結婚式前⑦~アリアとピアス~
読んでいただいてありがとうございます。エアコンが壊れてリニューアルしました。しばらく近寄ってこなかった猫が再びお布団を占拠しました。
じっと鏡を見ながらアリアは、ふむ、と何度も満足そうに頷いていた。
その耳を飾るピアスは美しいブルートパーズ。アリアの為に職人たちが美しく磨いてくれた特注品。
普段から身につけていたかったのでシンプルなピアスにした。
彼女の夫の瞳と同じ色の宝石がアリアの耳を彩っていた。
「いいな。こうして見るといつでもエデルの瞳を思い出せる」
女帝は大変満足していた。ブルートパーズはサファイアなどに較べてそれほど高価な宝石ではないが、アリアにとっては何よりも大切な宝石となった。辺境伯家に代々伝わる宝石よりもこちらの方が良い。
「アリア様、本当によろしいのですか?」
「何がだ?」
「バイオレットサファイアの方がアリア様には相応しいと思うのですが……」
この鉱山で宝石の鑑定を担っている職員が恐る恐るアリアに言った。
同じジュエル=ジュエルから出てきた宝石の中で結婚式用に選ばれたのはサファイアだった。それ以外でピアスにするのにちょうど良い大きさだったのは、ブルートパーズとバイオレットサファイア。アリアはそのどちらもピアスにしたが、彼女が選んだのがブルートパーズだったことに鑑定士は驚いた。
鉱山の責任者から言われてはいたのだが、それでもこのバイオレットサファイアの美しさを見ると相応しいのは目の前の美女以外にいないと思ってしまった。
「構わん。これは私の夫の為のものだ。夫に相応しい物を贈るのも妻の甲斐性というものだ。エデルは私よりもドレスが似合う美しさを持っているからな。辺境伯の伴侶に相応しい物を普段から身につけてもらいたいのだ」
本人はあまり外見に頓着はしていないのだが、侍女たちに磨かれてツルツルのお肌と艶々な髪を手に入れたエデルは実に飾りがいのある外見となった。それも女装も似合うとあって、侍女たちは大はしゃぎをしている。服は彼女たちに任せている以上、せめて宝石だけはアリアが贈りたかった。それも誰が見てもアリアの伴侶だとすぐに分かる物を。
バイオレットサファイアのピアスはエデルにこそ相応しい。
アリアの言葉に周りにいた女性陣の目が輝いたのだが、男性陣は言葉だけ聞いて「違う、そうじゃない」と思う者と、エデルを実際見て知っている者の「あー、うん、ソウデスネ」という二種類の感想に分かれた。
「出過ぎたことを申しました」
「ふふ、私の夫を知らぬ者には分からぬのも仕方のないことだ。この宝石は私の瞳に似ているか?」
「はい、もちろんでございます。だからこそアリア様に、と思ったのです」
「ならばなおさらこれはエデルに贈らねばな。エデルも毎朝、鏡でこれを見ていれば誰の伴侶か覚えているだろう」
追い打ちをかけた言葉にさらに女性陣が色めきだった。
(ご当主様ってばそんなに伴侶様のことが好きなのね)
(意外と独占欲が強くていらっしゃるのかしら)
(でもご当主様にそんなに想われるなんて幸せな方ね)
目配せをしながら内心キャーキャー言っている女性たちの思考回路を最近、理解出来るようになった普段の2人を知っている者たちは
(だからまだそんな仲じゃないでしょう?せめてエデル様を押し倒してから言って下さい)
と、表情一つ変えずに内心でつっこんでいた。
ちなみに彼らの中に、エデルがアリアを押し倒すという選択肢はない。
周りにいる者たちに様々な感情を抱かせているなどと思ってもいないアリアは、大切そうにバイオレットサファイアのピアスが入った箱をしまい込んだ。
お互いの瞳の色の宝石を身につけたい、という乙女的思考回路から揃いのピアスを作ったのだが、ものすごく良い牽制の品が出来た気がする。
これから先、エデルに惚れる者が出てこようが、同時にアリアの瞳の色のピアスを見て絶望に陥れば良い。私の伴侶に手出しはさせない。
「あー、あの旦那さんなら、こんな高価な物は身につけられません、とか言い出しそうだよな」
第二軍の軍団長であるショーンがのんきにそう言うと、若干その場の空気が凍り付いた。
ショーンの言葉に女性陣は「チッ!余計なことを言いやがって!」と睨み付け、男性陣は「軍団長、そういうことは言っちゃダメです」と心の内で悲鳴を上げた。
ショーンの的確な言葉にアリア自身も、それは十分に有り得るなと思った。
エデルは旅の間に宝石のことにも詳しくなったらしく、どの宝石が稀少価値が高くてお値段が高いのかよく知っていた。ただ、さすがに本物を見る機会はあまりなかったそうだが、辺境伯家にある宝石類は高くて触れない、と言っていた。
そんなエデルに稀少なバイオレットサファイアのピアスを渡したら恐れおののいてどこかに仕舞いこみそうだ。
「そうだな。では今からこれはバイオレットサファイアではなくただのアメジストだ。それならエデルも気軽に身につけていられるだろう。そう思わないか?」
アリアに問われてその場にいた者たちは迷わず答えた。
「「はい!それはアメジストです!!」」
綺麗に声も揃っていたし、これでこの宝石はアメジストになった。アリアはこの答えにも大変満足した。
「お嬢、力業が過ぎる気がしますぜ」
「なに、気にすることはない。エデルはこれをアメジストだと信じていれば良い。要は周りがどう思うかというだけの問題だからな。私の傍にいるこの色のピアスを身につけた者に手出し出来るかどうか、だ。する気ならば一族郎党全て滅びる覚悟を持ってかかって来い」
中途半端な覚悟で手出ししてきたら確実に滅ぼす。確固たる意志を持って手出ししてきても絶対に滅ぼす。
沈着冷静で何事にも動じないと評判の辺境伯は、苛烈な中身を持つ女性だった。
「うーわー、っつーか、聞いてみたかったんですけど、お嬢はエデル殿に惚れてるんですか?」
いきなり現れて気が付いたら辺境伯の旦那になっていた吟遊詩人の男性。確かに顔立ちは綺麗だが、腕っ節が強いわけでもないし、アリアに迫って来たとかでもない。どちらかというとアリアに振り回されているような穏やかな青年。
「エデルは私の夫だ。それ以外の何者でもない」
ふっと笑いながら答えになっていない答えを返してきたアリアにショーンはもう諦めた。
これはこちらで自由に推測して良いってことだな。うん、そう解釈しよう。
アリアの言葉にショーン以下全員が心の中で
(べた惚れじゃないっすか)
と思ったことはアリアの為にも秘密にしておいたのだった。