芸術都市アゲート②~道も芸術~
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いくつも並べられた楽器。
大きな物から小さな物まで、種類は様々だ。
少女は、その内の一つの楽器にそっと手を伸ばして、触れる寸前で止めた。
「……どうして……?」
悔しさの滲む声。
ここにある楽器は、持ち主を選ぶ。
楽器が選んだ主以外の者が使うと、音が出ないかやる気のない音が出るかどちらかだ。
少女が触ろうとしていたのは、竪琴だった。
何の変哲もない、強いて言うのなら装飾が少しだけ凝った作りの竪琴。
かつてこの竪琴には、対になるもう一つの竪琴が存在していたらしい。
いつの頃か分からないが、二つの竪琴は引き離されて、一つはここに、もう一つは行方不明のままだ。
幼い頃、初めてこの竪琴を見て心惹かれた。
この竪琴を弾きたくて、一生懸命練習してきた。
けれど、竪琴は答えてくれない。
出るのは、やる気のない音ばかりだった。
アゲートの街中は、領都と違って活気に溢れるというよりは、ちょっと不思議な空間に迷い込んだ感覚になる場所だった。
「アリアさん、道が分かりません」
「そうだな、すごく複雑な作りだな」
なぜか行き止まりになっている道や、曲がりくねって結局反対側から出てくるだけの道など、普通では考えつかないような道が街中に堂々と広がっている。
「かくれんぼしたら、永遠に探せなさそうですよね」
「確かに、見つけるのは難しいな。よほど慣れていないと迷うだけだろう」
メインの大通りはいいが、ちょっと中に入ると道が複雑すぎる。
「だが、まぁ、住んでみたら案外いい街なのかもしれんな。こういう雰囲気も面白い」
「俺は好きです。でも、さすがに領都をこれにしちゃうとまずいですよね」
「そうだな。防衛や治安、その他諸々の条件を鑑みても、ここのようには出来ないな。こうしてたまに訪れるくらいがちょうどいいのかもしれんな」
「はい。というわけで、アリアさん、あそこのお店を覗いてもいいですか」
「もちろん」
エデルがいそいそと近寄っていったのは、楽器が並べてある店だった。
「おっちゃん、ちょっと見ていい?」
「おー、いーぞ。ん?見かけない顔だが、どっから来たんだ?」
「領都からだよ。俺、これでも吟遊詩人なんだ」
「あー、何か、らしい職業だな。つーか、俺?男?」
「うん」
「……お嬢ちゃんかと思った。だが、まぁ、せっかく領都から来てくれたんだ。好きなだけ見てくれ。何ならお土産に買ってくれても嬉しいぞ」
「竪琴はずっと使ってる愛用の子がいるからいらないんだけど、変わった楽器とかない?」
「んー、変わった楽器か。ここには一通りあるが、基本的な楽器ばかりだな。あ、そうだ、学園にはもう行ったのか?」
「まだだけど」
「なら、誰でも入れる楽器の博物館があるんだ。そこに行くといい。変わった楽器も展示してあるぞ」
「マジ!?行く!行く!アリアさん、いいですか?」
そこで店主は初めて、連れがいることに気が付いた。
連れの女性は、誰がどう見ても貴族で、凛とした雰囲気の女性だった。
「もちろんだ。今からその博物館とやらに行ってみよう」
「はい。何かあるといいなー」
「ふふ、ほしい物があったら、遠慮なく私に言うのだぞ」
「今のところはないですが、あったらおねだりしますね」
「楽しみにしていよう」
楽器にこうして囲まれているだけでも、けっこう幸せだ。
おねだりすると言ったけれど、エデルは楽器が見たいだけで自分が弾くつもりはない。
城にはすでにアリアが用意してくれた基本的な楽器が一通りあるし、何よりエデルには、長年愛用している竪琴がある。
あの竪琴以上に、しっくりくる楽器に出会ったことはない。
きっとアレは、エデルだけの楽器なのだと、本気で信じている。
「あ、でも変わった材料で作られた弦があったら買おうかな」
今の弦でもいいが、変えればまた不思議な音がでる。
元の材料次第で音色も変わるので、それはそれで弾いていて面白い。
「そういえば、魔獣素材で作った物を売っている店があったはずだ。弦もあるかもしれんな」
「おぉー、いーですねー。行きたいです」
「そうだな。明日になってしまうが、行ってみよう」
アリアの言葉にエデルは喜んで、にやにやした顔が止まらなくなっていたのだった。




