結婚式前⑥~父子の語らい~
読んでいただいてありがとうございます。
「あ、エデ……じゃなくて、お父様?」
「うーん、クロノスにそんな呼び方されてもとっさに反応できないなぁ」
たまたま庭に出ようと思ったら息子と遭遇したので素直な感想を言ってみた。
アリアのことは、母親という存在自体に戸惑っているようでうまく「お母様」と呼べていないようだが、こっちの場合は今まで「エデル」と呼び捨てにしていたのに急に「お父様」と呼ばなくちゃいけない、という雰囲気になっているせいで慣れていないようだ。それでも頑張って「お父様」呼びをしてくれている。
だが、こういうのは呼ばれる方の意見も聞いて欲しい。急にお上品に「お父様」と呼ばれても誰のことか分からない。今までずっと「エデル」と呼び捨てだったのに、急にお父様とか呼ばれても自分のことだと気が付けない。正直「誰か呼んでるよー」という感じの思いしかなくて、クロノスの父親って俺か、と思ってようやく返事が絞り出せる程度の名称だ。
「悪いがクロノス、せめてお父さんにしてくれ。呼び捨てから色々とすっ飛ばしてのその呼ばれ方は全くなじめない」
ものすごく真剣な態度でクロノスに懇願した。
せめてお父さんなら旅の間、たまーにクロノスにそう呼ばれていたのでまだなじみがある。
「……実は僕もなじめないです」
正直にクロノスも告白した。アリアは「お母様」呼びしか似合わない人なのでもうその呼び方以外では呼べないが、エデルは無理だ。「お父様」って雰囲気を持つ人じゃないし、今までが今までなのでクロノスなりに頑張って呼んでいただけで、本人たちが一番戸惑っていた。
「じゃ、お父さんで」
「うん」
父と息子は、お互いがなんとかいける方向で妥協をした。
「クロノス、少し二人っきりで話さないか?」
これだけ広い屋敷だというのに、二人の近くには誰かがいることが多い。メイドだったり護衛だったり、当主の伴侶と息子となったので仕方ないのだが、たまにはこうしてゆっくりと親子の語らいをしたい。
「うん、いいよ」
二人は庭に出ると、少し奥まった場所にあるベンチに座った。
「どう?ここには慣れた?」
呼び方はともかく、ここはもうエデルとクロノスにとってこれから先ずっと関わって生きていく場所だ。
この場所については慣れるしかない。
「みんな良い方だっていうのは分かってるけど、色々と戸惑うことばっかりで……」
「だよねぇ。俺たちこういう暮らしには慣れてないし。今までの生活を考えたら落差がすごいもんね」
小さな部屋で一年ほど親子三人、というかほぼほぼ父子二人で庶民として生きてきた。エデルに至っては、クロノスと一緒に暮らし始めるまではずっと旅をしていたので、一つの土地に落ち着くことさえ無かった。
なのになぜか今は辺境伯の伴侶として大きな屋敷に住んでいる。
「もし僕がここはイヤだって言ったらどうするつもりだったの?」
「んー、クロノスが嫌がったらすぐに逃げ出そうと思ってたから。一応、逃げる算段は付けてたし、まぁ何とかなったと思うよ」
アリアほどではないが、エデルだってそれなりに力ある貴族のツテは持っているので逃げようと思ったら父子二人くらいならなんとかなったと思う。ちょっと代償としてエデルがしばらくの間、呼び出されるくらいだ。
「ずっと聞きたかったんだけど、どうしてお父さんは僕の面倒を見てくれたの?僕とは血の繋がりなんてないのに」
実母が借金を残して失踪した時点で、放り出されてもおかしくなかった。なのにエデルは自分を連れて辺境まで来て、今でもこうして面倒を見てくれている。……実母には捨てられたのに。
「俺にはもう血の繋がった家族ってのはいないんだ。一生作る気もなかったしね。ミレーヌに偽装結婚してほしいって言われた時も、偽装なら不必要になったらすぐに解消できるし、って思ってたくらいだった。だけど、クロと一緒に過ごしていく内に、俺を育ててくれた旅の一座の長の言葉を思い出してね」
