里の人々は圧政に苦しめられ、それでも抵抗しようと耐え忍んで生きてきた。そんな折に言い伝え通りの者が現れた。希望の光が見えたとしても不思議ではない。
「龍の道が、あなたの身に刻まれていませんか?」
「それは」
ない、とでも返しそうな気配を察し、紅蓮は二人の会話に割って入った。
「紋様のことだろう」
「あるのですね?」
「紅蓮……」
余計なことを。紫焔の顔が不満を語る。
「隠しても意味はない。こちらとしても味方は多い方が良い。違うか?」
「……違わない、けど。違う気もするというか」
「ぐだぐだ言ってる暇があったらとっとと話を進めろ」
面倒臭くなって吐き捨てると、紫焔が嫌そうに顔を歪めた。先程までは長たちの熱気に押し負けて圧倒され、気後れしたようだったがどうやら調子を取り戻してきたらしい。彼のその様子を見て紅蓮は顔には出さずに安堵する。
相手に呑まれたまま会話を進めるのは得策ではない。自分の意見さえ吞み込まれ、時に本心すら分からなくなる。紫焔は本来、意志の弱い人間ではないのだ。
「おい旦那。進めるって、国とどう戦うか作戦会議しろってことか?」
要がとん、と肘で紅蓮の腕をつついてくる。
「いや、もっと根本の話だ」
「根本?」
「聞きたいことがあるだろう。犬狼について。あの白花草のことを」
「ああ、あれか」
要が納得したように頷く。
「結局のところ、犬狼とかいうあの獣はあの白い花が嫌いなわけ?」
はいと手をあげて質問し始める。その物怖じしない態度は要特有の個性で、紅蓮とはまた違った無礼さだ。
こちらが顔と気配の圧で押し通すのとは違って、要は能天気とも思えるような柔和な雰囲気と口調で場の空気を支配する。不器用な紅蓮とはやり方が違う。
長は戸惑うように要へと視線を送り、紫焔を見てからこくりと頷いた。あれほど熱狂していた長を今度は要が吞み込もうとしている。
「白花草は獣を寄せ付けません」
「やっぱり!」
ぱっと紫焔が笑顔を浮かべた。
「さらにあの花は犬狼にとっては毒となります。摂取すれば筋肉を弛緩させ、やがて命を奪う。この里はあの花に守られているのです」
「はい、ちょっと聞きたいんだけど」
長の言葉をふむふむと聞いていた要が再び片手をあげる。
「じゃあ、その毒を使って攻撃したら一発じゃね?」
「ここが襲撃されれば、その対応ができるようにと準備はあります。しかし、今までは白花草が防壁となってくれていた」
「なーるほど。ちなみにその毒って人体に影響はあるのか?」
「ない、と記録されています。実際に体内に含んだものはいません。万が一ということもありますから」
「ふーん。そうか」
顎に手をあてた要は芝居臭く思案顔を作った。
「紫焔、お前の国にもあれがあったんだろ。火種にしてたって言ってたよな? 食べたことはねぇの?」
「匂いを嗅いだことくらいしかないな」
「それで手足が痺れたり、肌に発疹が出来たりしたか?」
「いや、ない」
火種として利用して人体に影響が出たという話も聞いたことがない。
人にとっては毒とはならず、獣にとっては有毒となる。それが白花草。やはり、あの花が自生していたことで紫焔が暮らしていた集落は魔の森に巣食う獣たちの脅威から守られていたのだ。
「記録されてるって言ってたけど、薬草本とかがあるのか?」
「はい。このようにここは人里離れた場所なので、病気や怪我を治療するために有効な薬草、人体に有毒な植物などを記録したものならあります」
「ぜひそれを読ませていただければと思うんですが。俺はこう見えて医者なので」
「は、はぁ……まぁ……」
吞まれている。紅蓮は感心して要を見た。
紫焔にもこのある種の果敢さを見習ってほしいものだ。──否、見習わなくても良いか。
あわやこのまま戦かと危惧してしまうほどだった熱狂が、いつの間にか消えている。
紅蓮は紫焔と視線を交わらせ、無言のもとに安堵を共有した。
燻っている憎悪が簡単に無くなることはないだろう。しかし、一時的にでもその気を削ぐことができたのは幸いだった。勢い任せに国と戦うのは無謀すぎる。なによりも紫焔が、それを望みはしないだろうから。
紅蓮は人知れずそっと息を吐くのだった。