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月華の紫石英  作者: あっとまあく
鉱甲山国編
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第三章「隣接」陸

<あらすじ>母国・天満月の転覆と共に国外へ売り飛ばされた紫焔は、海を渡った先の国で男娼として生活していた。しかし、そんな紫焔のもとに不穏な噂話が舞い込む。何者かが銀色の髪の持ち主を探しているというのだ。それは、紫焔の特徴と一致していた。娼館の人間を巻き込むことを恐れ、紫焔は娼館を出る決意を固める。

 母国で親しくしていた元大将・紅蓮と再会を果たし、追手から逃れるために海へ出た紫焔たちは紆余曲折を経て異国の地・巌流国へと到着する。ひとまずは追手を撒くことに成功し、紫焔たちは一時の平穏を得た。そこで紫焔は、母国が滅んだ日に犯した罪を紅蓮に告白する。長年の蟠りを解決したことで旅の目的を今一度確かめることとなった一行は、話し合いの結果、追手を次々と送り込んでくるその元凶と思しき人物が紫焔たちの母国にいると考え、天満月へと向かうことを決意したのだった。

 新たな地で出会った幼い少女・風風と彼女の付き人・来来。二人の母国を目指し旅をする紫焔たちだったが、風風たちの母国まであと少しのところで一行は突如何者かに襲撃されてしまう。目が覚めると紫焔たちは離れ離れになっていた。誘拐された風風たちを取り戻すため、紫焔たちは動き出す。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・実在しない薬物描写がありますが、薬物推奨の意図はありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


六.


 岩壁を登り切った紅蓮(ぐれん)は、僅かな間でどこからか縄を調達してきた。片側は太い木の幹に巻きつけて固定し、紅蓮が縄を引く。崖の下にいる紫焔(しえん)来来(らいらい)は一人ずつ縄で胴体を固定し、縄を助けに岩壁を登った。

 まず紫焔が最初に崖を登り切ると、次は紅蓮と紫焔が一緒になって縄を引き、足を負傷している来来の体を引き上げる。二人のおかげでそれほど足に負担をかけず登り切ることができた。


 来来はすぐに風風(ふうふう)たちが連れて行かれたであろう道を説明した。先回りして襲撃犯を待ち構える前に、少しでも武器となるものを手に入れる必要がある。

 そこで、紅蓮に誘導されながら壊れた馬車まで移動した。どうやらこの馬車は、風風たちを攫った連中に襲われていたようだ。すでに馬車は捨てられ、乗員も車を引く馬の姿も見当たらない。紅蓮が縄を調達してきたのはここからだったらしい。

 幸いなことに馬車には僅かながら荷物が残っていた。その中には短剣の類もある。しかし、金銭の類は一切なかった。襲撃犯がこの馬車を襲ったのは金目の物が狙いだったからだろう。

 血痕が落ちている様子がないため、馬車に乗っていた人間は襲撃されてすぐに逃亡したようだ。来来は残された短剣を手に取って懐に入れた。拝借するのは忍びないが、素手で待ち伏せするのはさすがに心許ない。


 風風たちを誘拐した連中は国の命を受けるような正規の人員ではなかった。彼らはおそらく、表から堂々と帰国する道は使わないだろう。人目を避けて入国するはずだ。

 鉱甲山(こっこうざん)は山に囲まれているため、必然的に人が通れる道は限られてくる。それらの情報から推測し、来来は連中が通る道に当たりをつけた。荷車がぎりぎり通れる畦道がある。その道ならば人目につかず、ひっそりと風風たちを入国させられるだろう。その道を通るには正規の道よりも遠回りになるため、時間がかかる。来来たちが彼らに追いつける可能性は高い。


 来来の先導に従って、三人は獣道を走った。足が痛むが、止まるわけにはいかない。紫焔は最初こそ二人の怪我の具合を気にしていたが、紅蓮も来来も素直に止まるわけがないと察したらしく途中からは何も言わなくなった。それでも時折、心配そうに窺ってくる視線を感じる。紅蓮は紫焔を庇った形で怪我をしたので、彼に対しては尚更。負い目があるのだろう。

 怪我をすれば、それをきちんと報告するべきだと紫焔は来来に言った。それは、紫焔が風風の立場から見た従者への気遣いを知っているからだろう。無事に風風たちを救出したあかつきには、紫焔の忠告に従って怪我の具合を風風に報告してみようか。風風は怒るだろうが、きっと心配して気を揉む。今の紫焔のような顔になるだろう。

 来来は紫焔の従者でもなんでもないが、どうやら紫焔は本気で来来のことも心配しているらしい。すべてが無事に片付いたら、その時は紫焔にもう大丈夫だと伝えよう。そうすればきっと、彼を安心させられる。


