芸術都市アゲート⑰~仕方ない~
読んでいただいてありがとうございます。エデルは、砂漠の王妃様並に誘拐される率が高そうな気配を感じます。
「これ、クロノスが好きそうな感じがしない?」
エデルが見ていたのは、何でも屋という感じのガラクタが売っている店に売っていた短剣だった。
見た目がとても変わっていて、黒い刃に黒い柄。当然、鞘も黒い。
しかも、柄に何だか微妙に趣味が悪い装飾が施されていて、これを持っていたら少々変な目で見られること間違いなしの短剣だった。
「あの、エデル様、クロノス様はきっと喜ばれるとは思いますが、少々、その大変赴きのある装飾が施されているので……」
エッダが一生懸命、何とか言葉を尽くしてエデルに趣味の悪さを伝えようとしたが、エデルはにこにこと笑ってその短剣を一生懸命見ていた。
エッダと護衛がどうしようかと悩んでいると、初老の店主が豪快に笑った。
「それ、装飾の微妙さはともかく、切れ味はすごいですよ。あなた様のような細腕の方なら、護身用に持つのもいいかと思います」
「いや、これはこれで何か絶妙な格好良さがある気がするんだよね」
「一応、使われている宝石は本物ですから」
「そうなの?けっこうな数が使われてるけど」
「宝石と言ってはいますが、あまり価値のない石な上、そのデザインですからねぇ。仕入れたはいいけど、長年売れずに残っていまして」
「アゲートの人たちなら、これも芸術とか言って買いそうじゃない?」
「これを持っていると美的感覚を疑われるので買わないそうですよ。これを格好良いと言ったのはあなた様が初めてです」
「そう?ほら、何となく男心をくすぐらない?」
「私もそう思って仕入れたのですが、共感を得られたのは初めてです」
エデルと店主の感性が、妙に噛み合った瞬間だった。
「一応、俺、吟遊詩人でさー」
「俺?吟遊詩人?……その姿で?……世の中には不思議なこともたくさんあると言いますから、あなた様のような方もいらっしゃるということなんですねぇ」
「そうそう。で、詩とかでさ、『黒き刃が煌めいて』、とか歌うんだけど、俺が想像してる黒い刃は煌めかないんだよなー、とか、黒い剣って何で出来てるんだろうと常々思ってて」
「確かにそうですね。そもそも黒い刃が出来る鉱石は少ないですから。色を塗るという手もありますが、それだと剣の色そのものが悪くなりますし。これはその数少ない鉱石を使った短剣ですが、見ていると吸い込まれそうな黒色ですよね」
「深淵の黒、とか、漆黒、って感じかな。暗闇に紛れる色ではあっても、煌めかないなぁー。うーん、どちらかと言うと暗殺者向きの剣で、絶対、英雄が持つ物ではない気がする。煌めくのはこの宝石の方かな」
「そういえば、以前見た黒い剣は、剣の根元辺りギリギリまで宝石をあしらっていましたね」
「おぉ、何、そのさらに微妙な感じ。黒い剣って何かくっつけたくなるのかな?」
「ついついやり過ぎるんでしょうね」
あはははは、と笑う二人の様子を見ていたエッダは、隣にいた護衛の方を見た。
「……黒い剣って、くすぐるの?」
「あー、まぁ、ガキの頃でしたら……」
「エデル様の感性って」
「ほら、エデル様は吟遊詩人なので、きっと素直な方なんですよ」
「お子様感性って素直に言ってもいいと思いますが」
「大人になると趣味嗜好は変わる世の中ですが、エデル様のように何かを失わない方もいらっしゃるんですね」
「柔らかい布に包んだような言い方ですね」
エッダと護衛は、その絶妙に男心をくすぐる黒の短剣について楽しそうに話すエデルと店主の会話を聞きながら、そんな会話をしていた。
その間に思う存分語ることが出来たのか、変な友情が芽生えて、肝心の黒の短剣は値引きをしてもらってエデルが購入していた。
ほくほく顔で店を出て次の店に入ろうとしたところで、急にエデルの名前を呼ばれた。
「エデル!」
「ほえ?あれ?タルーシャ?」
声をかけてきたのは、フールームの王子と出会う切っ掛けを作った旅の一座の知り合いだった。
タルーシャが近付いて来たので、エッダと護衛がエデルを庇うように前に出たが、エデル自身がそれを制してタルーシャの前に出た。
「アゲートに来てたんだ?……どうした?タルーシャ」
「……あのね、エデル」
タルーシャのいつもとは違う必死な顔に、エデルは何かがあったのだと察した。
「タルーシャ?」
「ごめんね。悪いけど、ちょっと一緒に来てほしいの」
「俺一人?」
「えぇ」
「そっか」
普通に考えて、タルーシャがエデル一人に用事があるなんて思えない。
後ろめたいことがなければ、ここで言えばいいのに、一緒に来てほしいということは、確実にそこに誰かが待っている。
その誰かは、タルーシャにこんな顔をさせる手段を取ったということだ。
「……皆は元気?」
「分からない……」
その一言で察した。
きっと一座の者たちが人質になっているのだ。
一座丸ごととなれば、二十人近くはいる。
その全員を人質に取れるだけの人間が、エデルを何故か呼んでいる。
嫌な予感しかしないけれど、ここで行かないという選択肢を取ることはエデルには出来なかった。
旅の一座で育ったエデルにとって、同じような旅の一座は友人や親戚のような存在だ。
