第一章「陽輪ノ国から」壱
第一章「陽輪ノ国から」
今回はプロローグ的な内容です。
本作の注意点
・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です
・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません
・娼館についても独自設定であり、もちろんファンタジーです
当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。
どうぞよろしくお願いします。
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一.
東に位置する海に囲まれた国、陽輪ノ国。
経済活動が年々活発化し、目覚ましい発展を続けている。街は人で溢れ、貿易によって海の向こうから届いた品々が日々、市場を盛り上げていた。
人で賑わう街道からひとつ外れた路地裏の畦道を進むと、いくつかの建物が顔を並べている。
太陽が昇ると静かになるその通りは、洒落気も何もなく「夜遊び通り」と呼称されていた。夜が本番のこの通りでは、太陽が姿を消してから煌々と明かりに照らされ始め、朝のような眩しさに包まれていく。夜に輝く華やかな場所。所謂、歓楽街である。
しかし、夜遊び通りには華やかさばかりがあるわけではない。無法者が乱暴狼藉を働き店を追い出されることは日常茶飯事。そして、身分の高い者が忍んで遊びに通うこともまた、日常茶飯事であった。
そんな夜遊び通りの末端から三つほど中央寄りの位置に佇む、古びた二階建ての屋敷。それは、この通りに数店舗だけ存在する男性限定の娼館の一つ、麒雲館である。
麒雲館では男性をもてなすために男性が商売をしている。女人禁制の娼館だ。しかし、この夜遊び通りでは女性の働く娼館が人気であるため、男娼を扱う店は基本的には人の出入りが少ない。したがって、男娼たちは他の娼館以上に少しでも稼ぐために店の前で直接客引きをしていることがある。
夜遊び通りに立ち並ぶ娼館は全て商売敵。競争相手である。しかし、時には互いに支え合う同業者でもある。そんな同業者たちの間で、ここの男娼だけは立場が違っていた。圧倒的な少数派であることが起因なのか、明確な理由は定かではないが、娼館の中でも軽視される傾向にある。そのため、男娼が働く娼館ではどのようなトラブルが発生しても周囲は知らぬ存ぜぬを通す。自警団の助けもほとんどの場合なく、自分たちで対処するしかなかった。
男相手ならば、金をとる商売人相手ならば、と無茶な真似をする客も多い。それでも客を取らねば食べていけない。夜遊び通りはその煌びやかな通りの外観とは裏腹に、その日を生きるために多くの者が必死に戦っていた。
麒雲館では客に対して規則を設けている。商品である男娼を守るためにと表向きは謳っているが、店側も人情だけでは経営できない。規則を設ける一番の理由は、一銭でも多く稼ぐためだ。その麒雲館独自の規則が以下である。
一、一見は通常料金の二倍の支払いによってのみ対面が可能
一、身体への接触は追加料金
一、初回での身体への接触込みの対面は通常料金の三倍
一、部屋付き男娼は上記全ての料金と併せて別途、追加の支払いが必須となる
一、部屋付き男娼との身体接触は別紙記載の条件全てを満たした場合または通常料金の五倍の支払いによってのみ可能
規則はその他、数多く定められている。
ここで記載されている部屋付き男娼とは、麒雲館の館内に設けられた個室の持ち主となっている男娼のことを指す。片手の指程にしか存在しない、所謂「高嶺の花」的な立場の男娼だ。あえてそのような存在を作ることで、客の興味関心を誘っているのである。
他とは違う価格、他とは違う待遇。容易く手に入る物より、手を伸ばしてもなかなか手に入らない物ほど、欲しくなってしまうのが人の性だ。麒雲館の店主はそれを深く理解している。
麒雲館の二階、階段を上がってすぐの個室・紫。その部屋はいつも障子をぴたりと閉め切り、窓からの光をできる限り遮断している。明かりは室内に置いた照明と蝋燭の火が数本程度だ。
この部屋の主の、炭をぶちまけたような黒々とした髪に櫛が通される。世話役の少年が男娼の仕事支度をしているのだ。少年が優しい手つきで男娼の黒髪を整えていく。こちらから手入れなど自分ですると言っても少年はいつも聞く耳を持たない。それが彼の仕事だからだ。
「ムラサキ、できました」
「いつもごめんな」
「これが僕の仕事なんで」
少年は笑ってムラサキに頭を下げる。体の大きさに合っていない大きめの服から、少年の成長途中の鎖骨がのぞいていた。鎖骨の下、中央に薔薇の形に似た刻印がある。しかし、それは決して薔薇を模ってはいない。似て非なる物なのである。
陽輪ノ国のみならず、国境を越えて全土に共通する刻印。それが、少年と同じようにムラサキの鎖骨右下にもある。焼鏝によって皮膚に刻まれたそれは、身を売る者の証であることを示す。とりわけ、売り飛ばされた人間に多くつけられている焼き印だ。
少年も恐らくは、どこかの国から売り飛ばされて麒雲館に買われたのだろう。
ムラサキは古びた懐中時計を見て、時刻を確認した。そろそろ店が始まる。蝋燭の火を明かりに、鏡に映る自分を見た。呼び名に違わない紫紺の瞳が、そこには相も変わらず映っていた。