新婚旅行に行こう⑪~誰がどう見ても~
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その兄妹は、いつもと同じように森の中に入って薬草や木の実などを採っていた。
森は奥深くに行けば危険だが、兄妹がいるのは道から少し入った辺りで、この辺りの村の子供たちがよく森の恵みを採取している場所だった。
大人たちも、十年に一度くらい、何かの拍子ではぐれた魔獣が出てくることはあるが、基本的には危険のない場所だと思っていた。
だから、その兄妹がはぐれの魔獣に出会ってしまったのは、本当に運の悪いことだった。
「がぁぁぁぁぁ!」
恐ろしい声が後ろから迫って来る。
「急げ!」
「う、うん、お兄ちゃん」
兄が妹の手を引いて、ようやく街道にまで出たが、声がすぐ近くに聞こえた。
「お兄ちゃん!あっ!!」
街道に出てすぐの場所で妹が転んだ。
「立て!!」
妹を起こそうとした時、森の中から狼形の魔獣が出てきてそのまま二人に迫ってきた。
もうだめだ。せめて妹だけでも。
そう思って震える妹をぎゅっと抱きしめた兄の横を、黒い影が駆け抜けた。
「きゃいん!!」
兄妹を噛もうとしていた狼は、横へと飛ばされていた。
「よくがんばった」
「え……?」
兄の目の前には、黒い服を着た女性が立っていた。
長い黒髪を風になびかせて、兄妹を守るように真っ直ぐに魔獣と対峙する女性の背中。
飛ばされた狼がすぐに体勢を立て直し、グルグルと怒りの声を上げている。
「アリア様!!」
兄妹と女性を守るように、屈強な騎士たちが次々に剣を抜いて狼と対峙した。
「はぐれの魔獣のようですな。ここで始末をしておきましょう」
「あぁ。いつ村を襲うか分からんからな」
アリアと呼ばれた女性と騎士たちは、狼から目を離さずに会話をしていた。
「大丈夫?怪我してない?そこは危ないから、もう少しこっちにいようね?」
何が起こったのか分からずに呆然としていた兄妹に声をかけてくれたのは、にこにこと優しそうな笑顔のお姉さんだった。
「あ、あの……」
「君、えらいね。妹ちゃんを守ろうとしたんだね。もう大丈夫だよ。あの人たちは辺境軍の中でもすごく強い人たちだから、狼の魔獣くらいすぐに撃退してくれるよ」
軍服を着たお姉さんは、震える妹を抱きしめて頭を撫でると、兄にこっちだよと言って誘導した。
「君たち、怪我は?」
「あ、大丈夫、です」
「そう、よかった。ここってあんな魔獣がよく出るの?」
「あんまり出ない、です。ここは子供でも採取が出来るとこなんで」
「そうなんだ。じゃあ、一匹だけだね」
エデルと呼ばれたお姉さんと一緒に安全な場所まで来ると、ようやく安心したのか、妹がぐすりと泣き出した。
「よしよし、怖かったね。すぐにおうちに帰れるよ」
ぐずる妹をあやすお姉さんを、兄は天使だと思った。
「エデル、終わったぞ」
ぼーっと天使なお姉さん見ていたら、一番最初に助けてくれた黒い服の女性が何事もなかったかのようにやってきた。
真正面から見た黒い服の女性は、凛とした雰囲気を持つ格好良くて、まるで物語に出てくるお姫様を守る騎士のようだった。
「この子たちも怪我はないようです。ちょっと怖かったから泣いてしまっていますけど」
「そうか、よかった。誰かに村まで送らせよう。魔獣もついでにその村に渡す」
「いいのですか?」
「旅行中の私たちにはいらないものだ。村で何かの役に立ててもらった方がいい」
兄が後ろを見ると、いつの間にか魔獣は始末されていた。
「他の魔獣はいなさそうですか?」
「はぐれはだいたい一匹で行動しているから、おそらく大丈夫だろう。念のため、しばらく多めに巡回するように言っておく」
「だって、よかったね」
天使のお姉さんの言葉に、兄は急いで頭を下げた。
「ありがとうございました。カッコイイお姉さんと天使なお姉さん」
「あ、ありがとーごじゃいました、おねーしゃんたち」
兄が礼を言ったので、エデルの腕の中で妹も声を詰まらせながらも礼を言った。
「何にせよ、無事でよかった」
カッコイイお姉さんが、兄の頭を撫でながらそう言った。
騎士に連れられて村へと帰っていく兄妹に手を振りながら、エデルはにへらと笑った。
