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月華の紫石英  作者: あっとまあく
巌流国編
21/81

第二章「過去から未来へ」壱

第二章。

海を渡って別の国へと移動した紫焔たちは初めて見る国の文化に夢中になる。しかし、紫焔には紅蓮にも秘密にしたいとある企みがあった。紅蓮が外出した瞬間を見計らった紫焔に要は話しかけられる。


冒頭はこれまでのあらすじです。第二章からでもこのあらすじをお読みいただければ、おおまかな内容は分かる……はずです。本編はあらすじの後から始まっています。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


 *



 お月様の光で きらきら 輝く銀の髪

 ずっと遠いところまで 見える 紫の目

 体も きらきら お月様で光る

 きれいな 花のよう

 遠い遠い ずっと遠いところの 皇子様



 それは、御伽噺の絵本の一節である。



 *




あらすじ (※本編は「一」からです↓)




 紫焔(しえん)は七年ほど前、大国に挟まれた小国・天満月(あまみつつき)で暮らしていた。しかし、ある事件をきっかけに天満月の国は崩壊する。

 国内の喧騒の中、紫焔は人攫いに捕まり身柄を拘束されてしまった。


 国の外へ連れて行かれた紫焔は、人攫いによって売り飛ばされ陽輪ノ国(ひわのくに)という海の向こうの地で生きていくことを余儀なくされた。

 紫焔を買った主は麒雲館(きくもかん)と名付けられた男性限定の娼館を経営していた。

 店主の目的は珍しい紫紺の瞳を持つ紫焔を男娼として働かせることだったのだ。

 こうして紫焔は男娼として長い時間を麒雲館で過ごすこととなった。



 ある日、紫焔のもとに宝生優(ほうしょうすぐる)と名乗る男が現れる。

 彼は働きづめを心配した友人に連れられ、半ば強引に娼館へとやって来た。

 最初こそ無愛想だった優は、しかし、どういうわけか紫焔を気に入り、麒雲館に通うようになる。常連となって暫く、紫焔の処遇を案じた彼が紫焔を身請けしたいと提案した。

 身請け話を受け入れる気がなかった紫焔はつれなくその提案を断る。しかし、そんな折、店主に雇われた用心棒が新しく麒雲館へとやって来た。


 無頼漢に襲われそうになった紫焔を間一髪で助けたその用心棒の姿に、紫焔はかつての知人の面影を見る。

 客が帰った後、紫焔のもとへやって来た用心棒が顔を隠すような仮面を外して素顔を晒す。勘違いでも他人の空似でもなく、その用心棒は間違いなく、紫焔の知る男だったのだ。


 男の名は紅蓮(ぐれん)

 かつて、天満月の国で親交のあった男。そして、紫焔の淡い初恋相手でもある。もう二度と会えないかもしれないとすら思っていた相手との再会に喜ぶ間もなく、紫焔には懸念事項があった。

 それは、貿易商である優からもたらされた港での噂話。


 ────()()()()()()()()に大金を払う


 紫焔はずっと自身の髪を黒く染めていた。しかし、実は生まれ持った髪は銀の色をしている。

 この噂話が単なる噂で済まないのであれば、「銀色の髪の持ち主」は紫焔を示している可能性が高い。紫焔の不安は、再会した紅蓮からの肯定によって現実のものとなる。


 この国で紫焔をおびき寄せようとしている者がいる。このままでは、いつか居場所を特定されてしまうだろう。そして、無関係な麒雲館の男娼たちや客たちを巻き込んでしまうことになりかねない。

 紫焔は紅蓮からの提案を受け、麒雲館を出る決意を固めた。



 紅蓮の身請け話を強引に進め、店主を無理やり納得させた紫焔は強行するような形で身請け準備を整えた。

 店の前で待っていた馬車に乗り込んだ紫焔だったが、そこで待っていたのは紅蓮ではなく袖にしたはずの宝生優その人だった。


 優は紫焔には伝えずに紅蓮との身請け話に割り込み、店主を説得して紅蓮よりも早く紫焔を身請けした。店主は自分の利益の高い方へと紫焔を売り渡したのである。

 一刻も早くこの場を去り、身を隠したい紫焔だったが、優に逆らえずに結局は宝生の屋敷へと連れて行かれてしまう。宝生家に囲われるような状態となった紫焔は、暫くの間、嘘のように平和な時間を過ごした。

