芸術都市アゲート⑨~第二夫、希望~
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見事な土下座をかました青年は、アンリと名乗った。
エスカラからわざわざ来たのだという。
「私は芸術にこの身を捧げているつもりなのだが、やっかいなことに、なぜか兄と家督争いをさせられていてねぇ」
「やだ、そんなぶっちゃけ話、いらないです」
正気に戻ったアンリ青年は、先ほどまでの勢いはどこかにいって、落ちついた話し方になっていた。
エスカラから来たのだから、当然、帝国貴族で、ただ今、身内で権力争いの最中なのだと愚痴を言い始めた。
一応ロードナイト辺境伯家も帝国貴族なのだが、独立性が高いので好きにやってくれと言いたい。
巻き込まれたくないのに、なぜこの青年は堂々とこんなことをぶっちゃけるかなぁ。
「聞いてくれ、頼む。何せ、エスカラでは誰も信用出来ないから、何も言えないし!」
「周りが残念過ぎる!ただの吟遊詩人にそんなことを聞かせるなよ。俺的には、貴族の皆さんには、うふふあははって優雅に笑って、たまーに英雄的な行動をしてくれると詩にしやすくて助かるんだけど」
「うふふあははって笑いながら、毒を盛ってくるぞ!ついでに女性に押し倒されるぞ!私の正妻になりたい者は多いらしい。私の正妻になりたければ、君ほど美しくて芸術的でなければ!」
「さっきも言ったけど、俺、男だよ」
「かまわん!」
「俺、奥さんいるよ?」
「かまわん!……ん?奥さん?さっきも奥さんって言ってた?」
「そう」
「旦那さんじゃなくて?」
「めっちゃかっこいい奥さん」
「……仕方ない、第二夫として認めてもらおう」
「うちの奥さんの?」
「いや、あなたのだ。第一夫はその奥さん、第二夫がこの私だ」
「冷静に考えると、おかしなことを言ってるって理解してる?」
「仕方あるまい。愛した方が一緒だったのだ。だいたい、君の外見なら奥さんが夫でもおかしくないだろう」
「もう言葉がおかしいから。何、その、奥さんが夫って!」
「だって、君、どう見ても襲われる方、つまりいわゆる、受け、という方だろう?」
「……はい……」
返事の声が小さくなってしまったのは、仕方ないじゃないか。
だって、自覚あるもん。
昨夜もちょっと襲われかけましたけど、何か?
というか、この青年も十分、受け要素を持っている気がする。
だって外見は、ちょっと色気のある妖しいお兄さんだ。
薄い金色の髪と碧の瞳は王子様配色なのだが、なぜか妖しいお兄さんにしか見えない。
中身は怪しいけど。
「ならば、私は第二夫になるしかあるまい!」
「えー、俺を諦める方向にはならないの?」
「無理。一目惚れしたのだ。夫が無理なら愛玩者として囲ってくれ」
「もっと怖い単語が出てきたよ。愛玩者ってなんだよ!」
もはや言っていることが無茶苦茶だ。
エデルに分かるのは、この人がエデルの傍にいたがって、離れるつもりがないということだけだ。
「エスカラにいると兄上と対立させられるからな。私は基本的に興味のあることにしか動かないんだ。アゲートにいるとなれば、兄上も安心するだろう」
「俺、ここには旅行に来ただけで、普段は領都のシュレインに住んでるよ」
「シュレインか。さすがに女帝の許可が必要になるな。許可、出してくれるかな?余計な問題を持ち込むなって怒られそう」
「……ロードナイトの女帝のお知り合い?」
「私は直接会ったことはないのだが、兄上が知り合いでね。話はまぁ、色々と聞かされている。それに最近のエスカラでは一番の話題だ。女帝が結婚したというのはな。それも溺愛しているらしいじゃないか」
「あー、うん……」
すでにエスカラでも、アリアがエデルを溺愛しているという噂が立っているようだ。
「ってゆーか、辺境伯のお知り合いの貴族の家の人なのに、見事な土下座を決めたよね。あれは大丈夫なの?」
もしや不敬罪とかでエデルが捕まる案件ではないだろうか。
だって、どう考えても高位貴族の家の人だし。
「ふ、芸術の前に人間など小さきものに過ぎない。私は芸術のためならば、いくらでも土下座しよう」
「かっこよく言ってるけど、それでいいの?。まぁ、捕まんないなら別にいいけど」
どんな考えを持つかはその人の自由だ。
ちょっとだけエデルに被害が来ているけど、話をしていて楽しい人ではあるので、まぁいいか、という気分だ。
「ただ、他の人には秘密にしておいてくれ!」
「あ、やっぱりダメなんだ」
いらん秘密を抱えてしまった、とちょっとだけ目の前の青年を恨みたい気持ちになったのは仕方のないことだった。




