王都エスカラ~アンリ青年奮闘記①~
馬車から降りると、目の前には豪華絢爛な城がそびえ立っていた。
「……もう少し、芸術性がほしい……」
芸術をこよなく愛するアンリとしては、豪華絢爛だがどこか示威しているだけの城よりも、もっと自由な感じで混沌としている方が好きだ。
そう、あの芸術都市アゲートのように。
もっともあの場所は混沌が過ぎて、何回行っても迷ってしまうけれど!
「殿下、あまりそういうことは……」
「分かっている」
この城にはアンリの信者がうろうろしていて、アンリの何気ない一言でも拾おうと待ち構えている。
逆にアンリを追い落とそうとしている者たちもうじゃうじゃと蠢いている。
アンリが何をどう言おうが、全く別次元の解釈を双方ともにしてくるので、なかなか気が抜けない。
この乳兄弟の前だけだ、こんなことを言うのは。
「アーレンリール殿下、兄君がお呼びです」
帰って来たばかりの弟の動向をどこでどう見ていたのか知らないが、いきなり兄の従者がやって来て呼び出された。
ちょっと憂い顔で頷くと、アンリは慣れた城へと入って行った。
「お帰り、アンリ」
「ただいま戻りました、兄上」
アンリの兄である第一王子レーデンナールが優しい笑顔で出迎えてくれた。
下の人間は、好き勝手に第一王子派だの第二王子派だの名乗って対立しているが、アンリとしては、同じ母から生まれた長男なのだから、皇帝の座は兄が継ぐのが一番良いと考えていた。
アンリ自身はそれを明言しているつもりなのだが、いつも通りの超謎解釈で、アンリ様は兄君に遠慮しているだけだ、謙虚な御方だ、と言われていらん好感度が上がっていた。
「アンリ、あまり勝手に出歩くなよ。お前はこの国の次代なのだから」
「レン兄上、そういうことは言わないでください」
アンリが皇帝候補に残ってしまっている理由の一つが、兄のこういう言葉だ。
レンは事ある毎に、アンリを「この国の次代」だと言い続けている。
暗に自分は皇帝の座に就く気がないと宣言しているようなものだ。
理由は、分かっている。
母が兄を身籠もったとされる時期に、父が長期の療養に出ていたからだ。
母は父の療養していた場所とエスカラを何度か行き来して、向こうにも泊まっていたのでその時に出来た子供だと言っていたが、兄には生まれた時より疑惑が付いて回っていた。
それを言うのなら、アンリだって怪しいものだ。
レンもアンリも母に似ていて、父には似ていない。
「事実だ。お前が認めたくなくて足掻いても、お前が次代であることは揺るがない」
「兄上、私は次の皇帝には兄上こそが相応しいと思っています。何なら今すぐ、私は継承権を放棄して臣籍降下いたします」
「たとえお前がそうしたところで、俺への疑惑が消せない以上、お前を担ぎ上げる者たちはいる」
「……父上が表明してくれれば……」
「父上は静観の構えだ。俺とお前、どちらが皇帝に相応しいのか、見極めておられるのだろう」
「あれは、見極めているのでしょうか……?どちらかというと……」
そして、兄弟で争う関係になってしまった最大の理由が、父である皇帝の態度だ。
兄弟で争っていてもどちらも諫めることなどせず、ただ見ている。
どちらも皇帝の座に就くのに相応しい能力を持っているから静観しているのか、それとも足りないからどちらでもいいと思っているのか。
アンリには、父の考えが分からない。
昔から、妻にも息子にも無関心のような態度を貫いており、今だってそう変わりはない。
父が兄弟を叱ったことはない。
それと同時に、家族としてにこやかに談笑をしたこともない。
一番の謎は、皇帝のこの態度だ。
側近である宰相に聞いても、曖昧な笑顔で濁されるだけだった。
皇帝がどちらに対してもそういう態度をとり続けているので、余計に変な勘ぐりが入るのだ。
そして、父と言えば、アゲートで出会った運命の人(男性)について聞かなければ。
「コナー、父上にお目にかかりたい旨を伝えてきてくれ」
「はい」
アゲートから一緒に帰って来たコナーにそう命令すると、コナーはすぐに部屋から出て行った。
「父上に何か用事があるのか?」
「えぇ、今はまだ詳細は伏せますが、おそらく兄上にも関係があるかと」
「……それは、ある意味怖いな。知りたいような知りたくないような……」
「父上次第ですね」
その話は一度切り上げて、他の当たり障りのない話をしていると、コナーが戻って来た。
「アンリ殿下、陛下より、今すぐに来るように、とのことでございます」
「分かった。では、兄上、失礼いたします」
「あぁ、気を付けてな」
兄に向かって微笑んで一礼すると、アンリは父のもとへと向かったのだった。




