芸術都市アゲート⑨~愚痴ってる~
読んでいただいてありがとうございます。まぁ、想像通りの方かと……。
何の変哲もない部屋の中で、今日も女装姿が麗しい辺境伯の夫と、何かよく分からないけれどエデルに一目惚れしたという妖しい雰囲気を持つ貴族の青年がにこやかに談笑していた。
ただの侍女と護衛が聞いても大丈夫なのかと心配になってしまう内容の話だが、何となく青年の方が固有名詞を出さないようにぼかしつつもエデルに愚痴っていた。
相当、鬱憤が溜まっているらしい。
アンリ青年はエスカラの高位貴族でただ今、望まぬお家騒動の真っ最中らしい。
家を兄に譲りたいアンリ青年は、アゲートに避難してきたのだそうだ。
エッタと護衛の騎士は、どう見てもそれなりに身分あるアンリ青年をエデルから無理矢理離すことが出来ずに、そのまま静かに立っていた。
アンリ青年の方は侍女や護衛が傍にいることに慣れているらしく、全くこっちを気にしていない。
彼は侍女や護衛を、そこら辺の置物と同じだと思っている感じがする。
間違いなくかなり上位の貴族のそれだ。
「父上の動きがちょっと変だし、知り合いのおじさんの動きもおかしいんだよねー。ちょっと前に王都から遠い場所で結婚式があったんだけど、わざわざそのおじさんが出席しに行ってたんだよ。あれ、絶対に父上の指示だと思うんだよねー。兄上に聞いたら、うちの宝物庫から何かを出した形跡があるって言ってたし」
「へぇー、ただの知り合いの結婚式に家のお宝をあげちゃったの?」
「そうそう、それって絶対におかしいよね。だから、調べようってことになったんだけど、相手のおうちがちょっと怖いおうちで……。調べに出したうちの者たちが全員送り返されちゃってさ。それもご丁寧に、結婚したばかりだからご祝儀で命までは取らない、ってお手紙までもらっちゃったって兄上がため息吐いてた」
「うわ、怖!」
「でしょう?あそこの家、怖いんだよ。うちとはお互いに探り合いをする微妙な仲なんだ」
「へぇー」
話を聞きながら、エデルは、それ微妙な仲で済ませていいのかな、と思っていた。
でも、積極的に敵対もしなければ協力もしない家なら、確かに微妙な仲と言えるのかもしれない。
「アンリさんの家ってけっこう大きそうだよね。そこに対抗出来るお家もすごそうだけど、聞いてる限り、相手の方が上手っぽい」
「よく分かるね。今のところ負けっぱなしだ。それに、私もちょっと前に迷惑をかけたっぽいんだよなぁ」
「ぽい、なの?」
「そうなんだ。私のことを……うーん、あれは一応、慕っていると解釈していいのかな。まぁ、私の美しさにメロメロになった信者の一人が、ちょっと暴走してしまってね。どうもその花嫁予定の方を間違えて誘拐しちゃったとか何とか……」
「うわ!最悪じゃん」
「だろう?聞いた時、明日には私はこの世からおさらばしているかもしれんと思ってガクブルだったよ。幸い花嫁が無事に帰ってくれたから、私にまで追及の手は来なかったが、そのせいで、ちょっとうちから離れた家もあって、兄上に怒られたんだ」
「あー、配下のお家がおさらばしちゃったんですねー。それは怒られます」
その家がどれほどの権勢を誇っていたかは知らないが、怒られるということは、それなりに重要な家だったのだろう。
「私は悪くないはずなんだが」
「でも、信者を制御出来てないじゃん」
「いや、アイツらを制御するのは無理だって。私が止めようにも、兄君に何か言われたのですね、とか言って勝手に暴走するんだぞ?言われてないって言っても信じてもらえないし。集団で私を取り囲んで、あなたのためなのです、とか言うんだよ。もう、洗脳されそうなんだ……」
アンリは、よよよ、と崩れて泣き真似をした。
「あー、ほんと、何なんだろ、あの集団。止めてもあなたのためだからとか言ってやっちゃうし、望みは分かっているとか言いながら、全く正反対のことしちゃうし。私の望みは家のことは兄上に押しつけて、芸術をひたすら愛でたいだけなのに」
悲壮感漂うアンリがちょっとだけ可哀想になって、エデルは無意識にアンリの頭をぽんぽんと撫でた。
「アンリさん、がんばったんだね」
「……好き!やっぱり第二夫にして!」
慈愛に溢れたエデルの微笑みは、アンリ青年の心の奥深くにまで届いたのだった。




