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月華の紫石英  作者: あっとまあく
白城の里編
71/77

第五章 「麗月に咲く」拾

オリジナル冒険BLファンタジー。

白城の里の長に銀の髪を指摘された紫焔。長は紫焔を指して「宝器」と呼びかけた。その真意とは──?


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止

十.


 ──我等が”宝器”


 (おさ)の発言で空気が変わる。


「ホウキ?」


 紫焔(しえん)は身に覚えのない呼び名に首を傾げた。


「長、冷静になってくださいよ。そんなわけない」


 里の中央に駆けつけていた栗田が戸惑いの声を上げる。長は彼を一瞥し、再びこちらに視線を戻すと重ねるように頭を下げるような仕草を見せた。


「……髪の色を落とさせていただいてもよろしいか?」


 その言葉は依頼という形をとってはいるが実際は違う。紫焔に判断を委ねられてはいない。

 長はこちらの返答を待つことなく指示を飛ばし、あれやこれやと言う間に紫焔の体は湯浴み場まで連れ去られた。


 髪の毛を何度も洗い流され、次第に染めていた黒の色が抜けていく。かつて陽輪ノ国(ひわのくに)で同じような経験をした。懐かしくさえ感じる己が恨めしい。

 地面に流れ落ちる水の色から濁りがなくなる頃、ようやく湯浴み場から解放された。そして再び長の待つ家屋へと移動する。


 紫焔は戸惑いながらも逆らわなかった。

 視界の端で銀の髪が揺れている。この髪や目がいつも厄介ごとを招き寄せるのだ。しかし、この容姿があったからこそ紫焔はかつて玄海と巡り合い、その後紅蓮と出会うことができた。

 縁も厄も引き寄せる。それが紫焔に受け継がれた王家の血なのかもしれない。


 そこには先程とは打って変わって、人で溢れていた。この里の住人全員が集まっているのかと疑うほどの数である。

 いよいよ長の前まで戻ると、彼女を含めたその場にいる里の人間たちが紫焔を見て息を吞む気配を感じた。


「もしかして……ここでもこの容姿について何か伝わっているんですか?」


 周囲の様子がそれを物語っている。紫焔は恐る恐る尋ねて長を見返した。


「そのとおりです」


 長が跪いてこちらに首を垂れる。紫焔は驚いて紅蓮たちを振り返ろうとした。しかし、長の行動に倣うように周囲にいた集落の者たちも跪いて首を垂れていく姿が目に入り、ぎょっとして動きを止める。

 予想していた展開と違いすぎた。紫焔は間違いなく、この集落にも手配書が渡っており捕まるのだと思っていた。だが目の前に広がっているのは予想とはまるで違う光景だ。

 長は頭を下げたまま里に伝わる言葉を紡ぎ始める。



 月 崩壊せし時

 血に飢えた獣 徘徊す

 此れ滅ぼすは 宝器なり

 白銀を携え 紫紺を宿す

 龍の道を刻む者なり

 此れ月を成し 安寧をもたらす 



「これが我等に伝わる物語であり、祖先たちの遺言でもあります」


 長はそこでようやく顔を上げ、呆気にとられる紫焔を見上げた。


「我々の祖先はこの伝説を解読し、白銀や紫紺はその者の容姿を指し、龍の道は痣や刺青のようなものだろうと結論を出しました。この伝説がより現実味を帯びたのは実はほんの数年前からです」


 上へ押し上げて開けた窓から外気が滑り込む。紫焔は寒さを感じて僅かに身を震わせた。

 室内には大きな暖炉があり、炎が揺らめている。湯浴み場で髪を流されている時には忘れていた寒さを、何故か暖かい部屋の中で思い出した。


「数年前って……七年くらい前からか?」

「ご推察の通り。あの国が崩壊してからのことです。時が過ぎれば過ぎるほど獣の目撃情報が増加した。天満満月(あまみまんげつ)国王が崩御し、得体の知れない獣が手当たり次第に人間を襲うようになった」

