表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月華の紫石英  作者: あっとまあく
白城の里編
62/81

第五章「麗月に咲く」壱

紫焔たちの母国に向かう一行は、旅の途中でとある村を発見することになるが……?

オリジナル冒険ファンタジーBLの第五章です。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止



一.


 毛皮を纏った靴が地面に沈む。

 紫焔(しえん)は息を吐いて、その白さに顔をむずむずとさせた。

 馬を引く手が寒さでかじかむ。仰いだ空は薄い雲に覆われていた。青色は見えない。空からひらひらと舞い落ちる雪。その白い塊は先ほどから容赦なくこちらの視界を遮った。

 紫焔は頭を振って体に積もった雪を振り落とす。

 前を見ても後ろを見ても、一行の周囲には銀世界が広がっていた。




 天満月国(あまみつつきこく)を目指し北上する紫焔たちは、次第に雪深くなっていく道に辟易としている。防寒の準備は旅路の間に整えた。しかし、備えていても実際の寒さに直面すれば足は竦むものだ。

 鼻頭の冷たさに身震いすると、隣を歩く田城要(たしろかなめ)が愉快気に笑った。


「何だよ」


 紫焔は自分と同じように鼻頭を赤くしている色男を睨みつける。

 彼はわざとらしく双肩を竦めて鼻で笑った。そんな仕草さえ妙に(さま)になるのだから嫌味なものだ。


「俺はともかく、テメェはこっちの生まれなんだろ。なのにぶるぶる震えててみっともねぇなぁと思ってな」

「寒い国の生まれだからって寒さに強いとは限らないんだよ」


 紫焔は正論を口にする。

 情けないことですなぁとふざけて言う要の指摘は要以外の全員にまで当て嵌まってしまう。

 旅の仲間は四人。その内、三人が天満月の出身である。要だけが海の向こうの陽輪ノ国(ひわのくに)出身だ。

 雪国出身の紫焔たちはもれなく今の寒さに体を震わせている──はずである。紫焔以外の二人は外に隙を見せない性質(たち)だ。そのため、見た目だけではほとんど分からない。

 一見すると寒さに参っているのは紫焔と要だけだった。


 そもそも、紫焔が母国へ向かう旅をしているのには事情がある。

 三人の母国・天満月はおよそ七年前、大火の下に崩壊した。城は反乱軍に襲われ、当時の王も第一皇子も弑逆されたのだ。

 炎上したのは城だけではない。街の至る所で火の手が上がり、紫焔が暮らしていた集落も例外ではなかった。


 しかし、紫焔は煙に巻かれて脱出したのではない。情けないことに、国内の混乱に乗じた人攫いに捕まり売り飛ばされたのだ。

 そんな紫焔を買って身柄を受け取ったのは娼館を経営していた店主だった。必然的に紫焔は娼館で働き借金を返すことになったのである。

 そのため、紫焔の鎖骨下には身を売る者の証でもある焼印が刻まれている。皮膚を焼いたそれは、娼館を脱した今もなお肌に残されたままだ。


 借金を抱えた紫焔が娼館から出ることになったのは、現在の旅の仲間である紅蓮(ぐれん)の来訪がきっかけだった。

 紅蓮はかつて天満月の国で右軍大将を務めていた男だ。ひょんなことから集落出身の紫焔とも交流があった。

 彼は国が崩壊した後、長い年月をかけて生死不明の紫焔を探し続けていたという。


 七年の時を経て、二人は異国の地である陽輪ノ国で再会を果たした。

 時を同じくして紫焔の周囲はきな臭い雰囲気に包まれ始める。明らかに紫焔を示す「銀の髪の持ち主」を探す者が現れたのだ。

 銀の髪、紫紺の瞳。紫焔が生まれながらにして持つその特徴は天満月では特別視されるものだった。

 古くから残る伝説に記されているのだ。所謂、建国神話のようなものである。



 月より生まれし神の子。

 地上に下り立ち国を造る。

 名を天満(あまみ)と云う。王と為りてこれを治める。

 月の光で生まれし美しき白銀の髪を持ち、彼方まで見通す紫紺の宝石を目に宿す。

 満天の夜に出でて月の下、その四肢に咲くは月の光の道標。是、王の証である。

 月の神子が治る国、是、天満月(あまみつつき)と呼ぶ。



 紫焔はこの伝説で謳われるような銀の髪を持ち、紫紺の瞳を宿して生まれた。そして、月の光に晒されることで浮き上がる特殊な紋様が左上半身に存在している。

 紅蓮はそれを王の証なのだと言う。


 生まれながらに川に捨てられ、集落の人間に拾われたことで命を繋いだ紫焔は己の親を知らない。しかし、どうやら紫焔の母親は既に亡く、父親はかつての王・天満満月(あまみまんげつ)であったらしい。未だに信じられないことだった。

