王都エスカラ~アンリ青年奮闘記②~
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部屋に入って来たアンリをチラリと見た父は、珍しくふっと笑った。
「アゲートに行っていたそうだな」
「はい。とても勉強になりました」
「そうか。で、何を聞きたいんだ?」
いつも思うが、この人はどんな情報網を持っているのだろう。
帝国皇帝である以上、それなりに色々な機関が手元にあるのは分かっているが、どうして人の心の中まで覗けるのか知りたい。
「ふ、お前は顔に出るから分かりやすい」
「え?そうですか?」
どちらかというと分かりにくいと嘆かれることの方が多いのだが、父的には分かりやすいらしい。
「お前もレーデンナールも、俺からしてみれば分かりやすい子供だ」
「はぁ」
珍しく父の口から子供の評価が聞けた。
その評価が分かりやすい子供というのは置いておいて、一応、見ていてくれているのだと思った。
「それで?」
「あ、はい。アゲートで辺境伯の伴侶となられた方に会いました」
「そうか」
「あの方は何者ですか?女装がすごく似合う美人でしたが……ではなくて、髪の色などは王家の色でありませんでしたが、あの顔は、王宮にある絵にそっくりです」
女性に生まれていれば、帝国を傾けただろう、とまで伝えられている王族にそっくりだ。
「もしや、生まれ変わり?女装をしていたのは、今度こそ国を傾ける気満々?」
「あほ、んなわけあるか」
一人で勝手に妄想を始めたアンリを、父は呆れた声で止めた。
「あほって!というか、父上、そんなしゃべり方もするんですね」
いつも威厳溢れる近寄りがたい話し方をしていたので、こんなにくだけた話し方をするとは思っていなかった。
「どうせここにはお前以外いないしな。別に俺のしゃべり方がこんなんでも文句を言うやつはいない。だが、一応、秘密にはしておけ」
「は、はい」
初めて王と王子としてではなく、父と息子として話しが出来ている気がする。
「アーレンリール、お前、王座を狙う気は本当にないのか?」
「はい。絶対に嫌です。兄上の方が相応しいのは誰の目から見ても明らかです」
「だが、帝国はお前とレーデンナール、二つの派閥に別れている。ずっと見てきたが、確かにお前には王位を継ぐ気はなさそうだが、レーデンナールにもないように思える」
「それは……」
「あいつの噂か?」
「はい。兄上は自分が父上の子供ではないのでは、と悩んでおられます」
「……そうか……あいつもお前も王家の子供に間違いはない。俺はお前たちのどちらが王位を継ぐ気があるのかを見極めていただけで、他意はなかったんだがなぁ。昔っからピーチクパーチクうるせえやつらのおかげで、いつもこんがらがる。あいつら、簡単なことを馬鹿馬鹿しい感じに複雑化するのが本当に得意だよなぁ」
嫌そうな顔の父王の言葉に、心の底から同意したくなった。
あと、父の言葉遣いが少々悪い。
「まぁ、いい。お前に王位を継ぐ気がなくて、レーデンナールにあるのなら、あいつを王太子に任命する。それで一度は静かになるだろう。だが、アーレンリール、お前がアゲートで会った辺境伯の夫、お前が気が付いたのなら、他にも気が付くヤツが出てくるだろうから、あいつはここに呼ぶなよ」
「父上、彼は一体?」
「詳しくは言えないが、アイツもまた王家の子供の一人だ。髪の色や目の色に父親の方の色が濃く出てくれたおかげでぱっと見はそうは思えないが、王位継承権は上から数えた方が早い。だが、本人はそのことを知らん。知らないまま辺境伯の夫になった。おそらく辺境伯もあいつが王家の血を引いていることは知らないはずだ。アーレンリール、もしあいつに手を出した場合、俺は容赦しないからな」
アンリを睨んで牽制したつもりだったのだが、アンリは父の言葉に首をひねって考え込んでしまった。
「……父上、私はあの方に第二夫にしてほしいとお願いしたのですが、それは手を出したことになるのでしょうか……?」
「……は……?」
ひねった結果出てきた言葉に、皇帝はぽかんとした後に、爆笑した。
「あーはっはっはっは!お、お前、あいつの第二夫になりたいとか言ったのか?というか、夫?まー、アリアの嬢ちゃんとあいつではあいつの方が受けか。あー、なら夫で合ってるのか?」
ヒーヒー言って笑う皇帝を見たアンリの方が、今度はぽかんとしてしまった。
こんな父は初めて見る。この人、一応、人としての感情があったんだ。
それにあのロードナイトの女帝を嬢ちゃん呼びとかすごくない?
あと、あの人が受けで、こっちが夫なことも理解が早くて助かります。
「それで、嬢ちゃんに却下されたのか?」
「いえ、女帝には会っていませんので、ご本人から拒否されました」
「あっはっは、まー、あいつはお前が何者であるかなんて気が付いてないだろうさ。そうなると純粋に人として却下されたのか」
「地味にそっちの方が傷つきます。そうではなくて、女帝一筋だそうです」
「夫婦仲は順調そうじゃねぇか。本人が嫌がってんなら諦めろ。お前はここで大人しく兄の補佐でもしてろ」
「私の芸術家魂が死んでしまいます!」
「何故かトワイライトには、芸術に魂を売る人間が多く生まれるんだよなぁ。お前といいあいつといい……人のことは言えんか」
「父上?」
「いや、何でもない。で、第二夫に立候補した件だが、保留な」
「保留?え?むしろ保留でいいんですか?」
「ここでレーデンナールを補佐するのが一番いいんだが、場合によっては人質として辺境に行く可能性も無きにしも非ずだ」
「その場合はエデル殿の第二夫になります」
「その意気で嬢ちゃんとやりあってこい。聞いた限りでは溺愛しているらしいから、足蹴にされる覚悟はするんだな」
「その程度でよければいくらでも!」
もし、宰相がこの場にいて親子の会話を聞いていたら、胃痛が悪化しようとも止めただろうが、生憎と宰相はこの場におらず、親子を止める人間は誰もいなかった。
シリアス先生、当分、出張中。




