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第一章「陽輪ノ国から」伍

優視点の回です。ようやくBがLしてる雰囲気だけ出てきたような気がします。

よろしくお願いします。


※今回も独自設定の娼館を舞台にしています。

※ファンタジーの世界観です

※実在するすべてのものとの関係は一切ありません


六.


 宝生優ほうしょうすぐるは宝生家の長男として生まれた。


 宝生家は代々、貿易を主な生業としている。幼い頃から所謂、英才教育を施されて育った優は、親の期待通りに仕事で頭角を現した。今では周囲も認める立派な跡取りとして会社に尽力している。そのせいか否か、優は重度の仕事人間として成長した。

 学生時代に知り合った友人・田城要たしろかなめ曰く、優は「将来の夢:仕事」、「趣味:仕事」、「長所:仕事」、「短所:仕事」の仕事だけで埋め尽くされた愚かな人間らしい。


 田城は度々、優を指してつまらない男と揶揄する。茶化しているが半ば本音だろう。しかし、友人のそんな辛辣な言葉も優には響かない。優としては、仕事最優先ではあるが適度に他のことにも目を向けているつもりだった。田城からしてみれば、そんなものは微々たるものらしいが。



「今度出す貿易船、お前も同乗するんだってな? もう責任者か。すげぇな」


 我が物顔で執務室の長椅子を陣取る田城は、これといって興味もなさそうに仕事の話題を振ってくる。

 優は花瓶に生けられた花以外の飾り気が一切ない机で、仕事の書類に目を通しながら応えた。


「国外での買い付けも任されている」

「そりゃ大変だ」

「田城も家業があるだろう」


 働けと言外に伝えるが、田城はどこ吹く風だ。

 優は宝生家の一人息子だが、田城は三人兄弟の末っ子である。田城が言うには気楽な三男坊なので自由にさせてもらっている、らしい。


「白い薔薇の花言葉には、求婚にぴったりの意味があるらしいぞ」


 執務室の机に飾られた花瓶に生けられた白い薔薇を、田城が指先でつついている。歌うような口調で関係のない話を始めた。面倒な話題を避けるのはこの男の専売特許である。


「そうか」

「興味なしかよ」

「ないな」

「わざわざ白い薔薇を選んでお前の部屋に飾ってんだぞ? 明らかに仕掛けてんだろこれ」


 田城の発言に優はようやく手を止めて顔を上げた。白い薔薇を生けたのが屋敷の誰なのか、優は知らない。知りたいとも思わなかった。意味深なことを言う田城の言葉が万が一、事実であったとしても優の考えに変化はない。


