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月華の紫石英  作者: あっとまあく
巌流国編
25/81

第二章「過去から未来へ」伍

主人公・紫焔は人攫いに捕まり娼館の店主に買われ、陽輪ノ国で男娼をしていた。しかし、港で「銀髪の持ち主を探している」という噂があることを知る。その銀髪の持ち主が自分である可能性が高いと気づき、紫焔は自分の進退を決めかねていた。そんなある日、娼館の店主に雇われて新しくやって来た用心棒がかつての知り合いだと気づいた紫焔は、その用心棒・紅蓮と噂について話す。

噂が事実だと確信した紫焔は紅蓮からの提案を受け、娼館を出ることを決意。様々な騒動が起こりつつもなんとか娼館出て追手のいる陽輪ノ国を出国し、海を渡ることに成功した。新たに辿り着いた巌流国で、紫焔は自身の問題に巻き込むことになって旅路に同行させていた要を解放したいと紅蓮に訴える。紅蓮と二人きりになった紫焔は、これまで口を噤んできた過去の罪について告白を始めた。

紫焔の口から語られる国が滅んだ日の出来事。紅蓮はその日の自分を思い出し、今の自分と照らし合わせる。しかし、冷静さを取り戻そうとする紅蓮をかき乱すかのように、紫焔は残酷な現実を突きつけるのだった。



以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


※紅蓮視点です



六.


 あの日、天満月(あまみつつき)の国が滅びたと同時に雪花(せつか)もお腹の子も天に還った。

 紅蓮(ぐれん)はそれを事実と受け止め、消化したつもりでいたのだ。


 しかし、紫焔(しえん)が彼女の死を招いたのは反乱軍ではないと言う。彼女の命を奪ったのは自分だと。理解できない話だ。


「お前のいた集落に行った。焼け落ちて、誰も生きていなかった。そこから逃げ出し、わざわざ城へ? 無謀な話だ」

「集落に火が放たれる前に、城が燃えてたんだ。だから俺は、集落が燃えた頃城にいた」

「何をしに行くんだ。城は敵で溢れていた。侵入など不可能だ」

「簡単だ。相手の目を盗んで火を避けながら進む。敵の目は俺には向いてない。城の人間を殺し回って、嬉しそうに火をつけてたんだから」


 衛兵なんかいなかったしな、と言って紫焔は苦笑する。


 その日の衛兵は左軍の人間だった。当然、紅蓮や紫焔からすれば敵だが、反乱軍からすれば味方である。侵入してくる反乱軍から城の門を守る必要などない。

 紫焔はその隙をついて城内へ入ったという。


「だが、城に何をしに行く? ()()()王を助けようと?」

「……それはどうでもいい。とにかく俺は、城の中で雪花さんに出会った」


 ぴくりと無意識に指先が動いた。その名前を耳にすること自体、あまりに久しぶりで慣れない。


「雪花さんは生きてた」


 紅蓮は顔を上げた。途端に紫焔と視線がかち合う。

 紅蓮が目を逸らしても彼はこちらをずっと見ていたようだ。視線が絡んでも変わらず真摯な瞳が見つめてくる。


「そして、俺が殺した。城に落ちてた短刀で、首を裂いて」

「やめろ」


 くだらない。紫焔が雪花を手にかける理由がない。紅蓮は首を振った。


「聞いてくれ。雪花さんからの伝言があるんだ」

「何?」


 紫焔は、そこで初めてゆっくり瞬きをする。


「『私は幸せでした。紅蓮様はどうか、生きていてください』」 


 紅蓮の脳裏に雪花の顔が浮かんで、しかし、すぐに消えていく。


「これが雪花さんが残した言葉だ」

「紫焔が」


 紅蓮は一度口を閉ざし、息を整えてからもう一度開いた。


「紫焔が今言った言葉が事実かどうか、分かるはずもない。証拠はないだろう」


 現実に抗おうとする紅蓮に、紫焔は短く「ある」と残酷な言葉を告げる。

 紫焔は徐に指先を服の襟に入れ、服に隠されていた首元からそっと何かを持ち上げた。ゆっくりとしたその動作を紅蓮はひとつも見逃さないように見つめる。

 ちゃり、と小さく音をたてたそれは銀色のロケットペンダントだった。


「見覚えがあるだろ。俺が雪花さんに最期に会った証拠だ」


 見覚えはある。紫焔が取り出したそれは、雪花が紅蓮に贈った揃いのペンダントだ。

 紫焔の指がロケットの蓋を押してそれを開く。中に入れられていたのは、今よりも若い頃の紅蓮の写真だった。間違いない。


 これは正真正銘、雪花のものだ。


「何故、紫焔がそれを持っている?」


 紅蓮は握り締めた指先がひどく冷えていることに気づいた。喉が渇く。胸中に渦巻くのが怒りなのか悲しみなのか判断できない。しかし、紫焔は追い打ちをかけるように淡々と冷酷な言葉を吐く。