『血の繋がり?人間ってのは神様が作ったって言われてるんだから、突き詰めれば神様のところで繋がってんじゃね?血なんてどうでもいーんだよ。子供は全員で育てるんだからお前たちは俺たちの家族だ!』
はっはっはと豪快に長は笑っていたし、周りの大人たちもうんうんと頷いていた。
一座の子供たちの中には孤児や捨て子もいた。いつの間にか長が連れて来て、今日から家族だから、と言って皆で育てていた。年上の子供たちは年下の子供たちの面倒をよく見ていて、エデルも赤ん坊を背負ったまま楽器の練習をよくしていた。「エデル兄ちゃんの音好きー」と言ってくれた弟妹たちもいた。
その全てを失った時、エデルはもう二度と家族は作らないと決めていた。
ミレーヌとクロと一緒に暮らし始めた時もすぐに出て行けるようにあまり関わらないでいようと思っていた。
けれど、いつも母においていかれるクロの悲しそうな目をみて、弟妹たちのことを思い出した。
一人は嫌だ、捨てられた、と泣いていた弟妹たち。自分たちも同じような思いをしてきた兄姉たちは寂しくないように、一人じゃないよ、と言って抱きしめていた。
そして病気だったから仕方がなかったとは言え、自分一人だけおいていかれたあの時の気持ち。
帰ってくるのを待っていたのに二度と帰って来なかった家族たち。
気が付けばエデルはクロを抱きしめていて、この子だけは守ろうと決めていた。
「血が繋がっているかどうかは俺の中だとあんまり重要じゃなくて、クロノスは俺の家族だから可愛い息子は守るって決めてたんだけど、ダメだった?」
「……っ!」
クロノスは無言でエデルに抱きついた。
実母にいつも言われていた。「あんた、血筋だけは良いんだから。いつかあの家を乗っ取ってあたしに楽な生活をさせるんだよ」、と。そう言われてもその時は意味が分からなかったが、この家に来て自分の血筋を知った時に母のその言葉を思い出した。
だがこの家の正統な血筋はいつか生まれるであろうアリアの子供だ。今は暫定的に後継者という地位にいるが、アリアに子供が生まれたらその地位もそちらに移ることは分かっている。しょせん自分には母の言う「良い血筋」だけしか価値がないと思っていたが、最初からエデルには血筋なんて関係なかった。
「……お父さん、僕もお父さんを守ります。お父さんだけが家族だから」
「ちょ、ちょっと待って!!そこは絶対にアリアさんも入れて!絶対にすねるから!!」
クロノスの言葉に慌てて訂正を求めた。可愛い息子に「家族じゃない」とか言われたら絶対にアリアはすねる、気がする。女帝が無言ですねる姿は想像するだけで怖い。
「分かりました、お母様も入れます」
少しだけ考えるような素振りを見せてからクロノスがそう言った。
「そうして。最初こそ血筋的に、とか言ってたけど、アリアさんなりに一生懸命クロノスの母親になろうとしてるんだから。もし、万が一、絶対にありえないけど、クロノスが辺境伯家の血筋じゃないって話になってもアリアさんは放り出すような人じゃないからね」
クロノスが家族の中にアリアを入れてくれたのでちょっとほっとした。アリアもクロノスのことを気にかけてくれているので、ここで変な風にこじらせるわけにはいかない。
大人として、父親として、母と息子の仲がこじれないように間に入って緩衝材のような役割をして、それでもクロノスがどうしても辺境伯家を出たいと言うのならばこっちも腹を括ってクロノスと二人で旅に出るか、とエデルはのんびりと思っていた。
後々、そう言えばあの時こういう風だったんだよね、と気軽に話したら、話を聞いたアリアがすねてしまったのでクロノスと二人でごめんなさいと謝り倒した。そして親子三人で領都にある可愛らしいカフェでパフェを食べて仲の良さを領民に見せつけるという何とも言えない罰を受けた。