結婚式前⑧~酒場にて~
読んでいただいてありがとうございます。お盆休みの間は猛獣さんを出来る限り更新したいと思います。
その日、エデルは久々に夜の酒場へと繰り出していた。
アリアがいない日は、なるべく屋敷にいるようにしていたのだが、作曲に行き詰まってしまったので気分転換も兼ねて出かけることにした。もちろん執事の許可を得て、護衛は連れて行くという条件の下にだが、久しぶりの夜の酒場に何となくうきうきした気分になった。
「いつもありがとうございます、テオドールさん、せっかく酒場に行くのに俺の護衛だと飲めなくて申し訳ないんですが」
「お気になさらず、エデル様。俺は元々そんなに飲む方じゃないんで、護衛にはちょうど良かったんですよ」
テオドールという若い騎士は、エデルがこうして出かける時に付いて来てくれる護衛の1人だ。護衛も何人か交代でしてくれているのだが、酒場に行く時はもっぱら彼が一緒に来てくれる。理由は彼は剣の扱いも上手いが、体術も半端ないのだそうだ。酒場だと文字通り腕力勝負になる時もあるので、彼のように素手でケンカが強いタイプが護衛に付いてきてくれている。
それに本人も言っているがそこまでお酒が好きではないらしく、いつもエデルに付き合って酒場で男2人がお酒抜きで酔っ払いの相手をしていた。
エデルはお酒よりも、単純に作詞作曲の為の情報収集がしたいだけなので酔っ払いたちの嘘か本当か分からないネタを仕入れているのだ。
「よう、エデル。久しぶりだな」
「あー生きてたんだ。良かったねー。ちょっとお話聞かせてくれないかなぁ」
「あん?もうかよ。はえーな。もちろん1杯目のエールはお前のおごりな」
「それに見合った話を聞かせてくれたらいーよー」
すっかり顔見知りになった冒険者たちに気持ち良く冒険譚をしゃべってもらう為に、エデルは1杯目のエールを奢った。
「よーし、皆、エデルに俺たちの冒険を語ってやろーぜー」
「「おー」」
お酒も入り聞き上手のエデルに促されるまま男達は己の体験した話を次々に教えてくれた。
「えー、そんなとこにドラゴンっているんだ」
「危なかったね。そこはちょっとドキドキ感を出すために激しい音にしようかな」
「世の中には、無色透明な湖ってあるんだね。え?地底湖?じゃあ、俺一生見れないじゃん」
相づちと感想を言いながらエデルは嬉しそうにそれぞれの話を聞いていた。テオドールはその間に、酔っ払ってうっかり絡んできた冒険者を床に沈めて、何故か始まった腕相撲大会で優勝した。優勝者はマスターから1杯奢ってもらえることになっていたので、迷うことなくアルコール抜きの飲み物を注文していた。
「あれ?エデルじゃん。そういえばエデルってさー、吟遊詩人って聞いたんだけど、歌ってくれないの?」
後から入ってきた女性の冒険者がエデルの肩になれなれしく手を置いてからそう言ってきた。
「あー、ごめんね?俺、奥さんがいないとこでは、もう歌わないことにしてるんだ」
その一言で酒場中が無言になって固まった。
え?奥さんいるの?
そんな雰囲気になり、テオドールが吹き出しかけた。
「……俺の聞き間違いか?エデル、もう一回、言ってくんない?」
「え?いいけど、俺、奥さんがいないとこでは、もう歌わないことにしてるんだ」
聞き間違いではないらしい。エデルは間違いなく奥さんって言っている。
「ちょ!お前!マジか!?奥さん?その顔で奥さん?お前が嫁じゃなくて!?」
男の言葉にテオドールが我慢しきれずに吹き出した。とっさに口元を押さえたが、身体全体がプルプルしていて笑いを堪えているのが丸わかりの状態になった。
「皆、酷くないー?俺に奥さんいるのがそんなにおかしいかな?」
「おかしいっつーか、なんつーか。お前、奥さん抱けんの?」
率直な疑問にテオドールはさらにプルプルした。ちなみに彼が「エデル様はまだアリア様に襲われていない」という報告書を書いた張本人だ。その報告書は彼の上司の手によりきちんと保管されている。
「えーっと、えーっと、抱ける?イヤ、この場合、俺が抱かれるの?」
結婚式でウェディングドレスを着ることを思い出したエデルの言葉がさらに現場に混乱をもたらした。
エデル様、止めて下さい。俺の腹筋が崩壊します。とテオドールがどれだけ願っても天然のエデルには一切通じなかった。
「え?お前が抱かれるの?あー、でもそっちの方が何か納得するわ。あれ?でも奥さんって女性だよな?」
「めっちゃ格好良い女性だよ!俺が困っているとすぐに(問題解決の為に)動いてくれるし、(手腕が)すごく上手いんだよ!!」
「お、おう。そうか」
にこにこしながら言われたその一言でテオドールの腹筋は完全に崩壊した。
お願いですから( )内も言って下さい。その言い方だとまるでアリア様が!!
そんな関係、一切持っていないくせに天然な言い回しでものの見事にこの酒場にいる全員を誤解させている。冒険者たちや百戦錬磨の酒場のマスターでさえも、そこに触れて良いのかどうか戸惑ってしまっているじゃないか。
エデルに関する、実はクロノス産んだんじゃないか疑惑はますます深まっていくばかりな気がする。ここにいる全員、エデルが領主であるアリアの伴侶だとは知らないが、エデルに子供がいると知ればまず間違いなくエデルが産んだと思ってくれそうだ。
「……よし!いいか、皆、この世の中は不思議で満ちているんだ。俺はもうエデルがガキのひとりやふたり、産んでても驚かねぇ!」
「えー、さすがに産めないよー」
「お前ならいける!!ってわけでエデルには妙なちょっかいは出すなよ!奥さん、すごそうだから」
リーダーらしき冒険者の言葉に酒場の誰もが頷いた。エデルにちょっかいをかけようとしていた女性の冒険者も「ごめん、私は抱けない」そう言って辞退していった。
「何か変な誤解を受けた気がするんだけど……まぁ確かに(アリアさんは)すごいけど」
言い方ですよ、エデル様。これうっかりエデル様の正体がばれて、奥さんがアリア様だと知られたらどうなるんだろ。
その時は絶対に一人では耐えきれないので犠牲者をもっと連れて来ようとテオドールは心に誓った。
下手な運動よりよっぽど腹筋が鍛えられそうだ。