 しかし、それはあくまでも仮初の平和でしかなかった。


 紫焔の不安は的中し、宝生家は何者かによって襲撃されてしまう。銀髪の持ち主を求める襲撃犯の前に、紫焔は自ら名乗り出て屋敷を飛び出した。

 襲撃犯たちとの追いかけっこはすぐに幕を閉じる。銃撃された紫焔は落馬し、傾斜の激しい雑木林へと転がり落ちた。命さえ危うくなった紫焔だったが、そんな彼を助けたのは宝生優の友人・田城要(たしろかなめ)という男だった。


 要は友人をたぶらかした紫焔を毛嫌いしているが、紫焔の行方を探す道中で襲撃犯を二人手にかけていた。そのせいで自身も追われる身となってしまった彼は、二人に追いついてきた紅蓮を交えて渋々、身を隠すことになる。


 様々な押し問答を繰り広げ、紫焔たちは陽輪ノ国を出る手筈を整えた。

 優の協力により、密かに貿易船へと乗り込んだ紫焔・紅蓮・要の三人。人払いされた客室で海の上まで逃亡を果たした。

 途中、海賊に襲われるなど不幸に見舞われつつも無事に生き延びた三人は、優の手配により貿易船から小型船へと乗り換えて次なる地へと旅立つのだった。

 





*要視点です。



一.


 巌流国(がんりゅうこく)は、陽輪ノ国(ひわのくに)から海を挟んで北側に位置する列島の一部である。


 地震活動の結果、地面が異様なせり上がりを見せ、国土のあちこちに巨大な岩が出現していた。その見た目から別名・岩の国とも呼ばれている。


 宝生優(ほうしょうすぐる)の貿易船が目指していた国は、この巌流国から見ると西側に位置する半島・交栄国(こうえいこく)だった。

 海流の関係で巌流国の方が陽輪ノ国からであれば早く着く。小型船を操り、要は巌流国の港へと向かった。追い風の影響もあり、二日の行程が一日半と少し程度の時間で済んだのは幸いである。


「うぇ」

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃねぇよ」


 要は完全に船酔いしていた。紅蓮(ぐれん)の補助で何とか操縦をこなしていたが気分は最悪だ。一日半経過してもおさまらない。すでに疲労困憊の状態だった。


 優の大型貿易船とは異なり、こちらは小型船。波の影響をもろに受けるのだ。揺れは激しく、視界が常に上下している。

 要がこれまで利用してきた船は常に大型船だった。そのため、これほどの揺れは未経験である。

 なんたって自分は金持ちの三男坊だからな、とくだらないことを考えて船酔いを誤魔化そうとしたが、無駄な努力に終わった。


「おい、船の停泊は任せるぞ」

「旦那。俺の状態見えてねぇの? もしかして近眼?」

「見えてる。俺よりお前の方が器用だ。任せる」

「唯我独尊」


 要は空っぽになった己の胃を哀れみながらなんとか立ち上がる。紅蓮に話は通じない。もう分かっていることだ。そして、それが紅蓮の独善のせいではないことも分かっている。しかし、悪態の一つくらい吐いても罰は当たらないだろう。


「巌流国の入国審査ってどうなってんだっけ。俺ら港に着いていきなり捕まったりしねぇだろうな?」

「それほど厳しくはなかったはずだ。陽輪ノ国で潜伏していた頃に交栄国周辺の情報は調べた」

「さすが~」

「そもそも巌流国に来る者は少ない。そういった意味では、観光客は歓迎される」

「観光してぇな」


 それが許される状況であればだが。

 紅蓮の情報によると、巌流国では既定の料金さえ支払えば入国できるらしい。


 何故、この国に観光客が少ないのか。

 それは着いた瞬間に分かった。聳え立つような岩の壁があちこちに見える。岩の影になって地面に陽の光はあまり届かない。簡単に言ってしまえば、この国は過酷な環境下におかれているのだ。

