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月華の紫石英  作者: あっとまあく
陽輪ノ国編
16/81

第一章「陽輪ノ国から」拾陸

追手から逃れるために隠れ宿から出ることになった優たち。しかし、狙われている紫焔たちとは違い、優は彼らを援護するためにも別行動をとることになる。紫焔との別れを惜しみながらも優は前を向く。

引き続き優視点です。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・娼館についても独自設定であり、もちろんファンタジーです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


*宝生優視点



二十四.


 人が寝静まった深夜。

 町に詳しい田城(たしろ)の案内で素早く移動し、町の外へと移動した。


 暗闇の中の移動は奇襲や尾行への警戒が困難となる。全くの素人である(すぐる)は、その点において完全に門外漢だった。

 田城は優と比較すれば多少の心得があるようだが、それでもやはり素人に毛が生えた程度のようだ。



 町の外に乱立している林の中へ身を潜め、周囲を窺う。


「追手は来ていないな」


 断言する紅蓮(ぐれん)の声には驕りも怯えも含まれていない。紅蓮の隣に身を潜めていた田城が

「動物的嗅覚でもあんのか」と疑問を口にした。


「俺には全然分かんねぇけど?」

「慣れだ」

「慣れねぇ。一体()()()()()で生きてきたのやら、だ」


 ちらりと田城の視線が優に向けられる。知っていることを告げはしないが、その言葉はまるで優にヒントを与えているようにも思えた。紅蓮と紫焔(しえん)の二人について、自分で気づけと発破をかけられているようでもある。

 紅蓮に背負われた紫焔の横顔を見ると、彼は短く息を吐いていた。痛みを逃すように、目蓋を閉じて呼吸に集中している。


「痛み止めは?」


 優は紫焔の顔にかかる髪を梳いて田城に問いかけた。田城は星の見えない空を見上げて思い出すように小さく呻く。


「あー、そろそろ切れる頃だな」

「薬はもうないのか?」

「そもそもカツカツの状態だったからな。予備なんかねぇよ」


 紫焔の頬に触れると熱が上がっているのが分かった。これからどこへ行くにせよ、薬は必要になるだろう。そして、薬を調達できるとすれば優の他にはいない。四人の中で唯一、追手から見張られていないはずの優しか。


「これから、どこへ向かう気だ?」


 優は紅蓮に質問を投げかけた。徒歩での移動は手負いの紫焔を抱えている以上、圧倒的に不利だ。そもそも追手の人数も把握できていない。

 紅蓮は紫焔を背負い直しながら淡々と答えた。


「海へ出る」

「海路ぉ!? 正気じゃねぇよこのオッサン!」

「田城、煩い」

「優、もうこいつらのこと放っておこうぜ。面倒くさすぎる」

「国外に出る必要があるのか。紫焔は怪我人だ。海を渡るなんて、賛成できない」


 優の訴えに同調した田城が「そーだそーだ」と小さく声を上げている。二人からの否定を受けても紅蓮は動揺一つ見せない。


「この国にいることは把握された。外へ出る以外に道はない」

「……おい、旦那。言っとくが、今海に出たら紫焔は持たねぇぞ」


 医師免許を取得し、直接紫焔の治療もしたという田城の発言だ。信憑性が高い。普段は茶化すような物言いばかりが目立つが、今回の発言には嘘がないと優には思えた。


「紫焔」


 紅蓮が短く呼びかける。目蓋を閉ざしていた紫焔が紫紺の瞳をのぞかせた。


「……この国からは、出る」


 夜の闇に包まれた林の中は冷えて空気が冷たい。紫焔の言葉が優の鼓膜を刺すように届いた。


 紫焔は大声でもなく、叫んでいるわけでもない。それでも、言葉が刃物のようにひんやりと鋭く刺さった。

 優は足元に視線を落とす。踏みしめているこの国の大地から、紫焔は離れると言う。優はこの国で生まれ育ち、家業に邁進し続けている。これからも家業の柱としてあり続けなければならない。それを優自身も望んでいる。


 大金を積んでも、言葉を尽くしても、時間を重ねても叶わない。世の中にはどれほど望んでも手に入らないものがある。


「船が出る」


 優はぽつりと地面に落とすように告げた。


「貿易船だ。七日後の早朝。その船に乗れば、国外へ移動できる」

「おい、優」


 正気か、と田城が困惑を露わにしている。優は正気だ。もし正気を失えていれば、紫焔の手を取って共に行こうとこの地を蹴り出していただろう。しかし、そんな大胆で自由奔放な行動はとれない。


