芸術都市アゲート⑩~諦められないこの想い~
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第二夫、第二夫とアンリ青年がうるさいので、もういっそうアリアに会わせてしまおうとかと本気で考え出した頃に、アンリの傍付きだという青年が、アンリを迎えにきた。
「あー、やっと見つけましたよ!で……じゃなくて、アンリ様!」
きっと今言いかけた言葉は、エデルたちが聞いてはいけない言葉なのだ。
聞きたくもないけど。
エッダたちも聞こえないふりをしている。
「げっ!見つかったか!お前、さっさとエスカラに帰れよ。そしてこの私は不慮の事故で死亡したと兄上に伝えよ」
「だめですって!どう伝えたところで絶対に調査が入るので、嘘を付いてもすぐに露見します」
「なぜだ?兄上を支持している者たちが喜ぶだろう?」
「大喜びするでしょうけど、アンリ様を支持している者たちからの横やりが必ず入ります!彼らだってそっちの声を無視出来ません」
「……全てはこの私の美しさが悪いのか……」
「そういう問題でもないんですけどね……」
青年の疲れ切った声に、エデルはちょっぴり同情した。
そしてエッダたちの方を見ると、分かる分かる、みたいな感じで小さく頷いていた。
あぁぁぁぁ、すみません。きっと俺もこんな感じなんですよね?
ちょっとズレているアンリとエデルは似ているのかもしれない。
「さぁ、帰りますよ。これ以上、行方知れずが続くと、本当に彼らが動き出しますから」
「それは面倒な。せっかく愛する方が出来たというのに」
アンリは名残惜しそうにエデルの方を見た。
青年もつられてエデルの方を見て、ぎょっと目を見開いた。
「ちょ!アンリ様、どこでこんな美人をナンパしたんですか?」
「失礼な。私はナンパなんかしないぞ。放って置いても向こうから勝手に近寄って来るからな!ちなみにエデルにはすでに振られたのだ」
「エデル様とおっしゃるのですね。とゆーか、振られたくせにめっちゃ名残惜しそうにしてますよね。諦めてないんですか?」
「ははは、振られたが、第二夫にしてほしいと交渉中だ」
「第二夫って何ですか?それに第二ってことは第一もいるわけで……つまり人妻!」
「人妻ではない」
「はぁ?どういうことです」
「だってエデルは男性だし」
エデルが男性だと聞かされた青年は、さらに目を見開いてエデルとアンリの間で何度も視線を彷徨わせた。
「……男性?」
エデルは大きく頷いた。
「でも、夫がいらっしゃる?」
「正確には奥さん。ちょーカッコイイ奥さん。一応、夫は俺の方」
「一応?」
「一応」
「……でしょうね!」
エデルの姿に青年は納得した。
「アンリ様、無理です。諦めてください。どう考えてもこの方を夫にしたちょーカッコイイ奥様には対抗出来ません。この方の隣に並ぶには、妖しさより格好良さが必要です!」
「お前に言われると何か凹むなぁ。仕方ない。今回は諦めて帰るか。でも、帰ったらエデルの隣に立てるくらいのカッコイイ大人の男を目指すぞ」
「はい!」
帰るという言葉に、青年は顔を明るくして喜んだ。
きっとめちゃくちゃな行動をするアンリを制御するのに苦労しているのだ。
「名残惜しいが、エデル。次に会った時は必ずあなたを振り向かせるカッコイイ男になっているから、期待していてくれ!」
「はいはい。俺の奥さんより格好良くなってたらちょっと考えるよ。まぁ、無理だと思うけど。言っておくが、俺は奥さんに一途な男だからな!」
「くそ、そのセリフも何かカッコイイ!だが、挑戦するのも悪くない。エデルのおかげで、これから先の人生に楽しみが出来たぞ」
はっはっはっは!と笑いながら去って行くアンリの後を、ペコリと頭を下げてから青年が追っかけていった。
「……この街は個性的な人が多いなぁ」
静かになった部屋でエデルがポツリと呟いたのだが、あなたが言いますか?、とは誰も言わなかった。
馬車に乗り込んで二人っきりになると、アンリの雰囲気はがらりと変わった。
先ほどまでの天然の陽気さはなりを潜めた。
その氷のような雰囲気は、青年が見慣れたアンリそのものだった。
「……先ほどの方はどこのどなたですか?」
「ふ、おそらく彼が辺境伯の夫だ」
「あの方が噂の……結婚式でウエディングドレスを着ていたというのは、本当のことのようですね」
「私も冗談だと思っていた。もしくは、男女逆転劇の芝居のようなものだと思っていたが……エデルの姿を見て納得したよ。彼ならウエディングドレスもさぞかし似合ったことだろうな」
「はい。ですが、なぜ、陛下や宰相閣下はあの方のことをあれほど気にかけているのでしょうか?調べた限りでは、元はただの吟遊詩人のはずです。両親は分かりませんでしたが、ずっと旅をしていたことに間違いはありませんでした」
「……お前、気が付かなかったのか?」
「何をでしょうか?」
「……髪や瞳の色は確かに違うが、あの姿は……」
ずっと昔に見つけた、城の奥深くに隠されていた一枚の絵。
美しい青年が微笑むその絵に、アンリは生まれて初めて衝撃を受けた。
エデルはその絵の中の青年にそっくりだった。
彼は王族の一人だった。ということは、エデルはどこかで王族の血を引いている可能性がある。
もしかすると、今の皇帝の隠し子の可能性だってあるのだ。
そう考えると、宰相がわざわざ結婚式に出向いた理由も分かるというものだ。
アンリはそこまで考えて、フッと笑った。
エデルがもし皇帝の隠し子だったとしても、おそらく本人はそのことを知らない。
あれは、純粋に妻を慕っている姿だ。
もし皇帝になりたいかと聞けば、彼は間違いなく拒否する。
芸術に生きる者に、皇帝の地位は不要だ。
そしてエデルの妻は、エデルがいなくてもその気になれば皇帝の座にだって就けるのに、辺境伯のままでいるということは、彼女もそんな地位はいらないのだろう。
エスカラではその地位をめぐって争いが起きているというのに。
アンリはさらにくすくすと笑った。
「アーレンリール殿下?」
「いいや、何でもない。それより、お前、今日見たことは誰にもしゃべるなよ。私たちは辺境伯の夫など知らない。誰にも会っていない。いいな」
「はい。殿下」
帝国の第二王子アーレンリールの言葉に、青年はしっかりと頷いたのだった。