「殺して奪った」


 その瞬間。何かに突き動かされるように、紅蓮の体は意思に反して動いた。




 冷静になれと頭の奥で自分が訴える。額に汗が浮かんだ。

 状況を整理しようとする頭を無視して、紅蓮の手は刀剣の柄を握り鞘からその刀身を抜き払つ。寝台に押し倒すようにして紫焔を仰向けにし、その体を跨ぐように上から覆い被さった。

 抜き身の刃が紫焔の首筋に当たっている。躊躇なく薙ぎ払おうとした右手を、紅蓮は咄嗟に自身の左手で強引に制止した。


 左手が動かなければ、危うく紫焔の首を斬り裂くところだった。刃は彼の首筋の皮膚を僅かに傷つけ、赤い血を流させている。その血を目の当たりにして、右手を掴む左手に制御仕切れない力が籠った。

 紅蓮は呼吸も忘れて刀剣の柄を握る右手を、左手で強く掴み続ける。


 今まさに紅蓮に殺されそうになったところだというのに、寝台に仰向けにされた紫焔は瞬き一つしない。その姿はまるで、紅蓮から目を逸らすことそのものが罪だと思っているかのように映った。


「事実を言え」

「俺は起こったことをそのまま言っただけだ」

「紫焔」

「これ以上、何の話が必要なんだ? それとも紅蓮は、雪花さんがどんなふうに命を落としたのか事細かに知りたいのか?」


 左手が強く強く右手を掴み続ける。一瞬でも力を抜くことはできなかった。


「紫焔。俺に、お前を殺させたいのか」


 血を吐くような思いで口に出すと、紫焔は双眸を細めた。笑っているわけではない。しかし、紫焔の顔からは恐怖心は少しも感じられなかった。

 紅蓮はこの顔を以前にも見た覚えがある。水木が命を懸けて戦い抜くと決めたあの時の顔と同じだ。

 それは、覚悟を決めた者がする顔つきだった。


「紅蓮、俺はずっとこの日のために生きてきた」

「阿呆が。ふざけたことを言うな」

「俺は本気だ。お前に殺されるために、この命を繋いできたんだ」


 ゆっくりとひとつ瞬きした紫焔の瞳が涙を生む。

 紫焔は今日この場を死に場所だと決めていた。身勝手で、卑怯な覚悟だ。紅蓮は左手にさらに力を込める。骨が軋む。しかし、そんなことには構っていられなかった。


 何か言わなければ。言葉を紡がなければ。冷静な心を少しでも取り戻すために。時間を稼ぐ必要性に駆られ、紅蓮は碌に考えもせずに口を動かした。


「……俺に手を汚させるのか」


 達観したような紫焔の双眸がはっと見開かれる。今日話し始めた中で彼が漸く見せた動揺だった。相手が動揺したことで不思議とこちらは冷静さを僅かだが取り戻せた。紅蓮は短く息を吐く。

 紫焔の上から上体を起こし、寝台についていた片膝を下ろして距離を取った。これ以上紫焔を傷つけないという意思表示でもある。



 紅蓮は右手が掴んでいた柄を下ろし、床に突き刺した。

 長時間戦闘を続けた後のような汗が流れ、頬を伝う。刀剣を放した右手からそっと左手を外す。力を入れ過ぎたせいですっかり痙攣していた。

 寝台の上で紫焔がのろのろと上半身を起こしている。彼は意表を突かれたような呆然とした表情を浮かべていた。


「そうだな……。その通りだ」


 紫焔がぽつりと呟く。

 紅蓮は呼吸を落ち着かせ、すぐに先ほどの失言を取り返そうと再び紫焔に向き直ろうとした。その刹那、部屋の扉が乱暴に開かれた。

 外から勢いよく室内に飛び込んできたのは、紫焔が勝手に旅立たせたはずの(かなめ)だった。






七.