 真面目な仕事人間。

 仕事一筋と揶揄されてきた己を初めて虚しく思った。自身の真面目さが邪魔をして身動きできない。家も仕事も何もかも見ないふりをして身一つで駆け出せたら、どれほど良かっただろう。しかし、それをすれば大きな弊害が出る。それを見過ごせるほど子供ではいられないし、全て放棄できたらと夢見ないほど大人でもいられない。

 どんなことにも折り合いをつけなければならない時は来る。それがどれほど口惜しい選択となっても。


「密かに船へ乗せるのは難しくない。その船は私の船だからな。数人程度を紛れさせることは容易だし、長旅のための備えを今から増やしておくことも可能だ。薬もそれで何とかなるだろう」

「優……俺は優を巻き込みたくない」


 紫焔の主張は、思えば最初から一貫している。あるいはその主張を初めから汲み取っていれば、こんな選択をせずに済んだのだろうか。過去の選択をやり直すことはできない。優は決心して立ち上がった。


「紫焔、お前は私のものだ。所有物は持ち主が最後まで面倒を見るという責任が課せられる」

「だけど……」

「せめて持ち主として旅立ちを見送ることくらい、させてくれ。私の顔に泥を塗るな」


 そこまで言い募ればさすがに反論できなくなったのか、紫焔が口を閉ざした。優は次いで、友人の顔を見る。彼は否が応でも既に巻き込まれてしまった立場だ。選択の余地はない。それを羨ましく思ってはならないのだ。


「田城、七日後だ。この七日の間にできるだけ紫焔の体調を整えてほしい」

「何で当たり前のように俺も同船することになってんのかねぇ」

「逃げ場がないことはお前が一番よく分かってるだろう」

「あー、くそ。最悪だ」

「お前の屋敷の見張りが解かれればすぐに知らせを出す」

「そんな日が来ればいいけどな」


 双肩を竦める田城は、しかし、随分と落ち着いている。彼は軽薄ではあるが馬鹿ではない。自身の置かれた状況は理解しているのだろう。既に考えは決まっているようだった。そして、田城はいつだって身軽な男だ。どこへ行こうと誰といようとも彼が彼らしさを失ったことはない。

 その身軽さを、今日ほど羨ましいと思ったことはない。優は苦笑を零した。


「私ができるのは船へ乗せて国外まで運ぶことだけだ。七日間、何がなんでも潜伏してくれ」

「十分だ」


 紅蓮が頷く。

 今から七日間、三人には上手く身を隠してもらう。その間に優は乗船準備を整えなければ。


「紫焔を頼む」


 田城の肩に手を置いて、優は祈るような心地で告げる。


「お前が恋だの愛だのにうつつを抜かしてさえ仕事人間だってのが分かって、俺は今呆れかえってるぜ」


 溜息混じりにそんな文句を言い捨てながら、田城は彼らしさ全開の食えない笑みを浮かべて見せた。


「安心してろよ。コイツを助けられなかったら俺の首が吹っ飛ばされるんだ。命がけで助けるしかねぇんだからな」


 吹っ飛ばされる、で紅蓮を指差して笑う。冗談ではないのが紅蓮の雰囲気からひしひしと伝わってきた。

 紅蓮が紫焔とどのような関係なのか、優には分からない。しかし、少なくとも加虐精神をもって紫焔に接するような男ではないようだった。

 空が白み始める前に優は彼らと別れて屋敷に戻らなければならない。何も知らない人間を装って。周囲には、せっかく買った男に脱走された哀れな男だと思わせる必要がある。



 うつらうつらとし始めている紫焔の頬に手を置いて、優は顔を近づけた。


「必ず、船に乗せる。待っていてくれ」

「……ありがとう」


 言いたい文句を全て呑み込み、礼を言った紫焔が目を細める。離れ難いがこの手を放さなければならない。優は紫焔の頬を撫でるように指を滑らせ、顎をとらえて僅かに顔を上げさせた。

 触れた唇はひんやりとしている。頬は発熱が原因で熱いのに、寒さが体を蝕んでいるのだろう。負担にならない程度に優は啄むように紫焔に口付けた。一瞬、拒まれる可能性が脳裏を掠める。しかし、紫焔にはその体力すら残っていないのか、あるいは受け入れてくれたのか、抵抗はなかった。

 名残惜しさにもう一度口付けてから、優は三人から距離をとった。


「七日後に、また」

 それだけを言い残し、優は屋敷への道に足を向ける。背後から「気をつけて帰れよ」と投げかけてきたのは紫焔だろう。まったく。人のことを心配している場合か。


 大切なものを誰かの手に委ねて立ち去るしかない自分を、優は情けなく思った。しかし、振り返っている暇はない。七日後に向けてすぐにでも動き出さなければ。


 これは自分が選んだ道なのだから。




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