第三章「隣接」壱
第三章です。新しい国、新しい出会いの話。
今回は序章的な内容です。
冒頭にものすごく大雑把なあらすじがあります。
以下、注意書きです。
・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です
・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません
・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです
・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります
当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。
どうぞよろしくお願いします。
※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止
母国・天満月の転覆と共に国外へ売り飛ばされた紫焔は、海を渡った先の国で男娼として生活していた。しかし、そんな紫焔のもとに不穏な噂話が舞い込む。
何者かが銀色の髪の持ち主を探しているというのだ。それは、紫焔の特徴と一致していた。娼館の人間を巻き込むことを恐れ、紫焔は娼館を出る決意を固める。
母国で親しくしていた元大将・紅蓮と再会を果たし、追手から逃れるために海へ出た紫焔たちは紆余曲折を経て異国の地・巌流国へと到着する。
ひとまずは追手を撒くことに成功し、紫焔たちは一時の平穏を得た。そこで紫焔は、母国が滅んだ日に犯した罪を紅蓮に告白する。
長年の蟠りを解決したことで旅の目的を今一度確かめることとなった一行は、話し合いの結果、追手を次々と送り込んでくるその元凶と思しき人物が紫焔たちの母国にいると考え、天満月へと向かうことを決意したのだった。
一.
予定通りに船を捨て馬を手に入れ、一行は巌流国を出国した。
旅の仲間は紫焔、紅蓮、要。そして、この国で紅蓮と再会を果たした菜々子の四人である。紫焔たちは巨大な岩の壁が乱立している巌流国の国境を越え、不安定な道を進んだ。
次第に岩々の隆起は収まり、平坦な地が広がり始めた。騎乗の要は大層満足したのか、ご機嫌で馬を進めている。向かう先は巌流国の隣国。小国の草々原である。馬を走らせれば一日もかからずに辿り着く場所にある国だ。
途中で馬を休ませつつ、順調に移動していく。砂埃がほとんど立たない環境になり、紫焔も心なしか機嫌が上向いた。巌流国は魅力的な国だが、あの砂埃には慣れない。目も口も難なく自由に開け閉めできる今が至福のように感じられる。
「もうすぐ着くぞ」
何度目かの休息で、紅蓮が告げた。
草々原は極僅かな国民が暮らしている国らしい。自分たちで農耕し、牛等の動物を育てて生きている。狩猟で食料を賄ってもいるようだ。草々原は入国の際に審査と呼べるものがほとんどなく、国境も未だに曖昧で開けた国だと紅蓮は言った。
世の中には様々な国があり、そこで暮らす人々の生活がある。どこの国にも困難なこともあれば、優れたところもあるのだろう。
紫焔は一度人攫いから逃亡を果たした後、暫くは周辺の国で逃げ隠れしていた。しかし、その後再び人攫いに捕まり売り飛ばされた。それ以来、ずっと陽輪ノ国で生きてきた。書物や新聞で知識として知っていることが多少はあれども、実際にこの目で様々な国を見るのは初めてだ。
それぞれの国によって、人々の営みもまた変化する。それらにこうして触れることができるなんてとても貴重な経験だ。紫焔は自分が途方もない贅沢をしているような気がして浮かれそうになる心を鎮めた。
巌流国に到着した頃とは違い、紫焔たちには目標がある。そのため、草々原は通過する程度にしか滞在はできない。できることは物資の補給と一時の休息くらいだろう。
馬を走らせていると、遠くの方にうっすらと建物らしきものが見え始めた。頂点が丸い建物が間隔を空けていくつも建っている。半円形のような建物だった。
「あそこが草々原です」
「菜々子は行ったことあるのか?」
「ありますね。天満月から出た後、巌流国へ行く前に滞在しました」
「どんなところだった?」
「とても温厚な国でしたよ。流れる時間があそこだけ違っているかのように錯覚してしまうような場所で」
菜々子の説明を頭の中で思い描いてみる。紫焔は視線の先にある草々原をじっと見つめた。
「草々原を出たら次は少し険しい道を行くことになる。馬を十分に休める必要があるな」
「旦那、険しい道ってどんなの?」