「お前は知らないだろうが、これを飾った使用人。わりと可愛かったぜ」


 ニヤリと田城が笑う。


「ちょっとつまんでみてもいいんじゃねぇ? あの子、かなりお前に気があるみたいだったし。たまには息抜きしろよお前も」

「田城。お前は息抜きばかりしすぎだ。今月に入って何人の女と遊んだ?」

「さぁ? でも優よ、お前情報古いぞそれ。俺は今はちゃーんと後腐れのない相手と正式に遊んでる。イイコだろ?」

「後腐れのない相手?」


 優が署名した書類をぱらぱらつまらなそうに捲りながら、田城は片目を瞑って見せた。


「そ。しかも最近新しい遊びを覚えたんだよ。お前も試してみないか? 案外おもしろいぞ」

「まさか……夜遊び通りに行っているのか?」

「ご名答」


 パチンと指を鳴らした田城が悪戯っぽく笑う。優は眉を顰めた。


「田城。私もお前も家柄というものがある。そんなところに通うのはよせ」

「頭かったいなぁ、優は。あそこにお忍びで遊びに行ってる名家のやつらなんて山ほどいるぞ」

「周りがやっているのは私たちがやってもいい根拠にはならない」


 断言すると、田城があからさまに気分を害されたと表情を崩した。彼は面倒そうに手にしていた書類を机の上に放り投げる。


「めんどくせぇ。俺、お前のそういうところ超嫌い」

「嫌いで結構。私もお前の軽薄なところが嫌いだ」

「どーぞ好きに嫌え。俺の遊び癖はもう性分だ。治んねぇよ」


 双肩を竦めて舌を出す田城に、優も呆れて溜息を吐いた。文句を言うことはやめられないが、田城の悪癖を直せると本気で思っているわけでもない。いつものことだ。

 書類を全て確認し終えた優は、机の上を片づけて立ち上がった。


「田城」

「お? なんだ? 遊びに行くか?」

「違う。それより、この白い薔薇を生けた使用人が誰か教えろ」

「なぁんだ興味あんじゃん? いいぜ、お前のとこの使用人だからな。譲ってやるよ」

「興味はない。解雇するだけだ」

「は?」


 目を丸くした田城に使用人の名前を催促する。恋愛にも遊びにも興味はない。使用人として雇っている者がそんなものをこの屋敷内に持ち込み、あまつさえ雇用主である優に対して好意を示す仕掛けまがいなことをしているのが事実であれば、そちらの方が優としては大問題だ。


「どーせ解雇すんならつまみ食いしてからすればいいのによ」

「お前……そのうち女に刺されるぞ」

「だぁいじょうぶ。俺ってほら、強いから。さくっと返り討ちよ」


 簡単に軽薄なことを言ってのける。しかし、残念ながら田城が強いのは事実だ。優れた剣技の持ち主で、彼の右に出る者はそうそういないだろう。常に腰にさげている刀剣にその手がかかれば、切り裂く刃から逃れられる者はいない。


「それに最近は女じゃないから」

「……? どういう意味だ」

「新しい遊び始めたって言ったろ。せっかくだ。今度連れて行ってやるよ」

「必要ない」


 即答して断ったはずのその誘いを、数日後、こちらの反対を無視して強引に実行に移された。

 それが、ムラサキとの出会いのきっかけである。






七.


 陽輪ノ国(ひわのくに)にひっそりと存在する歓楽街。通称、夜遊び通り。その通りに佇む二階建ての屋敷。その男性限定の娼館・麒雲館きくもかんで部屋付き男娼として働いていたのが、ムラサキと呼ばれる男だった。


 ある日、仕事ばかりに熱中する優を田城が強引に麒雲館へ連れ出した。支払いも相手をする男娼も全て田城が勝手に選び、優は拒否する間もなく個室・紫に押し込まれたのだ。そこで優を迎えたのがムラサキである。 

 優は初めてムラサキを見た時に少しの違和感を覚えた。何かがしっくりこないような、掛け違っているような奇妙な感覚だ。違和感の正体は未だに分かっていない。



 ムラサキと初めて過ごした時間は半刻。その時の優は、勝手にこんな場所に連れ出した田城への怒りで頭の中を支配されていた。そのせいもあって、酷く態度の悪い客だったはずだ。しかし、ムラサキは気分を害した様子もなく、強引に自身の仕事を始めるわけでもなかった。あまつさえ、こちらに睡眠を進めてくる始末だ。

 何もしたくないならしなくても構わない。半刻の間、体を休めておけばいいという提案だった。平然と職務放棄ともなる言葉を寄越され、優はうっかり説教めいたことを言ってしまった。何もしないと先に断言したのはこちらだというのに。さすがに身勝手すぎる。

 反省した優は、大人しくムラサキと話すことにした。仕事人間である優は、当然ながら男娼との対話経験がない。下手にこちらの事情をつつかれ、金をせびられでもしては迷惑だと警戒していたが、ムラサキは優の警戒心を理解して決して踏み込んだ会話をしなかった。

 食事よりも睡眠よりも仕事を優先すると話した時には、「良い仕事をするには健康が大事だろ。体は資本だぞ」とお小言をくらう羽目になった。

 ムラサキは半刻の間、一度も優との物理的な距離を縮めることなく嫌な沈黙を作ることもせずにこちらをもてなした。その時間は、これまで優が経験したことのない不思議な空間で、気づけば優は肩の力を抜いてくつろいでいたのだった。



