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月華の紫石英  作者: あっとまあく
鉱甲山国編
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第三章「隣接」 拾陸

第三章・最終話です。


<あらすじ>母国・天満月の転覆と共に国外へ売り飛ばされた紫焔は、海を渡った先の国で男娼として生活していた。しかし、そんな紫焔のもとに不穏な噂話が舞い込む。何者かが銀色の髪の持ち主を探しているというのだ。それは、紫焔の特徴と一致していた。娼館の人間を巻き込むことを恐れ、紫焔は娼館を出る決意を固める。

 母国で親しくしていた元大将・紅蓮と再会を果たし、追手から逃れるために海へ出た紫焔たちは紆余曲折を経て異国の地を渡り歩く。新たな地で出会った幼い少女・風風と彼女の付き人・来来。少女は無実の罪を着せられ国から逃亡していたのである。紫焔は彼女に協力して真犯人を突き止めることに成功した。そしていよいよ別れの時がやって来る。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・実在しない薬物描写がありますが、薬物推奨の意図はありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止

 

十七.


 旅支度を整え、紫焔(しえん)は銀の髪を黒く染め直す。下手くそと罵られ、黒染めは要の手によって行われた。おかげさまで根本から美しく染まっている。つくづく、彼はなにかと器用な男だ。


 いよいよ出立の頃合いになった時、見送りにやって来た来来(らいらい)に呼び止められた。こちらを手招きする来来に応じて紫焔は彼のもとへ駆け寄る。


「前に余計なお世話を焼いてもらったでしょう」


 まるで内緒話をするみたいに顔を傾けた彼は随分と上機嫌に見えた。


「え、ああ。怪我のこと話した方がいいってやつだな。うん」

「ちゃんと話しましたよ。お嬢に。これからも話すつもりです」

「そっか……怒ってた?」

「はい。説教されました。でも、言って良かったです。ありがとう、紫焔」


 来来がそう言って美しく笑う。

 きっと今まさに彼の頭の中で、風風(ふうふう)とのやりとりが思い出されているのだろう。


「いや、俺は何も」

「いいえ。……それから、薬物を摂取してしまった時──助けてくださったことも。感謝してます」


 あえて濁された表現に紫焔は何とも言えない気持ちになって曖昧に笑う。

 あれは、あまり褒められた行為ではない。来来からしてみれば嫌な記憶だろう。


「ご……」


 むしろ申し訳ないと、紫焔は思わず謝罪を口にしそうになって思い止まる。


「ご? 何です?」


 こちらが何を言いかけたのか察した様子で、来来が目を細めてわざとらしく首を傾げた。


「あー、いや。その」


 代わりの言葉がなかなか思い浮かばない。紫焔は頭を悩ませて当時のことを振り返った。そして、別の言葉を思いつく。


「俺にとってはいい思い出だよ」

「……紫焔」


 途端に来来に胡乱な目つきで溜息を吐かれ、頭まで抱えられて紫焔は混乱した。


「ほら、だって来来はあの時見たもののことずっと黙っててくれたし。悪いけどこれからも黙秘でお願いします」


 矢継ぎ早に言い募る。すると、来来は虚を突かれたように幾度か瞬いた。


「──ああ、はい。あなたがそれを望むなら、黙っておきます」


 きっと色々な疑問もあるだろう。しかし、紫焔の体に浮かび上がった不思議なものを見てもそれについて彼が風風に伝えた様子もない。来来は紫焔との約束を守り、全てを胸の内に仕舞って頷いてくれた。


「ありがとう」

「こちらこそ、ですよ」


 来来がそっと両腕を広げる。紫焔は意図を察して来来の背に両腕を回した。

 別れは何度経験しても心に隙間風を届けてくる。寂しくはあるが、紫焔の背に回された来来の手のひらの優しさでそんな風も忘れてしまえるというものだ。


「あなたもあまり無茶な真似はしないように」

「善処します」

「紅蓮さんを思い悩ませないでくださいね」

「……はい」

「紫焔さん?」

「はい」


 紫焔は身を縮こまらせて素直に応じた。



 二人の間にひゅっと手が割り込んできたのはそんな時だった。

 驚いて仰け反った紫焔と来来は、自然と抱擁を終わらせて距離を取る。


「は~いお二人さん。密談はそこまでで」

「要。いつからいたんだ?」

「今だよ今」


 要は顎をしゃくって背後を示す。そこには旅支度を整えた紅蓮と菜々子、見送りに来た風風と蘭蘭(らんらん)が待っていた。

 紫焔は来来と顔を見合わせて苦笑し、要とともに皆のところへ移動する。


「来来さんさぁ」


 全員が揃ったところで要が来来の隣に並び立った。


「何ですか?」

「実際のとこ、どうなん?」


 要の視線が来来の輪郭をなぞるように動く。


「どうとは……」

「紫焔に惚れてんのかどうかってこと」

「要」


 明け透けな物言いに紫焔は口を挟んだ。要は揶揄目的であえてその手の言い方を選ぶことはあれど、不必要に相手の心に踏み込むような問い詰め方はあまりしない。と思っていたが、どうやらそうでもないらしい。