「可愛かったなー。妹ちゃんが最後まで離れてくれませんでしたけど」
「ふふ、本能でエデルの優しさが分かったのだろう」
「よっぽど怖かったのか、ぎゅっとしがみついてました。お兄ちゃんの方はしっかりしてました」
「そうだな。それに子供たちは素直な言葉を使う」
「アリアさんのことを、カッコイイお姉さんて言ってましたもんね」
「……そっちではないんだが」
子供が素直な心でアリアのことをカッコイイと言ったことに浮かれていて、己が何と呼ばれたかまでは気にしていないらしい。
エデルは、子供から見ても「お姉さん」なのだ。
しかも、天使と言われていた。
確かにエデルが子供を抱いてあやしている姿は、そう見えなくもない。
怖い思いをした子供を優しく抱きしめるその姿は慈悲深い天使に見えた。
それを、子供は素直に感じたのだろう。
純粋な子供にもそう思われるのだ。砂漠の王子がエデルに一目惚れしても仕方がない。
「やれやれ、私の夫は老若男女、関係なく人を魅了するな」
「えぇー、そんなことないですよ。俺、ぽやっとしてるから危なっかしいって言って世話をしてくれる人はいましたけど、魅了とか、そんな傾国の美女的な存在じゃないです」
一生懸命否定するエデルに、アリアは、ふむ、と最初、城に来た時のエデルの姿を思い出していた。
確かにあの時のエデルは、そこまででもなかったかもしれん。
くたびれた服とぼさぼさで艶がなくなっていた髪の毛。肌もかさかさだった。
途方に暮れた感じが、さらにエデルに悲壮感を纏わせていたかもしれない。
「なるほど、過去のエデルはそうかもしれんが、今のエデルは傾国の美女的な存在だぞ?」
城の侍女たちに隅々まで磨かれたエデルは、ブルーグレーの髪は艶めいているし、肌も瑞々しい。
何よりアリアやクロノスを始め、城の皆に愛されているので、雰囲気が違い過ぎる。
初めて会った時の悲壮感は一切ない。
「傾国の美女……分かりました、アリアさんがそう言うのなら、きっと俺はそう見えるんですね。中身はぽんこつのおっさんですが、外見詐欺だと自覚します」
さすがのエデルも、イスハークに惚れられた辺りから薄々は感じていた。
ひょっとして、俺って、外見女性にしか見えないのかな、と。
軍服着て格好良い姿になったつもりでいても、気付かなかったふりをしたイスハークの視線は熱かった。
ここに来て、ようやくエデルは自覚した。
どうやっても、自分が女性に見えてしまうことを。
美女かどうかは、アリアのひいき目もあるので、そこは置いておいて、女性に見えてしまうのはもうどうしようもない。
「……アリアさん」
「ん?何だ?」
「すみません、俺が女性に見えてしまうばっかりに、アリアさんの隣に並んでも、夫婦に見えないかもしれません……」
それは、ウエディングドレスを着た時点でもうどうでもよくないですか?
ってゆーか、大丈夫です。辺境伯夫妻は、女性の憧れの夫婦ですよ。
聞いている者たちの素直な感想はそれだった。
「何を言う。お前がそうしてドレスを着てくれるから、私は遠慮なく好きな服を着られている。ドレスよりこういう服の方が好きなのだよ、私は。エデルが私の代わりにドレスを着てくれているから、城の者たちも満足して、最近は私にドレスを勧めてこなくなった。私もエデルのドレス姿は好きだしな。もちろんエデルの好きな服を着てくれてかまわないが、出来ればたまには私のためにも着飾ってほしい」
「アリアさん……もちろんです!俺、最近、ドレスも着慣れてきて、ちょっと脱ぐのが惜しくなってる時もあるんですよ。基本的に、俺、ドレスが大好きみたいです」
「そうか。なら、ちょうどいいな。ドレスが好きなエデルと男性が着るような服が好きな私。ちょうどいい夫婦だ。最近、私は、エデルにどんなドレスを贈ろうか考えている時があるのだよ」
「本当ですか?アリアさんが選んでくれた服なら、何でも着ますよ」
「そうか。侍女たちとも相談して贈るから、楽しみに待っていてくれ」
「はい!」
夫に自分好みのドレスを贈り、それを必ず着るという約束をしたアリアの手腕に、侍女と騎士たちは、内心で拍手喝采をしたのだった。
ちょろいエデルさん。