「あなた達はあの獣を犬狼(けんろう)と呼んでいる。正体を知っているんですか?」

「我々は祖先から残されてきた犬狼という名と、彼らが夜に活動する生き物であることしか知りません。昔からこの里では、伝説の獣として子の躾の際に使われていたような存在です。夜に外へ出れば犬狼に喰われるよ、と。子を寝かしつけるためによく言ったものです」


 長は小さく笑みを浮かべて目許を和らげた。

 我儘ばかり言っていると犬狼に喰われるぞ。夜遅くまで起きていると犬狼に喰われるぞ。そんな脅し文句として、この里では犬狼が伝えられてきたのだと彼女は語る。


天満月(あまみつつき)の国に住む者も、その関係者も排除する。その考えは、あの国のせいで獣が現れたからですか?」


 紫焔は慎重に相手を窺いながら問いかけた。


「それだけではありません。もっと現実的な話です」

「え?」


 長はゆっくりと瞳を目蓋の裏に隠し、一拍置いた後に再び開く。


「我々の里は見ての通り、鍛冶職人として生計を立てている者が多い。それはこの里の近くで非常に質の良い鉄が手に入るからです。素晴らしい素材を優れた職人の腕で新たな形として育て上げる。そうして、それは至高の一品となるのです」


 長は立ち上がって踵を返し、自身が座していた場所の背後に手を伸ばす。そこには細工も見事な箪笥があった。

 彼女はそこから一振りの刀剣を手に取って紫焔に見せた。鞘の細工、柄や鍔の美しさ。長が鞘から僅かに刀身を抜く。その波紋に紫焔は瞬きをした。


「紅蓮のに似てる」

「かつてこの里は、天満月国と交流がありました。天満満月国王との正式な交易として、こちらが武器を売りあちらがそれらを買う。最初のうちは金銭の代わりにあらゆる物品を受け取っていました。物々交換というやつです。そうして互いに利益を得ていた。あの国出身のお連れの方の刀がこの刀に似ているのは当然のこと。彼が持つその刀は元々我々が作り、天満月国に売ったものだからです」

「知らなかった……」


 紫焔は感心するような心地で呟く。

 これまで紅蓮や紅蓮の師・玄海から様々なことを教わって生きてきた。しかし、天満月の中で売り買いされている武器の作り手については初めて知る。

 天満月国はそもそも資源に乏しい国だ。あらゆるものを他国から購入しているのは知っていたが、まさか国ではなくこの里からも武器を購入していたとは。


「しかし、天満満月国王が崩御し、交わした契約は破棄されたのです」

「え?」

「天満朔月(さくげつ)は契約を無効とし、我等が作った武器を手に兵士を送り込んできた。里は襲撃されたのです。そして力づくで新たな武器を奪い尽くしていった。この土地は天満月の統治下にあり、武器は年貢として当然納めるべきものだとあの男は言うのです」


 父親の代で結ばれた契約など自分には関わりない。それが天満朔月の言い分だと、長は憤りを隠さずに告げる。


「屁理屈だな」


 それまで沈黙していた紅蓮が淡々と吐き捨てた。


「そう、屁理屈です。しかし、彼は今や新王として擁立している。彼の声で、多くの兵士が動く。我々との戦力差が埋まることはない。これまで我等はずっと耐え忍んで生きてきました」


 逆らえば命までも奪われ、理不尽な暴力に晒され、兵士の懐を肥やすために金銭さえも奪われた。

 こうしてこの里には天満月国への憎しみが募っていったのだと長は語る。


「しかし、それも今日までです」


 刀身を完全に鞘から抜き放ち、長がその刃を床に突き立てる。鋭い眼光がこちらを射抜いた。


「宝器は苦しむ民を導き、安寧の世をもたらすと言い伝えられてきました。あなたが立ち上がると仰るのであれば、我々はいつでも力になりましょう」


 ぎらぎらと光る双眸に炎が見える。

 長の熱意に栗田たちが同調し、里の者たちの感情が一気に昂っていく。

 紫焔は肌がぴりつくのを感じて息を呑んだ。


 そこにあるのは熱だ。

 怒りと憎しみ、そして希望さえもが込められた強い殺意である。



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