「崖伝いに進む道だ」
「そりゃ険しい道だ」
本気か、と要が肩を落とす。紅蓮も菜々子も「その道が一番人目につかない」と説明した。どうやら草々原が紫焔たちにとっては安息の地となりそうである。
草々原が間近に迫ったところで紫焔は手綱を引いて馬を止めた。視界いっぱいに広がる土地に瞬く。その名の通り美しい草原と、豊かな田畑がどこまでも続いている。牛や羊の姿も見えた。一見すると、人の数の方が少ないようだった。深呼吸すると澄んだ空気が肺に入ってくる。風にそよぐ草原の青々しい姿が眩い。
紫焔たちは問題なく草々原に入り、馬を預けた。必要なものを調達するために、まずは要の希望通り二人一組となって別れる。紅蓮と紫焔、要と菜々子の組み合わせだ。紅蓮と紫焔は情報収集と衣服の調達。要と奈々子は食糧の調達担当となった。これから一行は北へと進むため、気温はどんどん下がっていく。それに応じた衣服が必要なのである。
紫焔たちは衣服が売られている布の専門店らしき建物に入った。色とりどりの生地があちらこちらの天井や壁にかけられている。目にも鮮やかなその空間は、紫焔からすると一際異国の情緒に溢れていた。華やかな生地がまるで生き生きと輝くように並んでいる。
「これは、目立つな……」
思わずぼやいた紅蓮の意見も最もだ。とても美しいが、人目を避けたい紫焔たちにとっては少々華やか過ぎる。他の物がないか店主に確認してくると言って、紅蓮が紫焔のもとを去った。紫焔は去り際の「動くな」という紅蓮の言いつけを守り、その場にじっと留まっている。言いつけを破って紅蓮に睨まれるのは御免だ。
そこで不意に、店内にいた他の客たちの世間話が耳に入った。
「怖いのねぇ」
「だからあんまり外の方に行っちゃだめよ」
「そうする」
「この前なんか、成人したばかりの男の子までいなくなったって言うじゃない」
「聞いた聞いた! 信じられない話よね。気をつけないとね」
「きっと誘拐されてるのよ。まだ若い子ばかりじゃない? 急にいなくなってるのって」
「そうよねぇ」
不穏な内容に黙っていられなくなった紫焔は、あっさりと言いつけを破って彼女たちの方に歩み寄った。念のため外套の帽子を深く被り、髪の色が目立たないようにする。
「あの、すみません」
「あら」
「外国の方?」
頭から足の先まで見分され、紫焔は苦笑した。草々原の国民とは服装の雰囲気がまるで違っているので、ぱっと見ただけで紫焔が国外から来た者だと分かるのだろう。
「そうです。だから事情をよく知らなくて。よかったら教えてくれませんか? 今話してたこと」
「ああ、そうね。外国の方なら何も知らないから余計危険かも」
「あなたまだ若そうだし、気をつけてね」
「ありがとうございます。誘拐っていうのは本当なんですか?」
「まぁ、噂なんだけどね。でも人がいなくなってるのは本当よ」
「ただでさえこの国は人が少ないからねぇ。働き手がいなくなるのは本当に困るの」
「そんなにたくさんいなくなってるんですか?」
紫焔は驚いて前のめりになった。
「たしかこれで四人目だったかしらね」
「あら、でもほら。最近来たばかりだった旅の人。あの二人も急にいなくなったわよね?」
「そういえばそうね。見かけないわ。もしあの二人も攫われたんだとしたら六人になるわね」
「四人だって十分多いと思うけど、なんでも本当にぱったりといなくなってるもんだから国も探そうとしないのよねぇ」
「やれ駆け落ちだの、国から逃げただけだの言ってね」
「本当にそうかもしれないけど」
あはは、と笑う彼女たちに紫焔も笑みを返す。
「いなくなった人たちの特徴が似てるなんてことは?」
「特徴? そうねぇ」
「あれじゃない? ほら、全員若くてきれいだった」
「あー! そうね。そうだわ。きれいな顔の子からきれいな目やきれいな髪の子まで。とにかく人目を引く、そんな子ばかりよ」
「若くてきれいな子ばかり……」
紫焔は思案しつつ、重ねて尋ねた。
「どのあたりが危ないとか、そういう噂はあるんですか?」
「草々原は見晴らし良いところばかりだからねぇ。危ない場所って言ったらあそこしかないわ」
「ええ、本当にそう。谷があるのよ。国の端の方にね。歩いてると突然ぽっと現れるみたいに出て来るから行くときは気をつけてね。その谷は底なしって言われるほど深くてね。国の人間はあまり近づかないの」
「だからそのあたりの土地の手入れもほとんどされなくてね。あそこだけよね、草木が生い茂ってて見晴らしが悪いの」
「そうなのよねぇ。だから余計に谷が急に出てきたみたいに見えるんだけどね」
