芸術都市アゲート⑥~ご機嫌ですね~
読んでいただいてありがとうございます。先は長い。
翌朝、エッタとベルが夫婦の寝室に入るとすでにアリアは起きていた。
といってもベッドからは出ておらず、アリアにひっついているエデルの頭を愛おしそうに撫でていた。
これは大変珍しい姿だ。
普段のアリアは、侍女が部屋に入る前にはすでに起きていて、何かをしていることが多い。
こんな風に、いつまでもベッドの中にいるタイプの人間ではないのだ。
だが今のアリアは、ベッドの中でゆっくりとくつろいでいた。
エデルの方は、朝が弱く、侍女が起こしに来るまで寝ていることが多いので、いつも通りの姿だ。
『おはようございます』
エデルを起こさないように小さな声で挨拶をすると、アリアは微笑んだ。
朝からそんな二人の姿を見られて、エッタとベルは心の中で『尊い!』と悶絶しそうになった。
競争倍率が恐ろしく高かった今回の旅に同行出来てよかった!!
出来る侍女らしく表情を崩さないまま、二人は目を合わせて小さく頷いた。
「エデル、そろそろ起きる時間だぞ」
アリアの腕の中で安心しきって眠っているエデルに声をかけると、むにゃむにゃ言いながらゆっくりとエデルが目を開けた。
「……ありあしゃん……?」
「おはよう、エデル」
「……おはよーごじゃいましゅ……」
こしこしと目を擦る姿は、まるで子供のようだ。
「支度をしておいで」
「ふぁい……」
「二人とも、頼むぞ」
「はい」
アリアが支度のために右隣の部屋へ移動したので、エッタとベルはエデルを連れて左隣の部屋へと移動した。
用意されていた盥で顔を洗ってようやくすっきり目覚めたエデルが、二人ににっこりと笑いかけた。
「おはよー、二人とも」
「おはようございます、エデル様。今日は学園長とお会いする予定が入っておりますので、ドレスにいたしましょうね」
「んー、薄い青色のやつがいいかなー」
「はい。そちらにいたしましょう。髪は軽く結いますね」
エデルは服を着替えながら、にへらと笑った。
昨夜のことを思い出すと、心が温かくなる。
アリアに対して元々好感を持っていたけれど、いつの間にかこんなにも愛おしいという想いが自分の中で育っていたなんて、全然気が付かなかった。
旅の一座の大人たちが、誰かを好きになって変わっていく姿を見てきたが、その時はよく分からない想いだった。
姐さんたちは、そのうち分かるわよ、と笑いながら言っていた。
たしかにその通りで、今なら皆の気持ちが理解出来る。
誰かを好きになって、その人のために何かをしたくて、その人に相応しい自分に変わりたいと願うのは、きっと悪いことではない。
「エデル様、何かいいことでもあったのですか?」
にやにやしていたら、ベルが不思議そうに聞いてきた。
「えへへ、昨日の夜、アリアさんに告白したんだ」
「まぁ!本当ですか?」
「うん」
エッタとベルは素早く視線を交わして頷いた。
どおりで今朝のアリアの様子がいつもと違うわけだ。
端から見れば両想いにしか見えない二人だが、何故かそのことを言葉ではっきりと伝えていないようで、二人が微妙にすれ違って清い仲なのは仕えている者たち全員が察していた。
結婚しても、絶対初夜で手を出してもいなければ出されてもいないことも知っている。
早く名実ともに夫婦になればいいのに、とやきもきしていたところだ。
どうやら、ようやく気持ちを伝えあったらしい。
「ようやくお二人の気持ちが通じ合ったのですね」
「アリアさん、優しいから。きっと俺がアリアさんの隣にいるのが怖くなったら、逃がしてくれるつもりだったんだと思う。でも告白したら、もう逃がしてあげられないって言われたよ」
昨夜のアリアの体温は、温かいどころか熱かった。
たとえその熱でエデル自身が溶けてしまっても、きっと後悔などしない。
「アリア様は、エデル様のことをとても大切になさっていますから」
「うん、分かってる。俺、何があっても逃げないよ。死ぬまでアリアさんの傍にいるつもりなんだ」
「はい。私たちも微力ですがお手伝いいたします。ところで……通じ合ったのは心だけですよね?」
その問いかけにエデルは言葉を詰まらせた。
ちょっとワタワタしてから、そっと二人の方を見た。
「……分かる?」
「はい。もし結ばれていたら、エデル様が今朝、起きられるとは思えませんので」
「あー、たしかに。自信ないなぁ」
最近は城の中に閉じこもっていたし、運動もろくにしていないので、体力が落ちている。
この旅行から帰ったら、少し運動をした方がいいかもしれない。
「俺、下手したらクロノスより体力ないかも」
「クロノス様は最近、騎士たちに交じって運動なさっていますよ。さすがに本格的な訓練はまだ早いので止められていますが、基礎体力の向上に努めておられるようです」
「ずっと旅をしている時はそれなりに体力はあったんだけど、最近は楽を覚えちゃったからなぁ。やっぱり帰ったら運動しよう」
「それは良いことだと思いますが、エデル様、体型の維持だけはしていただきたいです。ドレスが入らなくなるのはちょっと……」
「やばい、そうだよね。この体型を維持しないと、鍛えすぎた場合、アリアさんの横で筋肉ムキムキの俺がドレスを着ることになるよね。それは、俺的にも嫌だ」
エデルの中では、運動をする=筋肉ムキムキになるという構図が出来上がっていた。
「ですからほどほどでお願いいたします」
「うん。分かった」
筋肉ムキムキになってもアリアは変わらずエデルのことを愛してくれるだろうが、アリアの隣にいるドレス姿の今の自分ことをけっこう気に入っているエデルは、運動はほどほどにしようと決めたのだった。