 来来たちは獣道の途中で畦道を進む荷車と遭遇した。車を引く馬を操縦している男には見覚えがある。来来たちを襲撃してきた連中の一人だ。おそらくは荷車の中に風風たちが乗せられているのだろう。

 三人は木々に身を隠しながら荷車を追い越して畦道に下りた。相手を待ち構えて襲撃し、風風たちを救出する作戦だ。奪還されたものを奪還し返すということである。


 敵の制圧を担当するのは単騎で十二分に戦える紅蓮。荷車に乗せられているであろう風風たちの救出を担当するのが来来と紫焔だ。不安定な道を進みながら荷車が近づいてくる。互いに視線で合図を送って動き出した。

 真っ先に行動を起こしたのは紅蓮だ。馬を操る運転手を一撃で昏倒させ、襲撃に気づいて応戦してきた他の男たちと刃を交える。運転手を失った馬の手綱を捕まえた紅蓮によって荷車が動きを止めた。その騒ぎに乗じて、来来は紫焔と共に荷車に乗り込んだ。


「お嬢!」


 果たして、そこに風風たちは縛られて座らされていた。紫焔がまず菜々子の拘束を短刀で裂く。解放された彼女は、しかし、足取りが不安定でなかなか立ち上がれないようだった。どうやら何かしらの薬を嗅がされているらしい。それでも菜々子は傍にいた要の拘束を解いて彼を誘導し、二人一緒に荷車から落下するように降りていった。

 残るは風風だけだ。しかし、風風の前には彼女を奪われまいとする誘拐犯の男二人が立ちはだかっている。来来は次の行動を躊躇って動きを止めた。男たちと睨み合う。最初に均衡を崩したのは来来の背後から飛び出した紫焔だった。

 紫焔は男の一人に組みつく。自身の体を回転させる勢いを使って相手を巻き込み、荷車の床へと見事に引き倒した。男が倒れた瞬間、来来は手にした短刀で残りの男に切りかかる。そのまま風風のもとへ駆け寄ろうとした。次の瞬間、男が来来の足元に小瓶を投げつけた。

 割れた小瓶から砂のようなものが溢れてあっという間に来来の体を包んでいく。咄嗟に目蓋を閉じて呼吸を止めたが、すでに吸い込んでしまった何かが体の中に入っていくのを感じた。

 吸い込んでしまったのならば、もう遅い。来来は思考を切り替え、未知の物体への抵抗を止めた。最優先すべきは自分の安全ではなく風風の解放と保護だ。目蓋を開けて風風の傍に駆け寄る。幸い、小瓶から舞い上がった砂のような何かは風風の場所にまでは及んでいなかった。来来は風風の体を持ち上げて荷車から飛び降りる。間を置かずに来来の後に紫焔が飛び降りて来た。身を起こした男たちも、こちらを追って飛び降りようと動く。しかし、止まっていた荷車が突如動き出した反動で体勢を崩した。再び立ち上がろうと足掻く間も動きは止まらず、来来たちとの距離がぐんぐんと離れて行く。

 外を制圧していた紅蓮が運転手のいない馬を走らせたのだ。荷車は男たちを乗せてそのまま畦道を進んで行った。


「お嬢。お待たせしました」

「来来? 良かった。生きてたのね!」


 風風の拘束を解くと、細い華奢な腕が首元に巻きついてくる。彼女は自分の身ではなく来来の安否を気にしていたらしい。来来は抱きついてくる風風の背中を片手で軽く叩いた。

 良かった、はこちらの言葉だ。風風が無事で良かった。彼女の身に何かあれば、来来は生涯悔やんだだろう。風風は来来にとって、家族同然にずっと傍にいた大切な主人なのだ。


 襲撃犯に捕まっていた三人は何かを嗅がされた影響で平衡感覚が戻っていないようだった。使われたのは睡眠薬か弛緩薬か。はっきりしないが、命に別状はなく外傷もない。

 来来は心から安堵して息を吐いた。その息が異常な熱を持っていることに気づいたのは、当人ではなく傍にいた風風だった。


「ちょっと、どうしたの? 大丈夫なの?」


 問いかけられて、ようやく来来は己の不調に気づいた。体の内側から燃えるような熱さを感じる。息を詰めて苦笑した。風風を安心させようと浮かべた笑みだったが、かえって不安にさせたらしい。風風が慌てて紫焔たちを呼ぶ。

