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月華の紫石英  作者: あっとまあく
鉱甲山国編
43/81

第三章「隣接」伍

<あらすじ>母国・天満月の転覆と共に国外へ売り飛ばされた紫焔は、海を渡った先の国で男娼として生活していた。しかし、そんな紫焔のもとに不穏な噂話が舞い込む。何者かが銀色の髪の持ち主を探しているというのだ。それは、紫焔の特徴と一致していた。娼館の人間を巻き込むことを恐れ、紫焔は娼館を出る決意を固める。

 母国で親しくしていた元大将・紅蓮と再会を果たし、追手から逃れるために海へ出た紫焔たちは紆余曲折を経て異国の地・巌流国へと到着する。ひとまずは追手を撒くことに成功し、紫焔たちは一時の平穏を得た。そこで紫焔は、母国が滅んだ日に犯した罪を紅蓮に告白する。長年の蟠りを解決したことで旅の目的を今一度確かめることとなった一行は、話し合いの結果、追手を次々と送り込んでくるその元凶と思しき人物が紫焔たちの母国にいると考え、天満月へと向かうことを決意したのだった。

 新たな地で出会った幼い少女・風風と彼女の付き人・来来。二人の母国を目指し旅をする紫焔たちだったが、風風たちの母国まであと少しのところで一行は突如何者かに襲撃されてしまう。目が覚めると紫焔たちは離れ離れになっていた。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


五.


 土と血の臭い。雨粒が頬を打つ。頬に当たったそれが弾けて顎まで伝ってくる。そのひんやりとした感覚で、紫焔(しえん)は目を覚ました。


 真っ先に視界に入ったのは自分の汚れた手だ。地面の上で力なく落ちているその手には細かい掠り傷がいくつもついていた。紫焔は体を動かそうと力を込め、途端に走った痛みに呻く。よく見ると手だけではなく体中に擦り傷があった。一体、自分の身に何が起こったのか。皆は無事なのか。紫焔は思考を巡らせて記憶を辿った。しかし、煙の中で意識を失ったことまでしか思い出せない。


「紫焔さん」


 こちらを呼ぶ声には覚えがある。顔を動かして足音と声の方向を見ると、来来(らいらい)が僅かに足を引き摺りながら近づいてきていた。彼もまた全身擦り傷だらけで汚れている。


「無事ですか? 紅蓮(ぐれん)さんは大丈夫ですか?」

「紅蓮」


 来来に指摘されてはじめて、紫焔は倒れた自分の背後に人の気配があることに思い至った。慌てて上半身を捻って背後を振り返る。紅蓮が紫焔を抱えるような態勢で倒れていた。意識はない。彼は頭から血を流している。どうやら髪の生え際あたりに怪我をしているようだった。


「紅蓮!」


 紫焔は痛みを無視して身を起こした。紅蓮の肩に触れて呼びかけるが、反応はない。


「紫焔さん、ここでは雨に濡れる。移動しましょう。紅蓮さんは私が担ぎます」


 降り注ぐ雨が次第に紅蓮の血を流していく。それでも傷口から新たな血が溢れ、紅蓮の額を汚した。雨で体を冷やさずに休めるところを探さなければ。紫焔は来来の提案に頷いて立ち上がる。

 紅蓮を背負った来来とともに、紫焔はその場から移動した。歩きながら周囲を見回すと、ごつごつとした岩の地面と傾斜の厳しい壁に双方を挟まれているのが見えた。まるで逃げ場のない箱の中のようだ。


「何があったんだ? 要や菜々子は……風風(ふうふう)はどこに?」

「分断されました。あの煙、どうやら意識を奪う薬だったようです。私はたまたま吸った薬の量が少なかったのか、ぎりぎり意識を保っていたのですが……」


 紫焔たちがこの場所で倒れるまでの状況を思い出すように、来来が一歩ずつ足を進めながら話す。


「朧気ですが、覚えています。襲撃犯が煙を巻いてから降りてきてお嬢たちを捕まえた。同時にこちらに来た連中が私たちを捕まえ、あの上から落とした」


 来来が顔を上げて壁の先を示す。彼の話からして、紫焔たちは襲撃犯によって崖の下に落とされたらしい。あんなところから落とされて生きているのは奇跡だ。


「紫焔さんは完全に意識を失っていましたから……紅蓮さんが駆けつけてくれて良かった」


 紫焔は来来に背負われた紅蓮を見つめた。来来によると、落とされた紫焔を追いかけるようにして紅蓮が崖下に飛び込んでいったらしい。紅蓮が紫焔の背中側に倒れていたのは、紫焔を守りながら落下したせいだろう。