どこかで会っては笑って酒を酌み交わし、また別れる。
けれど、本当に困っている時は、互いに助け合う。
そうやって、生きてきたのだ。
「仕方ない、俺が必要なら行くしかないか。でも、どっちの俺に用事があるのかなぁ?」
辺境伯の夫としてのエデルに用があるのか、それとも何らかの理由でエデル自身に用があるのか。
前者だと最後は対アリア戦になるので勝率が上がるが、後者の対エデル戦だと圧倒的にエデルの方が弱いのできっと勝負にもならないと思う。
タルーシャと一緒に行くのは構わないが、問題は人質たちを無事に解放してくれるかどうかだ。
エデルを連れて行きました。でも、仲間は解放しません、では、エデルの行き損になってしまう。
行く以上は、最低でもその保証はしてほしかった。
「でも、旅の一座のことはよく知ってるみたいだから、多分、大丈夫よ」
「さすがに全てを敵に回すことは無理だもんね」
ここで言う全員とは、タルーシャが属している一座だけではなく、この世界を旅する全ての一座のことを意味する。
全ての旅の一座を敵に回すと、色々な情報が入って来なくなり、代わりに自分たちの情報が信じられない速さで各地に散りばめられることになる。
軍だろうが、賊だろうが、それこそ王侯貴族だろうが、容赦なく話は巡る。
情報の大切さを知っている者ならば、旅の一座を敵に回すことなどしない。
「あの、エデル様?」
エッダと護衛がエデルの方を困惑した顔で見ていた。
理由を話したら、きっとエッダは一緒に行くと言うだろう。
ただ、それだと、エッダの身の保証が出来ない。
エデル一人だけが必要だから、こうしてエデルの知り合いを人質に取っているのだ。
おそらく、エデル一人なら、そうひどいことにはならないと思う。
けれど、エッダが一緒だとエッダの方が危ない。
「……エッダ、悪いけど、ちょっと俺、行かなくちゃいけない用が出来た」
「エデル様?何をおっしゃっているんですか?」
「ごめん。どうも俺が行かないとヤバそうなんだ」
「そんな!では、私も一緒に行きます!」
「それだとエッダの身の安全が保証出来ないんだ。エッダには、アリアさんへの伝言をお願いしたい」
「だめです!エデル様、エデル様はアリア様の伴侶たる方です。吟遊詩人だった頃と同じように気軽にどこかに行ける身ではないのですよ!危険があるようでしたら、兵士を連れて来ますから」
「うーん、それだと多分、間に合わない、かな?」
「エデル様、自分が一緒に」
護衛の騎士がエデルにそう提案したが、エデルは首を横に振った。
「だめ。君にはエッダの護衛をお願いしたいから。向こうが俺に用事があるのなら、俺は大丈夫だけど、エッダが巻き込まれたら、それこそアリアさんに顔向け出来ないじゃん。君はエッダの護衛をしてアリアさんのところに戻って。出来ればエッダは数日間、いや、ここを離れるまで単独行動はしないようにね」
「エデル様!どうしてもと言うのでしたら、それこそアリア様に言えば」
「わざわざ俺が外出した時を狙ってタルーシャを寄こしたんだ。俺たちの予定はある程度、情報として入手出来てるんだろうな。だから、俺がアリアさんにタルーシャたちのことをお願いしたら、きっとすぐに伝わると思う。そうなったら、皆が危ないんだよ。タルーシャ、確認だけど、向こうが望んでるのは、俺一人だけなんだよね?」
「そこは間違いないと思うわ」
「なら、俺が行くしかない。俺一人でそれなりの人数が助かるのなら、俺はタルーシャと一緒に行くよ」
どうしてこんな平凡な自分に用があるのか知らないし、わざわざ旅の一座を丸ごと人質にしてまで捕まえる価値が自分にあるのかも怪しいところではあるが、相手がそう望んでいるのなら、自分が行った方がいい。
「ごめん、ありがとう」
「タルーシャは悪くないよ。というか、俺の巻き添えになったかもしれない。俺の方こそ、ごめんな」
「エデルも悪くないよ。悪いのは、そうまでしてエデルのことを欲しがっている面食い野郎よ」
「野郎なの?やだなぁ。綺麗なお姉さんか格好良いお姉さんが良かったなー」
「今の姿でそれを言われてもね」
タルーシャが小さく笑った。
「ちょっとは笑えるようになってよかった。さて、じゃあ、行こうか」
「エデル様!」
「エッダ、俺、自分が誘拐されたら絶対にアリアさんが助けてくれるって、ちょっとずるいけど思ってるんだ。だから、エッダには絶対に俺が誘拐されたことをアリアさんに伝えてもらいたいんだよね。いいかな?」
「……そんな風に言われたら、一緒に行けないじゃないですか」
「ごめん、よろしくね」
近くの友人の家に行くくらいの軽さでエデルが言った。
「エデル様、アリア様が助けに行かれるまで、絶対におかしなまねはなさらないでくださいね」
「痛いのは嫌だし、大人しく捕まってるよ。じゃあ、行ってくるね」
殴られたり蹴られたりという経験はあるけれど、好んでやられたいわけじゃない。
ここまでしてエデルを捕まえたい相手なら、そこまで痛めつけられることもないはずだ。
向こうが目的を達するまでは。
それまでにアリアが助けてくれると信じて、エデルはタルーシャと一緒に人混みの中に紛れて行ったのだった。