彼女たちの話をまとめると、草々原では近頃いなくなる若者が続出している。その若者は綺麗な子ばかりで、皆ぱったりといなくなっていた。草々原の中で人目につかない場所といえば国の外れにある谷だという。
紫焔は思案顔をひとまずは隠し、噂話を聞かせてくれた二人に笑顔を向ける。
「ありがとうございます。たくさん話を聞かせてもらえて助かりました」
「いいのよ。持ちつ持たれつってね」
「でもあなた、谷には行っちゃだめよ。危ないんだから」
「そうよ。それにあなたの目、すごくきれいだもの。あら、もしかして髪も変わった色なのかしら? きれいな子は攫われちゃうわよ。気をつけてね」
「ありがとうございます」
それは、彼女たちの心からの忠告だった。親切心に感謝して、紫焔はもう一度礼の言葉を口にする。
「紫焔」
丁度話が終わったところで紅蓮に腕を掴まれた。言いつけを守らずに移動していたせいか、紅蓮の表情は少し固い。
「ごめん」
「勝手に動くな」
「うん。けど、地元の人に話を聞いてたんだ。情報がある」
「情報?」
紫焔は聞いた噂話を紅蓮に伝えた。
「人攫いの可能性か」
しかも、彼女たちが話していた怪し気な場所の谷は、これから紫焔たちが通り抜ける道筋にある。その谷を通り過ぎ、崖伝いに進む予定なのだ。
「そこに首を突っ込みたいと?」
紫焔の心の内を読み取った紅蓮が、剣呑な視線を向けてくる。紫焔はこくりと頷いて返した。すぐに呆れた溜息が返ってくる。寄り道している場合かと言いたいのだろう。しかし、寄り道という程でもない。何故なら、そこは最初から通り抜ける予定だったからだ。遠回りにはならない。紅蓮もその言い訳を聞かずとも理解しているのか、溜息は吐いても拒否はしてこなかった。
関わるにしろ無視するにしろ、どちらにしても谷を通ることになる。関わろうとせずとも巻き込まれる恐れは十分にあった。紅蓮からすれば、紫焔のこの見た目は価値があるものらしい。
もしかしたら、行方不明になっている者の特徴である「若くて綺麗」に該当するかもしれない。そうとなれば備えておくことに異論はないのだろう。
「田城や菜々子にも言っておかんとな」
紅蓮は諦めたように言って、手にしていた衣服を紫焔に手渡す。それは店内のどの商品よりも落ち着いた色合いで、丈夫そうな生地だった。
「あったかそうだな」
風を通し難そうな衣服を撫でて紫焔は喜んだ。布地の裏側にはかなり華やかな刺繍が施されていたが、そこは見ないふりをしておく。外から見えなければ人目にはつかないだろう。それにしても、一つ一つ実に手が込んでいる。草々原の国民は、もしかしたら細やかな仕事が得意なのかもしれない。手先がとても器用だ。
満足気に衣服を抱えた紫焔を見下ろし、紅蓮が視線を店の外へと向けた。
「田城たちと合流しよう」
「そうだな」
約束した合流地点は草々原で唯一の酒場である。ここならば迷うことはない。
衣料品店を出て酒場に入ると、店内では既に要と菜々子が席に着いていた。円卓型の机の脚には一本ずつ彫って描いた柄がある。こんなところまで細工を施しているようだ。
二人と合流し、椅子に座った紫焔がスープを頼むと、たいして待たされることもなく料理が運ばれてきた。その皿や匙にまで細かな彫り物があった。どれも丁寧で洗練されている。円卓上に置かれたスープはほわほわと湯気をたてていた。匙で掬ってみると、中にはごろりとした芋や人参が入っている。栄養豊富で温かい。口に含むと体がほかほかと温まっていく。香辛料もたっぷりでとても辛かった。しかし、美味しい。
要は珍しく酒ではなく牛乳を飲んでいた。本人曰く、かなり濃厚で深みがあるらしい。一方、菜々子は既に皿を空にしていたが、聞くところによると麺を食べたらしい。こちらもとて辛い食べ物だったようだ。この国での味付けは基本的に辛みが強めなのだろうか。
牛乳を喉に流した要が親指で軽く唇を拭う。紫焔と紅蓮を交互に見て、内緒話をするような調子で話し始めた。
「紫焔の聞いた噂話な、ここでも話してんの聞いたぜ」
「あまり大きな声ではありませんでしたが、皆さん不安に思われている様子でしたね」
酒場でも話題にのぼる噂。国内でかなり広まっているのかもしれない。紅蓮が眉を寄せている。
「ただの噂話、ではないかもしれんな」
「でもその谷を避けずに行くんだろ?」
「避けずに、というより避けられん」
ここで別の道を選ぶとどうしても大国を通ることになるのだ。それこそ人目についてしまう。多少の危険は覚悟の上。
紫焔たちは話し合いの末、満場一致で翌日には谷を通り抜けることにした。