「ははは、牽制していただかなくて結構。惚れた腫れたといった感情はありませんので」


 しかし、快活に笑ってあっさりと流した来来の方が今回は上手だったようだ。要は思わぬ切り返しをされた様子で顔を歪めている。


「牽制なんかしてねぇよ。どいつもこいつも俺を虫扱いすんなっての」

「虫……?」


 脈絡のない要からの文句に紫焔は首を傾げた。そういえば彼は以前も虫がどうこう言っていた。要は当然、生物学的に虫と表現されるのは可笑しいし、かといって比喩表現としての虫も彼を表現するのに適しているとは思えない。謎は深まるばかりだった。

 一人混乱する紫焔を余所に、笑っていた来来が「ですが」と表情を改めて顔を上げる。


「紫焔をはじめ、皆様にはたいへんお世話になりました。改めて感謝申し上げます」

「私もよ。心から感謝するわ。手を貸してくれてありがとう」


 ぺこ、と風風と来来が同時に頭を下げた。


「俺も、ありがとう」


 紫焔は二人に呼応するように感謝の言葉を口にする。顔を上げた風風が不思議そうに瞬いた。


「二人の生き方も強さも、俺にとっては眩しいくらいにかっこよかった。たくさん勉強になった」

「紫焔」


 風風が目元を和らげて口で笑みを象る。それは彼女の年齢にそぐわないような、見る者をどきりとさせる大人びた笑みだった。


「誰かの手が必要になったら、その時はいつでも声をかけなさい。あなたたちが私たちに手を貸してくれたように、私たちも力を貸すわ」


 細いけれど頼もしい風風の手が、紫焔の前に差し出された。紫焔はその手に己の手を重ねて握り返す。


「ありがとう」


 笑い返すと、風風は途端に完璧な笑みを崩して年相応の顔に戻る。くしゃりと笑ったその顔は、これから鉱甲山の国に訪れる平和を象徴するかのようだった。





 



------------------------------------------------------------------------



※来来視点



十七・五.


 紫焔(しえん)たちが手を振って去って行く。

 もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。そんな辛い別れの時だが、来来(らいらい)たちも紫焔たちも悲しみに囚われたりはしていなかった。


 来来は手を振り返しながら離れていく全員の姿が視界から消えるまで見送り続けた。完全に死角になったところで隣で同じように手を振っていた風風(ふうふう)がちらりとこちらを窺ってくる。

 来来は前を向いたままの状態で主の無言の圧に応えた。


「何ですか、お嬢」

「どうにも引っかかることがあってね」

「何です?」


 風風が来来の前に躍り出る。そんな仕草をすると、この小さな主がまだ幼い少女であることをこちらに実感させた。彼女の柔らかな髪を風が優しく撫でていく。


「要に言ってたじゃない。紫焔に惚れた腫れたの感情はないって」

「ええ。それが何か?」

「嘘でしょ」


 にんまりと少女の顔で笑った風風が、ぴんと指先を伸ばして来来の鼻頭を弾いた。


「実はちょっとあったんでしょ。私の目は誤魔化せないわよ」

「……お嬢には敵いませんね」


 来来は肩の力を抜いて息を吐く。わざわざ跡を濁すような真似はしたくないと思ったからこそ、彼らには打ち明けなかったのだ。しかし、もうその彼らはいない。

 今更虚勢を張る必要もなかった。そして、目の前の達者な主は来来のことをよく分かっている。誤魔化しようもなかった。


「当然でしょ。家族と同じように一緒にいるんだから」


 ふふん、と誇らしげに胸を張られる。来来は苦笑しつつも、風風の言葉に喜びを感じて胸を温かくした。


「でも、良かったの? 紫焔にも言ってないんでしょう?」

「良いんです。どちらにしてもこの感情は、あの日に置いて来ましたから」

「あの日?」


 紫焔が来来を救ってくれたあの日に芽生え、そしてそのままそこに置いてきた。それは恋と呼べるほど確かなものでもなく、激しい感情でもない。あえて言葉にするほどのものでもなかったのだ。

 しかし、来来はあの日確かに、剥き出しだった心を紫焔の手に包み込んでもらった。紫焔は「いい思い出だ」と言っていたが、どうやら来来にとってもそれは良い思い出になりそうだ。



 風風は少しばかりつまらなそうに、しかし、すっきりした顔で来来の前から退いた。


「ま、来来に恋人ができてもできなくても関係ないわ」

「お嬢……」


 いつも通りのつんとした物言いに、来来は僅かに落ち込む。こちらの進退に興味はなしということか。

 さっさと一人で先を歩き出していた風風がくるりと振り向いて笑う。


「関係ないわよ。どんなことがあったって誰と一緒にいたって、あなたは私の大切な家族なんだから」

「お嬢」


 思わず、感極まった声が出た。俯いた来来に、風風が困惑したように近づいてくる。来来は恰好をつけたりせず、堂々と目頭を押さえた。


「ちょっと、泣かないでよ」

「感激してしまって」

「もう、何よ。私は当たり前のことを言っただけよ」

「……お嬢、どうかそのへんで。これ以上は。大の男が脇目も振らず号泣してしまいます」

「まったく。どうしようもないわね。おっきな子供みたい」


 よしよし、と背伸びした風風が手を精一杯伸ばし、来来の頭を撫でる。来来はいよいよ我慢できなくなってぼろぼろと感動の涙を流すのだった。





── 第三章・完 ──




第三章までお付き合いいただきありがとうございます。

ストーリーを作る難しさ、文章にする難しさをつくづく感じた章でした。


読みづらい小説にも拘らずここまでお読みくださった方がいらっしゃいましたら、改めて、本当にありがとうございます!

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