芸術都市アゲート⑤~告白~
読んでいただいてありがとうございます。
アゲートの夜は、芸術都市らしく華やかな灯に彩られていた。
外灯は一つ一つ形が違っていて、これは過去の学園の生徒たちが作ったものだそうだ。
屋敷の寝室の窓から街の景色を見ていたエデルは、夜のアゲートの美しさに感動していた。
料理人が腕を振るった夕食を楽しみ、お風呂にゆっくりと浸かって旅の疲れも落とした。
アリアと二人っきりの寝室で後は寝るだけという時にふと窓の外を見たら、思いも寄らない風景が広がっていたのだ。
「アリアさん、夜のアゲートってすごく綺麗ですね」
「そうだな。昼間に見た奇抜な建物も、こうして光に照らされていると全く違う建物に見えてくるから不思議だな」
隣でアリアも同じ様に街を見ながら微笑んでいた。
昼間、歩いてまわった不思議な街が、夜になるとおとぎ話の世界に入り込んでしまったかのように幻想的な風景に変わった。その中に自分たちもいるのかと思うと、さらに不思議な感じがする。
「夫が吟遊詩人の新婚旅行先としては悪くないだろう?」
「はい。自然と新しい旋律や歌詞が思い浮かびます。きちんと整理して一曲にまとめようと思います」
断片的に思い浮かぶ旋律や歌詞は、今は全く曲としては成立していない。
どう繋げたら曲になるのか、歌詞に意味を持たせることが出来るのか、考えるだけで楽しみだ。
「出来たら聴かせてほしい」
「もちろんです」
クロノスと旅をしている時は、無事にたどり着くことが第一だったのでゆっくり見て回ることが出来なかった。
吟遊詩人一人と子供一人の旅は、危険と隣合わせでしかない。
金持ちには見えないから山賊に襲われることは少なかっただろうが、ちょっといたぶるにはちょうど良い相手でもある。
なるべく正規の街道を通って、知り合いの旅の一座に紛れ込ませてもらって、と苦労しながら辺境の地に着いた時は、ほっとした。
もちろんアリアがクロノスを拒否した時は一緒に旅を続けるつもりではあったが、アリアが受け入れてくれて、何故かエデルまで夫として引き取ってくれたので、今はこうして安心安全に新婚旅行に来ることが出来ている。
「……アリアさん」
「何だ?」
ありがとうございます、と礼を言いたくて見たアリアは、美しかった。
いつもと同じようにこちらを見て優しく微笑んでいるが、いつも以上に目が優しい。
夜の闇と街の光が、綺麗なこの人をさらに美しく飾り立てている。
綺麗な綺麗な、エデルの女王。
あ、俺、アリアさんが好きなんだ……。
もちろん出会ってから今までの間、アリアのことを嫌ったことなんてない。
むしろ、好きな女性だ。
だから、結婚することに抵抗なんてなかったし、辺境伯という帝国でも特殊な立場のアリアの伴侶になることで時には自分の命が危険にさらされることも承知した。
執務室で部下たちと忙しく仕事をしている姿も、部屋でゆっくりくつろぐ姿も、時には少しだけ弱音を吐く姿も、全てがアリアレーテ・ロードナイトという一人の女性を美しく彩っている。
そのアリアの隣にいることを許された自分は、幸せな男だ。
アリアから注がれる愛情に感謝をして彼女にその愛を返したいと思い、自分に出来ることを探して、彼女のためだけに音を奏でると決めて……。
でも、違う。
違うのだ。
俺は……。
「アリアさん、好きです」
自然と口から出たのは、何の飾りもない言葉だった。
吟遊詩人らしく歌に乗せるのでもなく、美辞麗句で飾り立てるのでもなく、ただただ真っ直ぐな言葉。
アリアは一瞬、驚いたような顔をしたが、すぐにふわりと笑った。
「ありがとう。私も好きだよ」
「そうじゃなくて、俺の好きは、もっと、その、あの……」
表面上のことではなくて、ただアリアという女性のことが好きで……。
「……愛してます……一人の男として、アリアさんのことを」
真剣な顔でそう言うと、今度こそアリアは驚いた顔のまま表情が動かなくなった。
アリアのあまり見たことがない表情に、エデルは密かに優越感を感じた。
この人にこの顔をさせたのが自分だと思うと、ちょっと嬉しい。
「……エデル、理解しているのか?その言葉を、私に言う、そのことに」
「……正直、俺は何も分かっていないと思います。俺はアリアさんよりも弱くて色々と守ってもらっている立場の人間だけど、俺はアリアさんの夫です。誰よりも妻のことを愛していてはダメですか?」
ここで否定されて飾りだけの夫だと言われたら、ちょっと悲しい。
そんな風に思っていたら、エデルの頬にアリアの手が触れた。
アリアは、今まで一度も見たことがないほど真剣な表情をしていた。
いつもの穏やかで優しい色を宿した瞳ではなく、どこまでも荒々しい激情を宿した瞳が、エデルを真っ正面から捕らえていた。
「……そんなことを言われたら、もう逃がしてあげられないよ?今までなら、エデルにもし他に好きな者が出来たら出て行っても仕方ないと許せた。だが、私にその言葉を言った以上、私はもうエデルを手放せない。私の傍から離れることを許さない。下手をしたら、一生、城の中に閉じ込めるかもしれない」
「……いいですよ。俺、一生アリアさんの傍にいられるのなら、城の中で大人しくしています。だから……俺の全てをもらってもらえませんか?」
アリアの手に自分の手を重ねながらそう懇願すると、アリアに強く抱きしめられた。
「……私の想いは深いぞ。エデルの歌にあるような綺麗な想いだけではない。それでもいいのか?」
「はい」
「お前が嫌だと言っても、もう無理だと嘆いても、私の全てを受け止めてもらうぞ?」
「はい」
「……愛している、エデル」
「俺も、アリアさんを愛しています」
深く重ねられた唇は、互いの吐息さえも奪うような激しさだった。
ゆっくりと唇を離すと、アリアはエデルの頭を愛おしそうに撫でた。
「……今はここまでにしよう……」
「アリアさん」
「愛している。けれど、今はまだ……」
「……はい。俺も急に自覚したので、気持ちを伝えること以外、あんまり考えてなかったです」
「お互い、深呼吸してから寝ようか」
「一緒に?」
「もちろん」
エデルの方を見て微笑むアリアに、先ほどまでの激情はなかった。
そこにあるのは、いつもの穏やかで優しい瞳だった。
昼間に投稿しようと思って書き始めたら、内容がちょっとだけ夜中向けになりました……。でも、ここまで。