 優が再び麒雲館を訪ねたのは、遊べとうるさい田城を黙らせる手伝いをしてもらったことへの礼を言うためだ。実はそれこそが口実で、本当はもう一度ムラサキと話してみたいと思っていたからだと気づいたのは、三度目の訪問の頃だったが。

 結果として田城の思惑通りに、優は仕事の息抜きがてらに度々麒雲館を訪れるようになっていた。



 麒雲館の二階に設けられた個室・紫は、いつ訪れても薄暗い。優はムラサキの部屋しか知らないので、麒雲館の各部屋がどうなっているのか分からないが、少なくともムラサキの部屋はいつでも微妙に薄暗く明かりが抑えられている印象がある。卓を挟んでゲームに興じていると、相手の顔は見えるが色彩の鮮明さは鈍る。

 呼び方に迷って言い澱んでいた優に、初めてムラサキが自らの名を告げたあの瞬間。蝋燭の火が揺らめいて彼の双眸が一瞬、いつもより鮮明に見えた。

 ムラサキという名は、きっとその瞳の色からつけられた呼び名なのだろう。吸い込まれるような紫紺の双眸。これまで見たこともない色の瞳である。



 ムラサキはわざとそう見せようとする時を除き、といってもわざと見せようとする時すらほとんどないが、優に対して色事を感じさせたことはない。商売としてはどうなのかと思わないこともないが、優にはその距離感が心地良かった。

 必要以上に求めない。最低限の中で、踏み込みすぎない会話。ムラサキは、なるほど、客相手に長く商売をしているだけあって踏み込む一線を間違えない。そして、少ない会話でも察することができるほど、聡明さを感じさせる男だった。

 娼館では客商売を始める前に様々なことを仕込まれると聞いたことがある。囲碁や将棋はその賜物だろう。しかし、会話の奥に垣間見える聡明さは、彼本人の才覚のように思えた。



 娼館で働く者の素性は、そのほとんどが不明である。恐らく、出生証明がない者も多いだろう。

 ムラサキが麒雲館で働く前にどこで何をしていたのか、優はふとした時にそんなことを考えるようになっていた。

 仕事以外のことを無意識のうちに考えるなど、どうかしている。どれほど頭を悩ませたところで優にはムラサキの過去を知る機会は得られない。きっと、一生。

 ぞくりと、背筋が震えた。優がムラサキのもとへ通うことをやめれば、たったそれだけで彼との縁が切れる。二度と会うこともない。人との縁とは、なんと脆いものだろうか。吹けば飛んでしまうような脆さだ。


 早く。一刻も早く、ムラサキに会いたい。優は焦燥感に駆られた。

 しかし、そんな時に限ってこの世とは非情なものである。大量の仕事や仕事に関する問題が優を襲った。寝る間も惜しんで問題を解決し、仕事を捌く。あまりの打ち込みように、田城が顔面を蒼白にさせていたらしい。────らしいというのは、優自身は田城の訪問をほとんど覚えていないからである。他愛ない会話をする余裕もなかったのだ。多忙の極みだった。

 そうして仕事を片づけ、ほとんど不眠不休でようやく半日の時間を空けることができた。それが、今日である。


 優はすぐに麒雲館に向かった。何か話したいことがあるわけでも、気を紛らわしたいわけでもない。ただ、あそこに行けばムラサキに会える。それだけが理由だった。

 それがいかに優らしからぬ行動理由であるかを、優本人は自覚していなかった。




 久しぶりに麒雲館を訪ねた優は、望み通りムラサキとの再会を果たした。しかし、やっと顔を見られたというのに、ムラサキは妙につれないない態度である。将棋は大敗し、おまけになぜ大敗したのか事細かに説明までされ始めた。