 物見遊山で観光に来れるような場所ではなさそうである。


 要たちは港に船を停泊させ、停泊のための料金と三人分の入国費を支払った。

 紅蓮がそこにさらに色をつけたのを横目で確認する。ケチな客より財布の紐が緩い客の方が歓迎されるものだ。事実、入国審査員は嬉しそうに三人を迎え入れた。


「船はここで捨てて行く」

「まぁ、そうだよな」


 あの船は優の貿易船の設備の一つだ。海上警備隊の目に留まらないとも限らない。捨てて行く方が安全だろう。

 先導していた紅蓮が、岩場の影に要と紫焔(しえん)を押し込み、「ここで待て」と言って去って行く。彼は入国審査を済ませてすぐに仮面を着けていたが、それを見咎めるような人間は誰もいなかった。この国では仮面が珍しくないのかもしれない。


「うわ」


 隣に立っていた紫焔が唐突に声を上げた。要が様子を窺うと、彼は口を開けて舌を出している。


「阿呆面でどうした」

「失礼だな。口の中に砂が入ったんだよ」


 要は空を仰いだ。岩の壁と壁が規則性もなく乱立する影響だろうか。

 岩の間をすり抜けて吹き込む風は常に強く、土埃を発生させている。行き交う人々が皆、当たり前のように頭を帽子や布で隠し、目や口を隠すようにしているのもそのためだろう。



 暫くすると、紅蓮が二人のもとへ戻って来た。手渡されたのは帽子つきの外套と顔を覆うための仮面だ。要は狐のような絵柄の仮面を受け取り、外套を羽織る。


「謎めく美男子って感じだな」


 自画自賛してくるりと体を回転させた。

 紫焔は鳥のような絵柄の仮面を着け、外套を羽織って帽子を深く被っている。これならば誰が誰か分からないだろう。


「お、砂が顔に当たらない」

「言われてみれば。だからちらほら仮面のヤツがいるんだな」


 真っ先に舞い上がる砂の洗礼を受けた紫焔が、心なしか嬉しそうに仮面を褒めている。


「身を隠すには丁度いい国だ」

「旦那、もしかして最初からこの国に来る気だったわけ?」

「何か問題が起こればな」 


 頼もしい限りだ。紅蓮の下調べはこの旅路においてとても役立ちそうである。

 本来到着するはずだった交栄国は、巌流国とは真逆で貿易が盛んな外へ開けた国だ。地元の人間よりも、外からやって来る人間の方が多い。様々な人種が入り混じった国なのである。

 交栄国に行ったとしても、紛れ込むのは楽だっただろう。どちらへ転んでも人目につかない算段というわけだ。


「岩に人が住んでるんだな」


 上を見ていた紫焔が、岩の壁を示して呟いた。

 流し見するだけでは気づかなかったが、よくよく見ると紫焔の指摘通り、岩のあちこちに穴が開いている。そこから人が出入りしていた。

 地面の上での生活は砂埃との共生になる。それを避けるための措置だろうか。どうやらこの砂埃は、周囲に乱立している岩の壁によって上空高くへとは舞い上がらない傾向にあるようだ。

 空気の流れが砂埃の舞い散り方で見えてくる。地上から飛び散った砂埃は周囲に広がり、低空で旋回して再び足元に落下していた。岩の壁、とくに高い位置であればあるほど砂埃の被害は少ないようだ。


 厄介な物でも活用の仕方一つで見方が変わってくるものらしい。

 要は興味深く巌流国の文化を眺めた。知らないことを知るという喜びは、他では味わえない幸福感を連れて来る。



 生来の好奇心旺盛さが顔が出し、紫焔と二人して岩のあちこちに視線を飛ばした。上ばかり見る二人に紅蓮が呆れて息を吐く。彼は紫焔の頭に手を置いて半ば強引に視線を下げさせた。