 それでも確かに、紫焔の身体的特徴は伝説を思い起こさせた。


 この血を恐れてか、あるいは嫌悪してか、紫焔は何者かに追われ続けている。

 その追手から逃れるため、紫焔は紅蓮と共に陽輪ノ国を出た。そこで力を貸してくれたのが、娼館で客として出会った宝生優(ほうしょうすぐる)という貿易商である。

 一時、追手の手が迫り命が危うくなったこともあった。しかし、優の友人である要が紫焔を救ってくれたのだ。その結果、要は紫焔の事情に巻き込まれてしまうこととなり、今なお共に旅しているのである。


 旅の途中で紫焔たちは菜々子という女を仲間に引き入れた。彼女は元々紅蓮の顔見知りで、かつては第二皇子のお抱えの諜報員だった。

 菜々子がもたらした情報によって、紫焔たちは新たな事実を知る。

 現在、天満月はかつての第二皇子が王として即位しているという。そして、彼こそが紫焔を捕まえるようにと手を回している張本人らしいのだ。



 これまでの旅路に思いを馳せていた紫焔は、雪の積もる景色を見つめて現実世界に意識を移した。

 ざく、と踏みしめた地面の雪に穴が開く。

 早朝の道にはまだ誰も歩いていない美しい新雪が続いている。その上を紫焔たちは進んでいた。


「止まれ」 


 また一歩、前に進もうとした紫焔は後ろから肩を掴まれてその場に留まった。

 背後から一歩で紫焔を追い抜いたのは紅蓮だ。彼は鋭い眼光で周囲を警戒し、こちらに視線を落とした。


「血の臭いだ」

「!」


 すん、と僅かに鼻を鳴らし、紅蓮が顔を上げる。

 風に乗って臭いが流れて来たのか。紫焔も嗅いでみるが、よく分からない。代わりに人よりは多少、遠くが見える目を凝らして周囲を見回した。


「あっちに煙みたいなものが見えないか?」


 指を伸ばして北西を示す。

 視線の先で、木々の向こうに僅かに立ち上る白い煙。火事の煙というには薄っすらしている。砂塵に近いかもしれない。


「見えませんね」


 目を細めた菜々子が首を振った。要も彼女に同意して頷いている。紫焔の目の錯覚、ではないように思う。しかし、この距離では紫焔にしか見えないようだ。


「菜々子」

「はい」


 紅蓮が菜々子を呼ぶ。紫焔が示した方角へ顔を向け、指示を飛ばした。


「様子を見て来い」

「承知しました」

「待った。一人で?」


 すぐにでも飛び出していきそうな菜々子を制止し、紫焔は紅蓮に問いかける。

 菜々子は元軍の関係者で、仕事の腕も良い。それは分かっているが、何が起きるか想像もつかない旅路だ。どうしても拭えない不安が頭を支配する。


「お任せください。隠密行動は得意分野です」


 言外に一人で勝手な行動はしないと返され、紫焔は押し黙った。こちらを見つめる彼女の瞳には迷いがない。


「……分かった。深入りはしないように」

「承知」


 とん、と軽く地面を蹴って菜々子が跳躍する。その身のこなしの軽やかさはまるで体重を感じさせない。彼女の姿は瞬く間に遠のいていった。


「例の獣、かね」


 寒さで赤くなった鼻を指先で掻いて、要はすでに見えない菜々子の姿をまだ追いかけている。


「周辺の町が襲われてるって話、本当なのかな」


 紫焔は芭我騎からの情報を思い出して呟いた。

 獰猛な獣たちは天満月の方からやって来たと彼は話した。そして、天満月の国にも獣が徘徊しているだろうとも。


 芭我騎の国で見た獣は、一般的な生物とはまるで違っていた。

 一行の中で最も上背のある紅蓮を遥かに凌ぐ巨体。鋭く硬い爪と牙。俊敏な動きは野生動物の特徴を継ぎ、より素早くなっているように見えた。そして、その体は大きく筋肉質。

 一騎当千の力を持つ紅蓮さえも、対峙した時に体のどこかを斬り飛ばすことは諦めたと言った。


「紫焔」


 低い声が鼓膜を揺らす。紫焔は反射的に肩を震わせて背筋を伸ばした。こちらの名を呼ぶ紅蓮の声に、説教の香りを感じたからだ。


「な、何だ?」

「勝手に動くな」

「動いてないだろ」

「今はな」


 ふん、と呆れたように小さな笑みを零された。

 ──失敬な。

 紅蓮は一応、紫焔個人に忠誠を誓ってくれた過去がある。従者だという認識はしていないが、紅蓮には紫焔が(あるじ)だという認識があるらしい。

 ただしこの態度を見ると、とてもそうは思えないが。


「菜々子がどういった結果を持って帰っても飛び出すな。分かってるな?」

「分かってる」

「旦那、最近過保護に拍車がかかってない?」

「俺もそう思う」

「喧しい」


 横槍を入れて来た要とうんうん頷き合っていると、偵察に行っていた菜々子がすとんと目の前に降りてきた。雪の破片がちらちらと舞い散る。しかし、ほとんど音もない。

 本人が自負する通り、隠密行動はお手物のようだ。


「おかえり」


 紫焔は無事に戻ってきた菜々子を見て口角を上げた。すると彼女は僅かに瞠目し、戸惑ったようにぎこちなく「は、はい」とだけ応える。奇天烈なことでも言われたみたいな反応だ。