「風風たちはどこに落とされたんだろう?」

「いえ。お嬢は落とされていません。菜々子さんも、要さんもです」

「……つまり、狙いは風風だった?」

「おそらく。お嬢と私ではないでしょうか。しかし、相手はこちらの容姿をあまり知らなかったか、碌に確認もしなかったか。どちらかでしょう。女性という情報とその女性の従者を狙った。菜々子さんと要さんは巻き添えに連れ去られたように思います」

「風風と菜々子、()()()()()()()()()()見分けがつかなかったってことか」

「私はそのように思いました」


 来来の想像が正しければ、襲撃犯は情報収集は甘いが実行力のある者。もしくは、仕事は大雑把だがやり遂げるだけの強引さを持つ者となる。隙があるところはこちらとしてもつけ入りやすい。しかし、その強行さは危険だ。

 勘違いで連れ去られた要と菜々子の安否は風風以上に危うい。


「来来、あそこ」


 紫焔は道の先に洞穴があることに気づき、声を上げて指差した。すぐに来来と共にその洞穴に入り、紅蓮を地面に寝かせる。まだ彼の意識は戻っていなかった。ここに要がいれば、すぐにでも彼の状態を診てもらえるというのに。

 しかし、ないものねだりをしても始まらない。紫焔は覚悟を決めて紅蓮の傷口を検めた。


「紫焔さん?」

「俺じゃ正直どこまで出来るか分からないけど、要に少しずつ教わってたんだ。応急処置の方法」

「手伝います」

「ありがとう」


 紫焔は出来る限りの手当てを紅蓮に施した。その間に来来が火を起こしている。彼は火種を持っていたらしく、それほど苦労せずに火をつけた。光源によって洞穴の中が一気に明るくなる。

 雨で塗れた紅蓮の上着だけでも脱がせ、火の傍に置いて乾かした。相変わらず意識は戻っていないが、今のところ紅蓮の呼吸は落ち着いている。発熱もないようだった。


「紫焔さんも温まってください。あなたが体調を崩しては、紅蓮さんも浮かばれないでしょう」


 服を絞って水を落とす来来の隣で、紫焔は腰を下ろした。雨はどんどん激しさを増している。ちらりとのぞいた来来の横顔は不安定で、彼が冷静さを保ちながらも心の中で風風の安否を気にしているのだろうと察せられた。


「来来、足を見せてくれ」


 歩けることは先ほどから見ているので分かっている。それでも、動き辛そうにはしていた。もしかしたら襲撃犯に落とされたことで怪我が悪化してしまったのかもしれない。彼はその状態で紅蓮を運んでくれたのだ。

 来来は素直に足首を見せてくれた。襲撃前に確認したときは問題なさそうだった足首が赤く腫れてきている。紫焔は服を裂いて来来の足を固定した。


「気休め程度だろうけど」

「感謝します。紫焔さん」

「紫焔でいいよ。風風だってそう呼ぶ」


 来来は困惑したように眉尻を下げ、苦笑を浮かべる。可笑しなことを言った覚えはないのだが、紫焔は不思議に思って首を傾げた。


「いえ、私は従者という立場なので」

「それは風風にとってはの話だろ?」


 紫焔にとっては、風風も来来も旅先で出会った縁のある相手だ。


「あのさ」


 洞穴の中、揺れる炎の光に照らされた来来を見る。白茶の髪と目に炎の橙色が混じっていた。


「今から余計なお世話をするけど」

「それ、宣言するようなことですか?」


 来来が顔を綻ばせる。紫焔も笑みを返してから、来来の足首を指差した。


「怪我のこと、これからは風風にも言った方が良いと思う」

「何のためにですか」


 わざわざ告げる意図が分からない。来来の顔にそう書いてある。自分の状態を報告しないのは、彼にとっては風風への気遣い以前の話なのだろう。当たり前のことすぎて、疑問にも思わないのだ。


「風風は知っておきたいと思うだろうから」

「何故?」


 まだ少ししか知らないが、風風の為人(ひととなり)に触れた紫焔は、きっと後から来来の怪我を知れば彼女は落ち込むだろうと思った。そして、来来のことも自分のことも全てひっくるめて怒るだろうとも。


「責任感、と心配から。かな」


 来来は懐疑的な視線を寄越す。納得いかないらしい。


「俺だって、たとえば紅蓮が俺を庇って怪我をしたのにそれを隠して無理されてたら嫌だ」

「……分かりました」


 やはり余計なお世話だったようだ。来来が躊躇いがちに口を開いた。


「紫焔……は、紅蓮さんの主人なんですよね?」

「え、あ~。主人というか、なんというか。まぁ……」

「それにしては、紅蓮さんは随分とくだけた態度です」


 出会いがそもそも特殊だからだろう。あるいは、紅蓮が元からかしこまる[[rb:性質 > たち]]ではないからだ。どのように説明すべきか悩んだ結果、紫焔は何も説明しないことにした。