 田城要(たしろかなめ)はこれまで見たこともないような、明らかに怒り心頭の様子で部屋の中に入って来る。

 その手には重そうな袋を持っていた。あれが紫焔が渡したという資金だろう。


「テメェ、紫焔! どういうつもりだ!」


 要が肩を怒らせてずんずんこちらに近づいてくる。しかし、険しい顔をしていたはずの彼は、次の瞬間に瞠目して駆け出した。


「ばっ、よせ!」


 要の視線の先にいるのは、寝台に腰かけた紫焔のはずだ。紅蓮は瞬時に振り返り、紫焔の姿を視界に入れた。


 紫焔はいつの間にか短刀を手にし、その切っ先をあろうことか己の首に向けて突き立てようとしていた。

 紅蓮は脇目も振らずに伸ばした左手で刀身を鷲掴む。躊躇などない。考える暇もなかった。紅蓮は反射的に紫焔を止めていた。


「紅蓮」


 何故止めるのか。心底不思議に思っている紫紺の目。紅蓮は腸が煮えくり返りそうな怒りを感じ、紫焔の手から短刀を奪って床に投げ捨てた。


「俺が、お前に死んでほしいと考えていると思うのか?」

「……でも」

「俺がお前の死を望むと、本気で……」


 言葉にならない。湧き上がる怒りは、先ほどの紫焔の告白に対するものではなかった。もしそうであれば、先刻その首を斬っていただろう。

 雪花のことではない。そんな事実かどうかも不明瞭な告白よりも耐えられないものが目の前にある。それは紫焔が、自身の命を捨てようとする行為そのものだ。紅蓮は怒りを抑えられなかった。



 滅びゆく国を出て、生きているか死んでいるかも分からない紫焔を探し、周辺諸国を旅した。

 三年も経てば、いよいよ紫焔はこの世にいないかもしれないと絶望に支配されそうにもなった。それでも、低い可能性に賭けて探し続けたのだ。


 七年だ。

 およそ七年の歳月を経て、ようやく紅蓮は紫焔を見つけることができた。生きていることが分かったその時、どれほど紅蓮が安堵し、幸福を感じたか。きっと紫焔には分からないだろう。

 紫焔が自身の命を粗末に扱うことは、紅蓮からすれば紅蓮の命を粗末に扱われること以上に耐え難い所業だ。己のすべてを否定され、侮辱された気さえする。



 一致報いてくれと言った水木の顔が思い浮かんだ。

 それは、紫焔が生きていなければできないことだ。


「取り込み中申し訳ないんだけどさ」


 ぱん、とその場の空気を断ち切った要が爽やかな笑顔を浮かべて二人の間に入る。

 しかし、その笑顔の裏に冷ややかな怒りを感じた。要の様子に紫焔が居た堪れないような顔つきになっている。


「何これ。どういう状況? 紫焔の首の怪我、さっきの自決未遂じゃねぇよな。刃が届く前に紅蓮の旦那が止めてたし。そんで旦那の剣の刃には真新しい血がついてる、と」


 要は目に見える情報を的確に整理し、ぽんと手を打った。


「その一、紫焔が旦那の剣で自分の首を斬ろうとした。その二、実戦訓練的な何かで不可抗力で斬れた。その三、旦那が紫焔を斬ろうとした。はい、どれ?」


 三本の指をたてて仮説を語る要に、紅蓮は肩の力を抜く。

 今回ばかりは彼の人柄に救われたようだ。紅蓮は溜息を吐いて床に刺していた刀剣を抜き、血を拭って鞘に納めた。


「その三だ」

「は?」

「その三、俺が紫焔を斬ろうとした」

「……旦那って冗談言えたんだ」

「事実だ」

「嘘だろ……」


 唖然とする要を尻目に、紅蓮は岩の椅子に腰を落とした。

 興奮状態に近かったせいか、痛みに鈍感になっていたようだ。今さら思い出したように右腕が痛んだ。


「旦那、それ」


 目聡く気づいた要が紅蓮の右手を指差す。手首付近が青紫に腫れ上がっていた。


「折れた。いや、折った」

「……俺は、紫焔に怒鳴ってやろうと息巻いて帰って来たんだけど。なんでそんな意味不明なことになってんだ? 俺の怒りを返せよ、ほんとに」

「すまんな」


 もういい、と呟いて要が紫焔の隣に体を投げ出す。羽毛布団が要の体を包み込んだ。硬い椅子に飛び込まないあたり、理性は残っているらしい。


「紫焔の首と旦那の手、手当してやるから事情を最初から説明しろ。つーかこの機会に全部吐け。紫焔が生まれた瞬間から順を追ってな」


 横暴なことを言いだす要に、紫焔が苦笑を零す。


「生まれた瞬間のことなんて覚えてない」

「じゃあ覚えてるとこから。ほら、語れ語れ」


 無茶なことを言いながら、要は身を起こして包帯や消毒液を取り出している。手当てするというのも本気らしい。

 紅蓮は、要には紫焔を先に手当てするよう伝え、紫焔には「俺にも聞かせてくれ」と話すことを促した。


 過去に起こった出来事の結論だけを聞いても状況が把握できない。

 紫焔の口から、最初から最後まで聞くべきだ。そんな簡単な判断を何故先ほどはできなかったのか。己の情けなさに呆れる。



 紅蓮からも催促されたことで、紫焔は渋々ながらも口を開いた。

 彼が語るのは、彼から見た天満月の国とそこでの暮らし。そして、天満月の国が()()()()の出来事についてである。



次回から紫焔の過去編が始まります。

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