 紫焔は何故か申し訳なくなって首裏を掻いた。


「ごめん」

「……何がです?」


 謝罪も違うらしい。

 背後で要の溜息が零れ落ちる。振り返ると、彼はなんて情けないんだとでも言わんばかりに顔を左右に振っていた。


「紫焔、お前は一応二人の主人って立場なんだろ。もっと威厳を持て威厳を」

「威厳?」

「おかえり~♡じゃねぇんだよってこと」

「そんな言い方してない」


 大袈裟な物真似を繰り出す要に肩を落とす。本当にそんな言い方をした覚えはない。要は何かと過剰だ。


「そうかぁ? 俺にはそう聞こえたけど?」

「耳が疲れてるんだよ、要」

「言うじゃねぇかおい」


 せめてもの意趣返しにと言い返すと、要に耳朶を掴まれてぐいぐいと引っ張られた。

 紅蓮や菜々子と違い、要は本当の意味で遠慮がない。有難いことだが、有難迷惑なことでもある。


「痛い痛い! だったらなんて言えば良かったんだ?」

「あ? あー、ご苦労とか? 首尾はとか?」


 なるほど。それが真っ当な返答なのか。

 紫焔は一応は納得して、教えの通りに菜々子に告げようとした。


「首尾は」

「「あ」」


 しかし、二人が問答している間に紅蓮がさっさと菜々子に質問した。紫焔は要を声を合わせて唖然とする。

 そんなこちらを無視し、紅蓮に対して彼女は偵察結果を伝え始めた。その目がきらきらと輝いている。

 菜々子は昔から紅蓮に憧れているのだ。英雄を前にした少年少女のような純粋無垢な輝きがその表情に宿る。 


「小さな村がありました。どうやら獣に襲われたようです。ほとんどの者が息絶えていました。紫焔様が仰っていた煙は家屋が倒壊したことによるものです。火事の類ではありません」


 菜々子の報告に皆が苦い顔になる。


「ほとんどってことはまだ何人かは無事でいるのか?」

「無事……と言えるかは、定かではありません」


 言い難そうに告げる彼女の顔を見て、紫焔は足先を北西へと向けて駆け出す。その瞬間、襟を掴まれて反動で背中から雪の上に転がった。──危険なので普通の人はこんなことをしてはいけない。


「紅蓮!」

「俺には予知の力があるらしい」


 こちらを見下ろしながら、紅蓮が真顔でそんなことを言う。

 そんな冗談を言う彼が意外だったのか、向かいで菜々子が珍しく目を丸くした。


「舞踏会で貰った首輪、もう常時こいつにつけといた方がいんじゃね?」


 要がとんでもないことを提案する。

 首輪というのは引き紐がつけられたあの悪趣味な首輪のことか。紫焔は抗議の意味を込めて要をじっと睨んだ。


「生存者に、話を聞くべきだと思う」


 雪の上から身を起こし、紫焔はなんとか言い切った。


「話は聞く。お前はここに残れ」

「皆で行った方が早い」

「菜々子、お前はどう思う?」


 紅蓮に話を振られ、菜々子が背筋を伸ばした。


「私は……、紫焔様はご覧にならない方がよろしいかと思います」

「どうして」


 紫焔は彼女の顔を見返して眉根を下げる。


「愉快な光景ではありませんので」

「……想像つくわ」


 菜々子の言葉で要が息を吐く。そこには沈痛な面持ちも加わっていた。紫焔とて、想像できないわけではない。

 獣に襲撃され、ほとんどが命を失った小さな村。家屋が倒壊し、血の臭いが遠くにまで漂ってくる現状。それがどれほど、悲惨な光景なのか。

 紅蓮も菜々子も、紫焔に衝撃を与えないように考えている。それでも。


「だからこそ、俺は行くべきだと思う」


 この獣が天満月と関係しているのであれば尚更。目を逸らすのは違う気がする。

 退く気のないこちらの意思を察してか、紅蓮が重い溜息を吐いた。


「まだ獣が徘徊している可能性もある。俺の後ろから出るな」

「善処する」

「田城」


 紅蓮は急に要を呼び止めた。振り返った要も不思議そうに首を傾げている。彼は疑問符を浮かべる仲間を無視し、何かを受け取るように右手を軽く持ち上げた。


「どうやら首輪が必要なようだ」

「おー、旦那も言うねぇ」

「善処するって!」


 一行は菜々子の案内に従って北西の小さな村へと足を進めるのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