「えーと、紅蓮はほら紅蓮だから」

「何だそれは」


 背後から突然、会話に割って入られる。紫焔は驚いて振り返った。気を失っていた紅蓮が重そうに目蓋を持ち上げている。ようやく意識が戻ったのだ。紫焔は飛びつくように紅蓮のもとに移動した。


「大丈夫か!?」


 口に出してから後悔する。大丈夫なわけはない。紅蓮は紫焔を庇いながら落下して頭を打ったのだろうから。

 起き上がろうとした紅蓮を押さえて寝かせる。頭部に宛がった包帯がわりの衣服の端切れに触れた。血は止まっているようだ。


「頭を怪我してるんだ。安静にしてないと」

「時間がないんだろう。俺はどれくらい寝ていた?」

「俺が起きてから半刻も経ってない」


 落とされてからどれほど時間が経過しているのかは定かではないが。


「またこういう状況になるとはな」


 紅蓮は洞穴の天井部を見上げたままぽつりと呟いた。


「また?」

「遠征任務の時にも落とされたんだ。間抜けな話だが」


 それは天満月(あまみつつき)の国を転覆させるための布石の一つ。紅蓮たちを城から遠ざけた遠征任務のことだ。


「遠征任務……?」


 来来に不思議そうに反復され、この場にいるのは紫焔と紅蓮の二人だけではなかったことを思い出す。負傷しているうえに起き抜けで、さすがの紅蓮も油断していたのかもしれない。しかし、すぐに状況に気づいたのか、彼は双眸を手のひらで覆って息を吐いた。


「すまん。忘れろ。頭を打って混乱したようだ」

「紅蓮さんはもしかして、どこかの国の軍に所属を?」


 その主人が紫焔ということは、と来来が考え込むように俯いた。紫焔は咄嗟に来来の手首を掴んでこちらを向かせる。要と同じ轍を踏むわけにはいかない。


「何を考えても構わない。それは来来の自由だから。でも、頼む。何に気づいたとしても絶対に口にしないでほしい」


 来来の瞳が揺れて、紫焔を映す。瞬きも忘れて彼を見つめた。お願いというよりも懇願だ。紫焔の必死さが伝わったのか、来来は唇を引き結んでこくんと頷いて返した。

 二人は自然と無言のまま顔を見合わせ、恋人でもない大の大人が黙って見つめ合うという傍から見ると奇妙な光景となる。


「いつまでそうしてるつもりだ」


 紅蓮が間に入ってくれたおかげでようやく紫焔は来来から視線を外せた。二人して照れたような笑いが口から零れ落ちる。憮然とした様子で紅蓮が身を起こし、寝苦しいだろうからと紫焔が緩めていた衣服を整え出した。

 彼は刀剣を腰に下げ直して立ち上がる。このような状態なのに、少しもふらつく様子がない。どこまで頑丈で我慢強いのか。しかし、彼が怪我をしている事実は変わらない。


「動くなって」

「俺を安静にさせて、来来に任せて自分ひとりで動くつもりか?」


 まだ何も言っていないのに、紅蓮は思考を読んだかのように紫焔の考えを言い当てた。


「それを俺が許すとでも?」

「いやぁ……」


 答えに窮すると、紅蓮は得心がいったように口許を緩めた。


「俺が起きる前に動くつもりだったか。生憎だったな」


 紫焔の隣で来来が瞠目している。馬鹿なことをと言いた気な顔でこちらを見ているのが分かった。


「でも、来来は足を怪我してるし紅蓮は俺を庇ったせいで頭に怪我をしてるだろ」


 この中で一番動ける状態なのは紫焔なのである。


「俺は紅蓮のおかげで元気だから、風風や要たちを探しに」

「危険です。相手は矢を射かけて来るような連中ですよ? 崖から落とされもした。我々が生きているのは偶然です。そんな連中相手に一人でなんてとても無理だ」


 来来が困惑気味に言い募る。


「どうやら来来の方が物分かりが良いらしい」

「でも風風が捕まった以上、一刻を争うんじゃないのか……」

「命が狙いなら一緒に崖に落としてるか、その場で殺されてる」


 相手は風風たちをあえて誘拐した。そして、邪魔な人間である紫焔たちを始末したつもりでいる。風風たちを殺すのではなく捕らえたのは、生かしておく理由があるからだ。

 風風を鉱甲山の法で裁き、正式に犯人としたいのだろうか。しかし、そうなってくるとやはり別の問題が浮上する。


「要と菜々子が危ない」

「そうですね。勘違いで連れ去られたとすれば、無関係な人間だと気づかれた瞬間に命が危うくなる」


 残された時間はあまりない。

 紅蓮はすでに移動の準備を整えている。どうやら自分で動けるらしい。どこまで信じて良いものか迷うが、今のところ怪我を感じさせる不安定さは一切なかった。

 紫焔は来来の足を見下ろした。彼の怪我がこれ以上悪化しないように無駄骨になるような行動は控えたいが、三人が今居る場所から風風たちのところまでどの程度距離があるのだろうか。見当もつかない。