「上ばかり見るな。砂が振ってくるぞ」


 紅蓮は素早く宿泊する宿を決めて支払いを済ませ、町に興味津々な二人を部屋へと押し込める。

 要は思わず「父さんもうちょっと見たい」と紅蓮を指して茶化した。ひと睨みで相手を石にできそうな鋭い眼光が刺さったので、さらなる減らず口は大人しく喉の奥に流し込んでおく。



 文句を止められたのは宿泊先に興味が移ったからでもある。宿は地上から岩の階段を上った先にあった。岩壁を削って掘った穴に作られている。国の外からやって来た要たちにとってはとても興味がわく宿だ。

 岩肌を撫でた紫焔が感嘆の息を吐いた。


「岩の中ってもっとひんやりすると思ったのに、むしろあったかいような気がするな」

「言われてみれば。なんかこの岩、陽輪ノ国の岩とは違うな」


 要も岩肌を指先で撫でてみた。母国である陽輪ノ国では、岩はごつごつとしていて冷たく硬い。しかし、こちらの国の岩は母国のそれよりは滑らかなように感じた。そして、僅かばかり熱が籠っている。


「岩の質が違うのかもしれん」


 紅蓮が足元に転がっていた拳ほどの大きさの石を手に取った。石をくるくると動かして全体を眺めている。

 陽輪ノ国の岩に穴を掘って生活すれば、たちまち湿気や通気性の悪さで暮らしは立ち行かなくなりそうだが、巌流国の岩ならそんな心配もいらないようだ。宿の部屋は思いのほか快適だった。

 それでも多少は砂埃が吹き込むようで、宿の主が入り込んだ砂を捨てるために度々掃き掃除をしている。


「町の様子を見て来る」

「じゃあ俺も」

「お前は残れ」

「ガキのお守りなんざ御免だね」


 宿に荷物を置いたところで紅蓮が早速外へ出ようとした。

 要は部屋に籠らされるのも、紫焔のお守りをするのも御免である。紫焔は身体年齢的にも精神年齢的にも手のかかる子供ではないが、いつまでも同じ顔ばかり見るのは飽きた。


「俺は一人でも大丈夫だ」

「ほら。紫焔本人もこう言ってる。旦那ばっかり遊びに行くのは不公平だろ」

「俺は遊びに行くわけじゃない。追手がいるかどうかを確認しに行くんだ」


 それはお前の命を助けることにも繋がるのだぞ、と言外に反論される。要は負けた気持ちになった。

 どうにも紅蓮に勝つ未来が見えない。なんとかしてこの男の弱みを握ってやりたい気分だ。それができればかなり面白そうなので。残念ながら、今のところはかなり難しいだろうが。



 結局、紅蓮一人が町へ偵察に出ることになった。

 岩で土台を作った寝台の上に寝転び、要は大きな欠伸をする。土台はもちろん硬いが、上に敷かれた布はふっくらしていて寝心地が良い。どうやら羽毛が中に入れられているらしい。

 人目を気にする必要がなくなり、紫焔も外套を脱いで岩の椅子に座った。こちらはしっかり硬かったらしく、「痛い」と紫焔が愚痴を言っている。


「ちょっと出てきてんな」


 紫焔の頭部を見つめた。黒髪の根本から、白銀が見え始めている。

「要」


 紫焔がまるで悪ガキのような顔をして目を細めた。声を潜めて、内緒話をするように顔を寄せて来る。


「こっそり買いに行ってくれないか。染料」


 お金はこれで、と紫焔に掴まれた手にずしりと重い袋が乗せられた。


「重くね?」

「この国の物価が分からないから。それに、ついでに何か買って来たらどうだ?」


 つまり、紫焔は紅蓮には内緒で要に遊んで来いと言っているのだ。

 要からすれば、それは悪魔の囁きだった。当然、要は重い袋を大事に懐に入れてさっさと部屋を出る。紅蓮の主人の言質は取った。遠慮することはないだろう。


 足取り軽く、要は岩の階段を下りて地上へと舞い戻ったのだった。



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