新婚旅行に行こう⑧~一目惚れなんです~
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イスハークは眠れない夜を過ごしたせいか、少々、目が赤くなっていた。
昨夜、ようやく見つけたと思った運命の人が、まさかよりにもよって、帝国の辺境伯の夫。
つまり男性。
しかも他人の夫。
どうしてくれる、この一目惚れした恋心。
くそっ!と思っても、真剣に竪琴を弾いていた顔を思い出すと、やっぱり好き、とか思ってしまう。
重症だ。間違いなく重症なのだが、治す術が今のところ全く無い。
「おはようございます」
……え……?何、そのカッコ。
いつの間にか現れたエデルが、男装の麗人にしか見えない軍服姿でにこにこしながら立っていた。
「……オハヨーゴザイマス……」
生まれてこの方、初めて他人に棒読みの挨拶をした。
「昨夜は失礼いたしました。改めまして、辺境伯アリアレーテ・ロードナイトの夫でエデル・ロードナイトと申します」
「フールームの第三王子でイスハークと申します。エデル殿、とお呼びしても?」
昨夜はエデルが辺境伯の夫とは知らずにただの旅の吟遊詩人だと思っていたから呼び捨てにしたが、本当の身分を知った今となっては、さすがに呼び捨てには出来ない。
エデルも、本人はあまりないけれど、周りが辺境伯の夫としての体面を気にするので、呼び捨てはちょっと、と思っていたのでちょうどよかった。
「はい。イスハーク殿下」
エデルは心配事が一つ減ったので、軽やかに返事をした。
あぁ、可愛い。昨夜の真剣な顔もよかったが、こうして無邪気な笑顔を見るとそのギャップの差に萌える。
「エデル殿、その服はどうされたのですか?昨夜とは全く違う感じを受けますが」
「アリアさん、あ、妻とお揃いなんです。軍服は初めて着ました」
「そうですか。お揃いなんですね……奥方と」
どう見ても男装の麗人にしか見えないのに、その顔で「妻」とか言われても!
実は二人の後ろにエデルの侍女ベルが控えていたのだが、そんなイスハークの葛藤は彼女にはすっかりお見通しだった。
内心で、アリア様と並んだらもっと破壊力抜群だから、と思っていても決して表情に出すことはない。
「結婚式の時に兄君とはお会いしたのですが、よく似ていらっしゃいますね」
「えぇ、兄とはそっくりだと言われていますので。失礼ですが、結婚式の時はどのような服装でしたのでしょうか?」
「ウェディングドレスでした。純白の」
あ、エデル様。その言葉、ヤバイです。
ベルがそう思ったのと同時に、イスハークが壁に頭をぶつけた。
……ウェディングドレス?純白の?ドレスって言うからには、スカートだよな。いや、ドレスだから。
イスハークの脳内で、彼が思う最上級の純白のウェディングドレスに身を包んだエデルが、イスハークに向かって微笑んだ。
「エデル」
と思ったら、声が聞こえてきてエデルを横から白馬に乗った女帝がかっさらっていった。
「おはよう、イスハーク殿」
声は幻聴などではなく、現実のものだった。
「おはようございます、辺境伯殿」
女帝はイスハークの想い人を自らの方に引き寄せると、笑顔で牽制してきた。
人の恋路を邪魔しやがって、と思ったのだが、よく考えれば彼女こそ、イスハークに向かってそう言ってもおかしくない人物だ。
だって、エデルと彼女は両想い。
エデルは、アリアに向かって全幅の信頼を置いているだろう笑みを浮かべていた。
もしこれが嫌い合っている夫婦なら、こんな笑みはしない。
猜疑心とか嫌悪感満載の顔をする。
いや、それは昨夜からの様子を見せつけられているから理解はしているけれど。
頭で理解はしていても、心が拒否をしている。
諦めきれない恋心が、ちょっとだけ、実は昨日のは演技なんです、的な助けてコールを望んでいた。
現実は、夫婦の仲の良さを見せつけられているだけだ。
「昨夜は私の夫が失礼した。エデルは普段から女性に間違えられることが多くてな。今日はこの服を着ているから間違えられることはない、と本人は言っているのだが……個人的には可愛いと思っているのだが、貴殿の目にはどう映る?」
可愛い男装姿ですね、が正直な感想だが、エデルが期待に満ちた目でこちらを見ている。
ついでに辺境伯が面白そうな目でこちらを見ている。
正直に言えばエデルが傷つき、嘘を言えば否が応でもエデルが男性という現実を叩き付けられる。
「……似合っているのではないでしょうか……」
無難でしっかり逃げた答えにエデルは嬉しそうな笑顔になり、アリアは苦笑していた。
「もーアリアさん、可愛いなんて言われても。もう三十も過ぎた男に言う台詞じゃないですよ」
「ふふ、悪かったな」
え?三十歳、超えてるの?
再度いちゃつき始めたお揃いの軍服を着た夫婦の会話に、イスハークはさらなる追撃を受けた。
辺境伯は確か俺と同世代のはずだから、二十代半ばくらい。で、エデル殿が三十歳過ぎてる?
マジで?
「失礼ながら、エデル殿はおいくつでいらっしゃるので?」
「年齢ですか?三十一歳です」
さんじゅういち……三十一歳。
ぎりぎり三十歳過ぎ。
長兄と同じ年齢。
イスハークの脳裏に、砂漠の王らしい威厳を持った兄の顔が思い浮かんだ。
もうすぐ王の座に就くことが決まっているあの長兄と同じ年齢とは思えないエデルに、イスハークは複雑な感情を抱いた。
いや、見えねーし。何なら、俺より年下だと思ってた。
そんな揺れ動くイスハークの思いを、片隅でそっと見ていたベルは察したのだが、やっぱり何事もなかったかのように控えていた。
この程度で心が揺れ動くようでは、辺境の城ではやっていけない。
だって、毎日、この夫婦を見ることになるのだから、この程度のびっくりには慣れないと。
アリア、というよりエデルは何気に色々な爆弾を抱え込んでいる。
それも本人は無自覚なことが多く、たまにポロっと出してはその度にアリアが対処している状態だ。
などと思っているベルだが、さすがにエデル本人も知らない特大の爆弾が隠されているとは思ってもいなかった。
しかも、わりといつ爆発するか分からない状態で。
何と言っても、導火線が辺境の地から遠く離れた王都エスカラにあるのだから。
ちなみに導火線の持ち主であるエデルの父親は、この日、早馬で届けられた息子のウエディングドレス姿の絵を観て、普段のしかめっ面からは考えられないほど大変満足した笑みをこぼしていたのだった。
妹そっくりの息子に伯父さん大満足です。
ちなみに、妹と兄も似ているので、皇帝とエデルは並ぶと一発で父子じゃね?となります。が、伯父さんは常にしかめっ面でシワもあって髭面で年齢以上に貫禄もあるので、今の状態では並んでも分かる人はまずいません。過去のトワイライト王家の人間をよく知っている者のみ、あれ?となります。でも、トワイライト王家に北方の血は入ってないし、で大混乱。
エデルの髪の色は、北方出身の実の父親から受け継いだもの。実父要素はそこだけ。