「敵がお嬢を捕らえて命を奪わなかったのは国へ連れ帰るためでしょう」

「国で罪に問うために……?」

「おそらくは。しかも連中にとって好都合なことに、今のお嬢には逃亡犯という罪状まで上乗せされている」

「見せしめに処刑するには最適な存在ということだな」


 来来の予想を引き取った紅蓮は、洞穴の中から顔を出して周囲を窺った。敵の目はない。振り返った彼は紫焔たちを促す。紫焔は来来と頷き合って、洞穴から出る決心をした。

 当然のように先導する紅蓮に早足で追いついて、紫焔は彼に耳打ちした。


「具合が悪くなったらすぐに言えよ」

「問題ない」

「紅蓮」


 聞く耳を持たないのはどちらだ。紫焔は一歩先行した紅蓮の腕を掴んで制した。赤銅色の双眸がこちらを見返す。肯定以外の返事は受け入れないつもりで紅蓮を睨んだ。紫焔の強固な姿勢を感じ取ったのか、紅蓮が溜息を吐いた。のびてきた手が銀色の髪を乱暴に撫でる。


「分かった」


 その言葉が嘘が真かを知る術はない。紫焔はひとまず納得したふりをして、移動を再開した。



 三人は現在、風上へと向かっている。地面が微妙に傾斜していて足元は悪いが、進めないほどではない。


「来来、足は大丈夫か」

「大丈夫です。風風たちを国へ連れて帰るならどの道を通るか見当がつきます。上手くいけば先回りできるかも。ここを出られれば、の話ですが」


 紫焔は自分たちが落ちて来た崖の頂上付近に視線を動かし、空を仰ぐ。そそり立つ巨大な壁を何の道具もなしに登り切るのは至難の業だろう。紅蓮や菜々子であれば、あるいは可能だろうか。

 今の紫焔たちにとって、風風たちを救出することは最優先事項だ。国に入られる前に救出しなければ最悪の事態になる。一人でも先に進むべきではないか。紫焔は再び思案して、紅蓮の顔色を窺った。調子が悪そうには見えないが、怪我をしているのが頭ということもあり、楽観視はできない。できないが────。


「紅蓮」


 紫焔は岩壁に手をついて指を引っかけた。


「紅蓮なら、ここを登れるか?」


 足を止めた紅蓮が上を見上げる。沈黙は数秒にも満たない。


「やってやれないこともないだろう。幸い、手足は無事だ」

「えっ」


 躊躇のない返答。それに素直に驚く来来の反応が新鮮で、紫焔は少し気を持ち直した。


「誰かが上に登って、上から引き上げてもらえばここから脱出できるんじゃないか」

「それを紅蓮さんが?」

「本当は俺がやるって言いたいけど、登りきれるかどうか……」


 紫焔は自分の実力のなさを痛感している。自分は紅蓮や菜々子のようにはできない。今ここで無謀な賭けに出て、皆を巻き込めば事態はさらに悪化するだろう。

 触れた岩壁には指や足先を引っかけられそうな凹凸があちこちにある。しかし、それだけを頼りに頂上まで登るのは常人には困難に思えた。


「誰が登るか考えるまでもない。俺が行く」

「待ってください。危険です」

「ならお前が登るか?」


 紅蓮に問われた来来が口を噤む。来来は足を怪我しているのだ。何の助けもなく崖を登っていくことなどできるはずもない。紅蓮は最初から返答を期待していなかったのか、岩壁に指を掛けて上を見上げている。

 彼が有無を言わせぬ調子なのは、先を急ごうとしているからだ。起きてからずっとそうだった。紫焔は肩を落とす来来に近寄ってこっそり話しかける。


「来来、紅蓮も風風たちのことが心配なんだよ。だから一刻も早く駆けつけたいんだ」


 普段から感情をあまり表に出さない男だ。分かり辛いが、紅蓮は冷酷な人間ではない。来来は紫焔の内緒話に柔らかく笑みを返した。きちんと伝わったらしい。


「ここを動くなよ」


 紅蓮がその大きな体をものともせずに身軽に登っていく。


「落石に注意しろ」

「分かった」

「お気をつけて」


 紫焔と来来を見て、岩壁に向き直った紅蓮はどんどん上へと進んで行った。

 紅蓮の姿があっという間に遠ざかっていく。その様子を見上げる来来が呆気にとられていた。紫焔も同じ気持ちだ。彼ならばできると確信していたが、実際に目にするとその凄さに驚くばかりである。

 この調子であれば、紅蓮はすぐに頂上まで登り切れるだろう。風風たちを救出に行くまで、きっとそれほど時間はかからない。



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