 滔々と語るムラサキの声に耳を傾けながら、優はいつの間にか目蓋を落としていた。


 ────そうして、次に目蓋を持ち上げたのは長い時間を経てからのことである。


 皮膚の上から優しく刺激するような、暖かな陽差しを感じて優は意識を浮上させた。障子の向こうから陽の光が淡く寝台に差し込む。朝陽だ。そう、間違いなく朝陽である。優が麒雲館を訪ねたのは夜だったはずだ。

 はっと瞠目した優は咄嗟に身を起そうとして、しかし、ぴたりと動きを止めた。目の前にムラサキの顔があったからだ。


「……どういう、状態だ」


 寝台の上に、二人で横たわっている。向かい合って。まるで、ムラサキを抱き締めて眠っていたかのような距離だ。

 ムラサキはまだ眠っているようだった。優は念のため自身とムラサキの体を目視で確認し、互いの衣服に一切の乱れがないことを受け止める。手は出していないし、出されてもいない。只管、眠っていただけのようだ。優は安堵したような、どこか惜しむ気持ちがあるような曖昧な気分になった。



 皮肉なことに、ここ最近では今が一番思考が冴えわたりすっきりとしている。随分と熟睡していたらしい。

 閉ざされた障子から零れ入る朝陽に柔らかく照らされ、ムラサキの髪がきらりと光る。ぺたりとした黒髪。優は唐突に理解した。最初に抱いていた違和感の正体を。髪だったのだ。

 近くで見てようやく気づいたが、ムラサキの髪は何故か無理やり黒色に染めているようであった。ただ、髪を染めるための正規の染料ではないものを使用しているのだろう。ぺたりとした艶のない黒が、染料の質の悪さを感じさせる。

 しかし、そんな髪の劣悪さなどまるで気にならない。それほどに優はムラサキという一人の人間を気に入っていた。元々、人の美醜などに優はそれほど興味がない。

 そんな優でさえも、ムラサキを見ていると美しいとはこういうものなのだろうと思わせられる。外見だけの話ではないのだ。それを何と言葉にすれば良いのか優には分からない。しかし、その魅力が彼が部屋付き男娼を続けられる理由のひとつだろう。



 あの日、蝋燭の揺れる炎に照らされて一瞬だけ見えた紫紺の双眸。朝陽の下、しかもこの至近距離であればきっとあの日よりさらにその色は鮮明に見えることだろう。優の中に経験したことがない種類の欲が生まれてくる。胸の奥が疼く。あの美しい瞳が自分を映す瞬間が見てみたい。

 不意に、ムラサキが身じろいで髪の毛が流れた。優はムラサキの顔を隠すような無粋な髪を片手で梳いて彼の耳にかける。そういえば、ムラサキに触れるのはこれが初めてだ。意識した途端、指先が火傷したように熱くなった。


 目の前で無防備に眠るムラサキがいる。簡単に触れられるほど近くに。手を伸ばせば抱え込めるような距離。

 ふるりとムラサキの閉ざされていた目蓋が震えた。そして────、それがゆっくりと持ち上がっていく。

 目蓋を縁取る睫毛の奥から紫紺の瞳が姿を現す。ムラサキの瞳は自身の居場所を確認するかのように天井を見上げ、ゆっくりと動いていく。ゆらりと揺れた紫紺の瞳が、とうとう目の前の優をとらえた。優の顔を映した瞬間、その双眸が柔らかく細められる。

 ムラサキの目が自分だけを見ている。指先の熱さが全身にまで波及した。この熱の正体は、何だろうか。

 混乱する優を余所に、ムラサキが起き抜け特有の力のない声で言葉を紡いだ。


「おはよう」


 陽の光が眩い。障子を通して和らいでいるはずのそれが、優の視界を鮮やかに彩る。ムラサキの周りにきらきらと光るそれは、陽の光の反射だろうか。

 優の背中を押すこの衝動は、何なのだろう。思考を巡らせる間もない。



 気づけば優は、吸い込まれるようにしてムラサキの唇に自分のそれを触れさせていた。



次回は優が暴走?します。

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