 ふらついた足取りで来来の前までやって来た要が、膝を折って来来の容態を確認した。


「何を吸い込んだんだ?」

「……分かりません。茶色っぽい色で、粉のようなもの、でした」


 来来に触れる要の手がひんやりとしていて気持ちいい。要は平熱のはずだ。それを冷たいと感じるほど、来来の体温は上昇していた。


「毒の類、とはちょっと違うか? 体に痛みはあるか?」

「いえ、ただ……」


 不意に意思に反して体が大きく震えた。暴れそうになった四肢を理性で抑え込む。来来の胸の内に抑えきれないような衝動が溢れて今にも発露しそうになっていた。


「たぶんそれ、違法薬物だ」


 要の隣に片膝をついた紫焔が、来来の顔を覗き込んで様子を窺ってくる。


「薬物?」

「以前、麒雲館(きくもかん)に客が持ち込んだことがあった。それを飲むと……朝になっても疲れ知らずだって言って」


 言葉を濁した紫焔の言いたいことを察し、要が悩ましい表情を浮かべる。紫焔の予測が確かであれば、来来が摂取したのは気分を昂らせて疲労を忘れさせる薬物の可能性が高い。


「その客はどうなった?」

「──暴れて手がつけられなくなった」


 紫焔曰く、最初はほんの少しだけ口にしていたらしい。極僅かの量だけでも効果覿面だったようだ。しかし、次第に体が薬に慣れ始め思ったような効果を得られなくなった。結果、摂取する量はどんどん増えていき、男はとうとう我を失った。

 その客がその薬物を摂取する時は、常に水で薄めた状態だったようだ。しかし、今回来来が吸い込んだのはおそらく純度の高い薬物。


 来来は紫焔と要が話す声を聞きながら、必死に拳を握りしめて衝動を抑え込んでいた。しかし、どれほど抑えてもすぐに湧き出て来る。今にも決壊してしまいそうだ。


「来来はどうなるの? 大丈夫よね?」

「お嬢……」


 大丈夫ですよと返したかったが、口が動かない。これ以上口を開けば叫び出してしまいそうだ。


「解毒できないんだったら、とにかく薬が抜けるのを待つしかねぇ」 

「待つって、放置するってこと? 来来、すごく苦しそうなのよ? お願い、なんとかしてあげて」


 切望する風風の声に涙が混じる。それでも、風風の目には涙が浮かんでいなかった。

 風風はみるみるうちに強くなっている。立派にならなければと己を鼓舞し、周囲からの重圧に耐えて、この細い両の足で必死に立っていた。来来はこんな時だというのに風風が誇らしく思えてならない。


「なんとかっていってもな……俺にとっちゃ未知の薬物なんだよ。紫焔、娼館で男が暴れた時はどうした?」


 解決策を求めて、要が紫焔に話を振る。紫焔は数秒ほど押し黙った。しかし、すぐに覚悟を決めたように顔を上げる。


「風風、近くに宿はあるか?」

「宿? このあたりに? ないわよ」

「じゃあ、空き家でもいい」

「空き家……そうね、空き家ならたしかすぐ近くに……でもとても泊まれるような場所じゃないわよ」

「大丈夫。欲しいのは隔離できる場所だから」

「隔離って……」


 来来を空き家に軟禁して、薬が抜けるのを待つ作戦か。解毒できないのであれば、それが今できる唯一の手段かもしれない。納得して胸の内で頷く。

 声を出せない来来は、視線だけを紫焔に向けて了承の意思を伝えた。


「放っておいたりしない。少しでも早く薬を抜く方法がある」


 少しでも早く薬を抜く方法。思わぬ言葉に来来は息を詰める。


「本当に?」


 困惑する来来とは対照的に、風風の声には希望が宿った。紫焔が風風を安心させるように笑っている。


「空き家はこっちよ! 案内するわ」


 紫焔の腕を掴んだ風風が、一秒でも早く空き家へ移動しようと催促した。このまま道で立ち往生しているわけにもいかない。襲撃犯たちが馬を止めてこちらに引き返して来る可能性もある。

 来来たちはひとまず空き家へと移動することにした。自力で動けない体を紅蓮と要が支えてくれる。来来は二人に助けられながら足を引き摺って道を進んだ。


「紫焔、どうするつもりだ」


 紅蓮が声を落として問いかけている。紫焔たちを案内するために先を歩く風風には聞こえないように配慮された音量だった。来来を挟んで反対側から声を上げた要が紅蓮の問いを小馬鹿にする。


「ここでそんな野暮なこと聞くかぁ? 紫焔が何しようとしてんのかなんて分かりきってるだろ」


 なぁ、来来? と要がこちらに話しかけてくるが、来来はとても返事ができる状態にない。結果的に無言の肯定となってしまった。来来の思考は既に不明瞭で、紅蓮たちの話し声も膜を張ったように聞き取り辛い。それも次第に遠のいていく。


 そうして来来はいつの間にか意識を失っていた。



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